木俣冬『みんなの朝ドラ』(講談社現代新書)

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「朝ドラ」ことNHKの「連続テレビ小説」の視聴率が、つい最近まで低迷しつづけていたことを覚えているだろうか? 20年もの低落傾向を反転させたのは、内容やキャストの変革よりも、ネットを介して「みんなで見る」というスタイルの定着にあった――。

※以下は木俣冬『みんなの朝ドラ』(講談社現代新書)の序章「2010年代、朝ドラの何が変わったのか」からの抜粋です。

■15分繰り上げで挑んだ『ゲゲゲの女房』

なかなか低迷期を抜け出せない朝ドラは、2010年、48年ぶりに放送時間帯を変更するという、思い切った策に出る。それまでの8時15分開始を8時に繰り上げたのだ。

時代が変わり国民の生活習慣も変わったことが公的な理由だが、当時視聴率のよかった民放の情報番組が軒並み8時スタートだったため、それに合わせたという見方も強い。

2010年3月29日(月)、NHKは民放と並んで8時に放送していたニュースを7時45分にずらし、8時から第82作『ゲゲゲの女房』(脚本:山本むつみ)を放送した。

朝ドラに新しい風が吹くのはここからだ。

『ゲゲゲの女房』は、『ゲゲゲの鬼太郎』を描いた漫画家・水木しげるの妻・武良布枝のエッセイ『ゲゲゲの女房』(実業之日本社文庫)を原案にしたもの。主人公・布美枝(松下奈緒)は、お見合いで知り合った村井茂(向井理)と結婚する。戦争で片腕を失い、貧しい生活をしていたが、大好きな漫画を真摯に描き続け、国民的人気作家になっていく夫と、それを健気に支える妻──この夫唱婦随の様子が微笑ましく、水木しげる役の向井理が女性層の支持を高く受け、さらには多くの人々がよく知る鬼太郎など水木漫画のキャラクターが劇中に登場したことで、待望の新規視聴者を獲得することができた。

■「ドラマ絵」という遊びの誕生

新たな視聴者とは、漫画やアニメが好きな人たちだ。奇しくも劇中には、従来、子ども向けだった漫画を大人の鑑賞にも堪えうるものにしたいというエピソードがあるが、まさに1980〜90年代に漫画を読んで育った層が、『ゲゲゲの女房』に流入してきたのだ。きっかけは、『ゲゲゲの女房』を観た視聴者の中から、「ドラマ絵」(ドラマに出てくる登場人物の似顔絵)を描いてインターネット上にアップするという遊びを行う人の出現だった。

これはやがて2012年の大河ドラマ『平清盛』にも飛び火し、その盛り上がりが頂点に達したのが、2013年の第88作『あまちゃん』(脚本:宮藤官九郎)だ。『あまちゃん』の「あま絵」の第一人者とされる漫画家・青木俊直は、『ゲゲゲの女房』から「ドラマ絵」を描きはじめた(『ゲゲゲの女房』の場合、それは「ゲゲ絵」と呼ばれた)。

青木は当時の状況をこう振り返る。

「高校のときは当時8時15分から始まる朝ドラが時計代わりで、その時間にうちを出ないと遅刻するという、そういう存在でしかなかったです。なので、『ゲゲゲの女房』の前の朝ドラは観ていませんでした。『ゲゲゲの女房』は、水木先生の話だから観はじめました。

いざ観はじめると、戦後漫画黎明期の手塚治虫とトキワ荘とは違う文脈の漫画家の葛藤と生き方がしっかり描かれていて、キャラクターも魅力的で心に刺さる言葉も多々あり、すっかりはまってしまいました。漫画家(の妻)が題材ということもあり、多くの漫画家さんも観ていたと思います。

■朝ドラを盛り上げた『あさイチ』

そしてちょうど『ゲゲゲの女房』がはじまったころ、ツイッターがポピュラーになりかけていたこともあり、誰ともなく絵をあげはじめたんだと思います。いわゆる「ゲゲ絵」では漫画家の井上正治さんの絵が楽しみで、ドラマと井上さんの絵を一緒に楽しんでいました。井上さん自身が(ドラマの舞台となった)調布在住ということもあり、オフ会を調布で開催したりもしました。「ゲゲ絵」は井上さんが先導している感じでしたね」

このように、絵を描く者たちが、同業の大先輩である水木しげるに惹かれて朝ドラを観はじめ、「ゲゲ絵」を描き出した。そしてその影響を受けて、情報番組『あさイチ』に出演した朝ドラ関係者がFAXを募集すると、絵の投稿が殺到するようになる。

この『あさイチ』の存在も、朝ドラを盛り上げたひとつの要因でもあった。

『あさイチ』は、『ゲゲゲの女房』と同時期にはじまったNHKの情報番組だ。NHKアナウンサーの有働由美子とV6の井ノ原快彦、NHK解説委員の柳澤秀夫がキャスターとして名をつらねた。井ノ原が生放送であることを利用し、朝ドラを観て誰かと感想を分かち合いたいと思っている人のために、直前に放送された回の感想を語りはじめたことが、視聴者の関心を呼んだとされる。それがいつの間にか「朝ドラ受け」と呼ばれて定着し、視聴者もそれを期待するようになった。

■「朝ドラ受け」の開始から7年

なかには、朝ドラとは別番組であるにもかかわらず話題を持ち込むことをよしとしない視聴者からの批判もあって、必ずしも毎日、「朝ドラ受け」をするとは限らないが、「朝ドラ受け」の開始から7年経った2017年現在もなお、それは続いている(ツイッターでは、朝ドラの感想だけでなく、朝ドラ受けに反応してつぶやく人も多い)。

