老親に介護を頼まれた娘がキレる瞬間

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「いい介護ができるかどうかのキーは、娘が親の世話をする担当になること」。介護現場で働く人々はそう語ります。なぜ、「妻」や「嫁」ではなく「娘」なのか。また、娘を中心とした親の介護では、どんなことに注意すべきなのか。介護経験をもつライターの相沢光一氏が解説します――。

■妻や嫁ではなく「自分の介護は娘にしてほしい」

ケアマネージャーは担当する利用者が決まると、要介護者本人と家族のもとを訪問し面談をします。その際、介護の担い手となる人物を見て、内心「この人なら良い介護ができそう」とか「大変な介護になるんじゃないか」と思うことがあるそうです。

男性と女性で比べると、やはり女性のほうが望ましい、というのが本音のようです。夫婦のどちらかが要介護になる老老介護にしても、子が親のケアをする場合にしても、介護者が女性ならば家事や人の世話をすることに慣れていることが多く、細やかな気遣いもできる。

男性はオロオロして何もできなくなる

一方、男性の場合は総じて家事全般にうというえ、人の身のまわりの世話をした経験が乏しいのが現実です。よって、ゼロから学ばなければならず、想定外の出来事があるとオロオロして何もできなくなってしまうこともあるそうです。

これはあくまで、私が話を聞いたケアマネージャーたちの経験則であって、もちろん性別によって向き・不向きを安易に決めつけることはできません。しかし介護の現場において、「男性はあまり頼りにならない」とみられていることは、知っていただきたい事実です。

「私たちが担当することになった家族で、よりよい介護ができそうだとひとまず安心するのは、性格的にしっかりした実の娘さんが介護の担い手になるケースですね」
そう語るのは女性ケアマネージャーのYさんです。

「娘を持つ親御さんの多くが、自分の介護は娘にしてほしいと思っておられます。娘さんのほうも親に対する愛情がありますし、育ててくれた恩返しという思いもあって積極的に介護に臨もうとします。また、お互い気心が通じ合っていますから、適切な対応ができうる存在が娘さんです」

とはいえ、娘さんが介護に専念できる状況にあるとは限りません。

嫁いでいたり、仕事を持っていたりする場合は、親の側に“迷惑をかけられない”という思いがあり、結局息子の奥さん(嫁)に介護を担わせることになることが多いそうです。そして前回 、記したような姑の介護を折り合いの悪い嫁がすることによるトラブルが起こるわけです。

■実の親と嫁ぎ先の親 どちらの介護を優先するか

「そうしたトラブルが生じる原点には、結婚に対する女性と男性の意識の差があるような気がします」とYさんは言います。

まず、女性の意識はこうです。

「今は多くの方が恋愛結婚されます。新郎新婦は幸せそうで新婚生活のことで頭がいっぱいに見えますが、女性は現実的ですから、けっこう先のことも見据えて結婚を考えているんです。で、いつかはこの人(旦那)の親の老後の面倒を見ることになるんだな、という思いが頭のどこかにある。結婚をする際、女性は多かれ少なかれ、そういう覚悟をしているものなんです」(Yさん)

一方、男性はどうか。

「ところが、男性のほうは親の老後のことはもちろん、奥さんになる女性がそんな覚悟をしているなんて想像すらしていない人が大半のはずです。その意識の差が埋まらないまま結婚生活が続き、いざ親が要介護になると、旦那は嫁が親の介護を担うのは当然といった態度をとることになる。それでお嫁さんがぶち切れるんです。今は婚活がブームになっていて、男性もセミナーを受けることが増えたそうですが、結婚には親の介護の問題も含まれていて女性はそれも頭にあることを教えてほしいですね。そうすることで少しは介護に参加したり、奥さんの負担を軽くしたりすることを考えるはずですから」(Yさん)

娘が親の介護をするときに発生しがちな問題点

また、嫁いでいる娘さんにとっては、実の親と嫁ぎ先の親のどちらを優先して介護するかも大きな問題だと言います。

「私が担当する利用者さんには実母とお姑さんをダブルで介護されている方がいます。私の目には、どちらの介護も分け隔てなく頑張っているように見えたのですが、ご主人から、実母を優先してお姑さんをおろそかにしていると言われたようで、大きなトラブルになったようです。でも、今はその方も開き直ったというか、お姑さんの方はデイサービスを増やすことでショートステイなども入れて負担を減らし、実母のケアに力を入れています。そういう割り切り方も必要なんです」(Yさん)

ともあれ親の介護は実の娘が担い手として専念できるケースがベターなようです。「ただし、娘さんの場合は一生懸命になり過ぎることによる問題もあります」と語るのは男性ケアマネージャーのIさんです。

「利用している介護サービスに少しでも不満な点があると、すぐに変えてくれといわれる方が少なくありません。より良いサービスを求めるのは当然ですし、われわれも対応しますが、度を過ぎることがあるんです。たとえばリハビリ。担当の理学療法士と話し合い、その方の状態に合ったリハビリを行っていても、娘さんとしては早く良くなってほしいという思いが勝り、聞きかじった知識で負荷の強いリハビリを要求されたことがありました。ご本人はつらそうにしていましたし、効果も出なかった。一生懸命過ぎることで、そうした問題が生じることもあります」(Iさん)

■介護に熱心になりすぎてモンスター化する娘

それが積み重なると担当ケアマネージャーや介護サービス事業者を信用しなくなり、モンスター化する人もいるといいます。

「娘さんの場合、精神的に不安定になる方がいます。とくに親御さんが認知症のケースですね。元気だった頃の親との会話や触れ合った記憶が鮮明にあるわけです。ところが認知症になり、目の前にはその頃とは別人の親がいる。自分のことを娘だとわかってくれないこともある。実の子としてこんなにつらいことはありませんし、これほど愛情を注ぎ、身を削る思いをしてケアをしているのに、なんでわかってくれないんだというやるせない思い。そのやりきれなさから言葉の暴力を発したり、それが高じて手を上げてしまったりするところまでいく人がけっこういるんです」(Iさん)

これは娘さんに限らず、ひとりで介護を担っているケースで頻発しているとのこと。負担を背負い込むことによる疲労に加え、孤立感から正常な判断ができなくなるためです。

嫁と小姑が介護で共闘できる条件

「介護の担い手になり得る人が複数いるのなら、チームとして介護を考えてほしい」とIさんはいいます。

「兄弟姉妹がいれば、負担を分担することを話し合うんです。その中には一番親御さんとの関係が良好で誰とでも仲良く話ができる人がいるはずです。なおかつバランスの取れた考え方のできる娘さんがいればベター。その人を介護のキーパーソンにするんです。親族や兄弟には年齢などによる力関係もあると思いますが、介護に関してはそのキーパーソンの判断に従うようにするんです。そういう存在がいる家族は、介護で問題が生じることは少ないですし、われわれケアマネも安心できます」

娘さんをキーパーソンにするのはお嫁さんが介護をするケースでも効果があると言います。

「お嫁さんにとって娘さんは小姑になります。小姑と嫁も折り合いが悪いというのが相場ですが、お姑さんと比べれば冷静になれる関係だと思う。その小姑と仲良くするよう努め共闘できる関係を築くのです。お姑さんも実の娘の発言は聞いてくれることが多いですし、互いに協力することで負担を減らすことはできると思います」(Iさん)

もうすぐお盆。実家に親族が集まる機会でもあります。もし親御さんが要介護、あるいはそれに近づいている場合は兄弟姉妹だけで集まり、介護の分担と誰がキーパーソンになるかを話し合うことも必要ではないでしょうか。