撮影:稲澤 朝博

写真拡大

石田スイの超人気コミック『東京喰種 トーキョーグール』がアニメ化、舞台化を経て、ついに実写映画化。

【写真48枚】窪田正孝撮り下ろし&『東京喰種 トーキョーグール』の写真をじっくり見る

人間と人間を喰う怪人“喰種(グール)”との戦いを描いた本作は、衝撃的な展開ではあるものの、そこで伝えられるのは毎日を当たり前のように生きている私たち=人間の心にグサリと突き刺さる強烈なメッセージだ。

とんでもない運命を受け入れる主人公の大学生・カネキに扮した窪田正孝が、これまでのキャリアの中でも群を抜く最高の芝居と圧倒的な存在感でそのことを浮き彫りに。

彼の言葉が、その全身全霊のパフォーマンスを力強く肯定する。

窪田が本作で演じた大学生のカネキは、ひょんなことから喰種のリゼ(蒼井優)の臓器を移植されて、半喰種になってしまう。

出演のオファーがあったときは「正直、悩みました」

そこから彼の中で苦悩と葛藤、戦いの日々が始まるのだが、窪田は「人間と喰種の双方の生き方、世界を唯一理解できるカネキは、表の顔と裏の顔を使い分ける人間を象徴しているような気がしました」と振り返る。

「誰でも口にしないだけで、頭の中で色々思ってたりするじゃないですか? その言葉にできないものを表面化した存在が喰種なのかなと思って。人間と喰種はどこか背中合わせのような気がします」

そんな自分の考えをきちんと言葉にする窪田だが、出演のオファーがあったときは「正直、悩みました」と打ち明ける。

「コミックの実写化の作品に参加するのは初めてじゃなかったですから。身に余る光栄で、大きなチャンスをいただいたと思いましたが、断るという選択肢もあったと思います。

それだけに、原作の石田先生から『カネキは窪田で』というコメントをいただいたときは救われました。心強かったです。ただ、現場に入ってからが本当の勝負で、役者なんて最終的には孤独で、自分ひとりで戦うしかない。でも、やるしかないから、カメラが回ったときにどれだけいい芝居ができるのか、そこに意識を集中させていました。

ただ、いまでも不安だし、公開を控えたいまの方が不安は大きいです。自分も原作のコミックが大好きだから、“『東京喰種』が実写化されるんでしょ”“あの原作、大好き!”なんて話が聞こえてくると、耳を塞ぎたくなります。

自分がカネキを演じて本当によかったのかな?って、いまの方がビビッていますよ(笑)」

それは、映画を撮り終わった俳優の誰もが感じるに違いない不安。だが、その不安も完成したばかりの映画を観た石田スイ氏の言葉で和らいだようだ。

型にハマるのが嫌いで、同じことを二度はしたくない。

「先生が、LINEで“窪田さんの荒い表現がよかった。原作のカネキもそうだけど、常に100パーセントの完璧な人間なんていないですからね”ってメッセージを送ってくださったんです。

僕もカネキのそんな危うい部分が大好きだったし、自分自身も決められたポジションに立ち続けたり、型にハマるのが嫌いで、同じことを二度はしたくない。

そんな微妙なズレを僕も試写を観たときに正直感じていたから、先生からそこを的確に褒めていただいたときはすごく嬉しかったです」

そんな不安とプレッシャーの中で本作に臨んだ窪田の姿は、半分喰種になった自らの運命を受けいれ、大切な人を護るために戦いに身を投じていくカネキと重なってみえる。

「映画の前半のカネキは本当に人格がない。声にも力がないし、会話をしても空気と喋っているみたいに一方通行で反応がない。

そんな彼が、自分を慕ってくれる喰種の少女・ヒナミ(桜田ひより)のお母さん・リョーコ(相田翔子)が人間である喰種捜査官・真戸(大泉洋)と亜門(鈴木伸之)に捕まって、“人間だけが正しいわけじゃない”ということに気づく。

そこから、何も知らなかった彼が、社会や食物連鎖の現実を自分の目で確かめてどんどん成長していくんです」

その言葉はどんどん深く、私たちが無自覚でいる生き物の“命”の話になっていった。

人間と喰種はどこか背中合わせのような気がします

「カネキは“この世界は間違っている!”って思わず叫びますが、本当にその通りですよね。この地球上で、人間だけが朝、昼、晩にきちんと食事ができて、しっかり仕事をして、家族を護ることができる。

人間だけがどれだけ美しく生きることを許されているんだろう? とも思うし、鶏や豚、牛たちがもし会話ができて、人間と同等の力を持っていたら、彼らにとっては僕らがグールなのかもしれない」

半分喰種になったカネキは、人間として生きるか? 喰種として生きていくのか? の選択を突きつけられるが、窪田は「そこでは食物連鎖の原点に行きつくし、人間の本質も描かれていると思います」と強調する。

動物同士が戦って弱者が捕食されるというのが地球の基本的な生態系ですけど、人間は強い動物が弱い動物が狩る光景を見て“可哀想”っていう感情に当たり前のようになる。

でも、それを人間に置き換えた場合には、絶対に自分じゃなくてよかったという気持ちにもなるんですよね。そんな汚い内面は隠して、綺麗な部分だけを見せていけばいいという、世の中に疑問を投げかけている作品なのかと思います」

