吉元由美の『ひと・もの・こと』

作詞家でもあり、エッセイストでもある吉元由美さん。先生の日常に関わる『ひと・もの・こと』を徒然なるままに連載。

たまたま出会った人のちょっとした言動から親友のエピソード、取材などの途中で出会った気になる物から愛用品、そして日常話から気になる時事ニュースなど…様々な『ひと・もの・こと』に関するトピックを吉元流でお届けします。

いま、この瞬間を生きよう〜ゲリラ豪雨の時代に

『ゲリラ豪雨』という言葉がよく使われるようになった2008年の夏。東宝ミュージカル『RENT』の訳詞の作業を、帝国劇場地下4階の稽古場で朝から夜中までこもってしていました。歌いづらかったり、言葉が音楽にのっていなかったり。また意味がよく伝わってこない箇所を、役者たちが歌の稽古をしている横で、その都度修正する。集中力と想像力と思考力をフル回転させながら、思うように書けない自分の不甲斐なさに情けない思いをしていました。

『RENT』は、1996年にオフブロードウェイで初演。ニューヨーク、イーストビレッジに住むアーティストたち…ゲイ、レズビアン、人種、HIV、貧困、ドラッグ中毒という、それまでのミュージカルにはないテーマを描き、トニー賞、ピューリツァー賞の最優秀作品賞を受賞。今でもレントヘッドと呼ばれる熱狂的なファンが世界中にいます。

全42曲。ロックミュージカルに、どこか王道のミュージカル音楽の要素も加わった曲に、日本語の歌詞をのせていく。ミュージカルにおいて歌は『台詞』です。しっかりと意味を伝えなければなりません。ところが、ここで日本語と英語の違いに難儀するのです。たとえば、“I love you”と、英語では3つの音符で伝えられる内容を日本語で正確に伝えようとすると「私はあなたが好きです」となる。すると、12音必要になります。たとえばそこを、何とか3つの音に凝縮し、なおかつ音楽に合わせ、意味も伝わるように組み立てる。それまでも訳詞は何曲も手掛けていましたが、ミュージカルの訳詞のむずかしさは想像以上でした。

『RENT』のテーマのひとつである「いま、この瞬間を生きる」ということ。過去もない、未来もない。確かなのはこの瞬間であり、いま、どれだけ愛する人を愛することができるか。多くのファンの心を捕えて離さないのは、この切実さなのだと思います。絶望と希望を繰り返しながら生きる者たちの人生。命という限られた時間の儚さ。それは私たちからかけ離れたものではなく、私たちのどこかに存在する人生なのかもしれません。だからこそ、『RENT』はいまも大勢の人の心を揺さぶるのです。

帝国劇場の稽古場から気分転換に外に出ると、空は夕焼けの色に染まっていました。そして、路面が激しく濡れていました…。地下深く潜った場所にいると、地上で何が起っているかわからない。その夕焼け空と濡れた路面を見たときにふっと頭に浮かんだのは、なぜか地球の終わり…という言葉でした。

2008年以降、ますます夏の暑さが激しくなり、大雨が降り、山は崩れ、川は氾濫する。人間はそんな気候の変化に為す術がありません。でも、復興する力はあるのです。

「いま、この瞬間を生きる」

いつどんな『ゲリラ豪雨』に見舞われるかわからないこの不安定な時代だからこそ、ミュージカル『RENT』のこのメッセージはリアルに心にずしんとくるのです。

[文・構成/吉元由美]

吉元由美

作詞家、作家。作詞家生活30年で1000曲の詞を書く。これまでに杏里、田原俊彦、松田聖子、中山美穂、山本達彦、石丸幹二、加山雄三など多くのアーティストの作品を手掛ける。平原綾香の『Jupiter』はミリオンヒットとなる。現在は「魂が喜ぶように生きよう」をテーマに、「吉元由美のLIFE ARTIST ACADEMY」プロジェクトを発信。
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