役者という仕事をしている時点で、たぶん変人だと思います(笑)

窪田はそんな自分の言葉を裏づけるように、役者である自分を例に挙げて話を続けた。

「役者という仕事をしている時点で、たぶん変人だと思います(笑)。役者って自分の中にあるものを出していく、消費していく仕事ですけど、以前あるプロデューサーから“そのやり方をしていると、いつか精神が崩壊しちゃうよ”って言われたことがあって。

確かに自分の中にあるものを出すからプライベートは本当に空っぽになるし、自分が何者なのか分からなくなる。でも、みなさんはテレビやメディアに映っている役に僕の素顔を投影されると思うから、ますます悩む。

それこそ、空っぽになったときは新しいものを入れなきゃとか、もう何も入れたくないとか、世の中やこの仕事がイヤになることも正直あります。

でも、いまはこの生き方しかできないので、もがき続けるしかないと思っていて。時代に合わせてどんどん変わり続けていきたいし、周りからのイメージに逆らいたいという想いもありました。

なので、『東京喰種 トーキョーグール』という看板を借りて、いまの自分のメッセージを届けることができたのはよかったです」

カネキは人間の心を持ちながらも、喰種の想いや悲しみ、怒りに侵食されてどんどん狂気を帯びていく。

大学の先輩でもある喰種のニシキ(白石隼也)と繰り広げる中盤のバトル、人間の捜査官・亜門鋼太朗(鈴木伸之)と激突するクライマックスのバトルでは、そんな本作のテーマが、言葉ではなく、キレッキレのアクションを連続させる窪田の肉体を通して伝わってくるから驚く。

亜門(鈴木伸之)とのバトルは、5日間オールナイトで撮影された

「ニシキとのバトルは喰種の世界に片足を突っ込んだものの、まだ親友のヒデ(小笠原海)を護りたいという人間の部分が残っています。

初めて自分の肉体から放出する赫子(カグネ/喰種の捕食器官で人間を攻撃する武器)を扱いきれなくて、振り回されている感じを意識しました。でも、亜門との戦いでは完全に喰種に食われている状態ですよね」

特に亜門とのバトルは、5日間オールナイトで撮影されたが、窪田は「3日目あたりからドライ(リハーサル)のときも喰種のマスクをつけるようになりました」と語る。

「でも、マスクで顔が隠れていても表情の芝居を全然休むつもりはなかったし、見えない部分も絶対に伝わるようにしようと思っていました。セリフを言うときも、笑っている感じが声の色や形に出たらいいなという想いで演じていましたね」

そこでは、半喰種であるカネキの覚悟と決意、本作が訴えるテーマが、亜門との戦いの終盤で窪田が見せる上半身を激しく揺れ動かす迫真の芝居、絶叫にも似たあるセリフによって届けられる。

その衝撃はかなりのもので、窪田はこのクライマックスの絶叫を最終完成形と考えてカネキを作り上げてきたのではないか? と思ってしまったほどだ。

「自分の知識やそれまでの経験で成長したカネキが、あの状況の中で選択できる最良のセリフだと思います。だから、大事にしていましたけど、少し力が入り過ぎましたね(笑)」

照れ臭そうに笑った窪田に素顔の顔が見え隠れしたので、最後に本作に絡めて、「喰種のような人肉を食べる怪物はいないにしても、自分を脅かす存在はいると思います。もし、そういう存在が現れたらどうしますか?」という質問をぶつけてみた。

自分を脅かす存在が目の前に現れたらどうしますか?

「そこはカネキと似ているかもしれないですね。あまり戦いたくないし、争いたくもない。似ている人はいると思うし、競争の激しい世界だから誰かと比べられることももちろんあるけれど、それでも自分にしかできないことを大切にしようと思います。

(ここで少し間を置いて)ただ、その自分を脅かす人を遠目には見ているタイプではありますね。絶対に逃がさない。逃がさないというか、視界から外さない(笑)。視野の中にずっと入れていると思います」

だが、その考えは決してネガティブなものではない。

「僕には兄がふたりいるんですけど、真ん中の年子の兄を理想としていて、子供のころから兄の背中を追いかけるように生きてきたんです。

でも、その兄も結婚して子供ができて、その新しい世界で表情も変わった。逆の言い方をするなら、結婚して夫婦になって子供がいる生き方を選んだ人にしか分からないものがある。

結婚していない僕がいくら知ろうとしても、絶対に理解できない感情や価値観がある。そういう人をずっと追い続けていたいと思います」

喰種や彼らを駆逐する人間たちのように相手を倒すのではなく、自らの希望とする。そんな姿勢を貫く窪田正孝の、現時点でのマックスの芝居がスパークする『東京喰種 トーキョーグール』。

ひとりの俳優の最良のパフォーマンスと映画の魂のクライマックスが濃密な形でリンクした本作は、今年いちばんの問題作と言ってもいいだろう。絶対に見逃してはいけない。