なお、2011年に、映画界で活躍していた渡辺あやを脚本に起用した第85作『カーネーション』がはじまると、今度は流行りの映画やドラマを好む層が新たに朝ドラに流入してきた。こうして、従来の朝ドラ視聴者とは違う層が徐々に増え、それがようやく視聴率として結果に表れたのが、2012年の第86作『梅ちゃん先生』(脚本:尾崎将也)だ。『梅ちゃん先生』では、SMAPが歌う主題歌(「さかさまの空」)も注目され、平均視聴率はついに20%台を回復。同年の第87作『純と愛』は、ジャニーズの風間俊介の出演が決まり、脚本に視聴率40%超えを果たした民放のドラマ『家政婦のミタ』(日本テレビ)の遊川和彦を起用し、『ちゅらさん』で好評だった沖縄を再び舞台に設定するなど、かなり力の入った企画だった。風間めあてに観はじめた女性視聴者も多く、「あま絵」画家で、後に第91作『マッサン』(脚本:羽原大介)のコミカライズ(扶桑社)を担当する漫画家のなかはら★ももたも、そのひとりだった。

■『純と愛』の絶望を引き受けた 『あまちゃん』

なかはらが朝ドラを観るようになったのは、『純と愛』からで、主人公たちのあまりに絶望的な人生にショックを受けたという(それと同じような視聴者が続出したが、その内容はここでは明かさない。未見の方は機会があればDVDをご覧いただきたい)。この衝撃的な作品が生まれたのは、2011年に起きた東日本大震災を受けてのことだと脚本家の遊川和彦はいう。なぜあえて悲劇を突きつけたのかを聞くと、次のように答えてくれた。

<震災によって、いくら頑張ったって、不公平な不幸は襲ってくるんだってことがわかったわけじゃないですか。『いつか自分にも不幸が襲い掛かってくるかもしれない不安』と闘うことは大きなテーマですね>

<「なんでこんなにひどいことばかり起きるの?」って、たいへんなおりを受けました。でも、それで救われたという人も確実にいるわけなんです。最終的には、試練に耐えている人と人が出会って助け合うようなところに行き着かせたいんですよ> (『週刊SPA!』2017年2月7日号)

こう語る遊川の気持ちもわかるが、その願いは残念ながら、大半の視聴者に届かなかった。だが、彼の言う「一人で生きることなんてできないんだ」というメッセージは、その後の朝ドラに大きな意味を及ぼしたと筆者は考える。 みんなで楽しむ朝ドラに 『純と愛』がもたらした絶望のはてに放送がはじまった第88作『あまちゃん』は、「一人で生きることなんてできないんだ」という『純と愛』の想いを引き受けたといえるだろう。 『あまちゃん』のストーリーやその考察に関しては第11章で詳述するが、2010年以降の朝ドラの人気を高めたのは、内容そのものや時間帯の変更のみならず、「一人でなく、みんなで楽しむ」というスタイルが確立されたことも大きく影響している。

そこでは、先にあげた「あま絵」、「ツイッター」、『あさイチ』の「朝ドラ受け」が多大な役割をはたした。『あまちゃん』の内容の濃さや豊富さと、震災以降、ユーザーが激増したツイッターがうまく連動し、多くの視聴者が意見や感想、ツッコミや「あま絵」をツイッターにアップしたことで、視聴熱が上がった。

■宮藤さんは「朝ドラを楽しんでいた」

『あまちゃん』をとりあげる雑誌も多く、なかでも、女性誌『CREA』(文藝春秋)が2014年1・2月合併号で映画とドラマ特集を行ってそこで『あまちゃん』を多く取り上げ、表紙はその出演者の松田龍平だったことは、画期的だった。いわゆる女性週刊誌で記事になることは多い朝ドラだが、ファッション誌やカルチャー誌で扱われることは滅多になかったからだ。筆者も、登場人物の名台詞の選出や、プロデューサーの訓覇圭のインタビューを任された。当時『CREA』のデスクだった竹田直弘は『あまちゃん』特集を行った経緯をこう語る。

「『CREA』も『あまちゃん』以前は朝ドラに積極的ではなかったと思いますよ。朝ドラはカルチャー女子が観るものではない、という感じでしたし。でも、宮藤官九郎さんが脚本ということで『CREA』読者も最初からくいついてましたね。本当は、僕は一冊丸ごとドラマ企画をやりたかったんですけど、周囲から『前例がないから不安』といわれ、仕方なく『映画&ドラマ特集』にしたんです。ほんとはドラマ特集、というか『あまちゃん特集』にしたかったですね」

また、同誌に掲載された『あまちゃん』プロデューサー・訓覇圭のインタビューによれば、<宮藤さんが『朝ドラをぶち壊す』とか『朝ドラを刷新する』というほうが刺激的でしょうけれど、実は宮藤さんは、『朝ドラを楽しんでいた』だけだと思うのです。朝ドラらしさって一言でいうと、朝、みんなが少しでも明るい気持ちになるもの(後略)>だという。宮藤は、朝ドラの制約も楽しんで、脚本に組み込んでいった。それが、視聴者にも伝播してヒットにつながったのだろう。

■「朝ドラは生活のマストアイテム。」

グルメやファッションの情報誌『Hanako』(マガジンハウス)が朝ドラ特集を組んだのは、第94作『とと姉ちゃん』(脚本:西田征史)に合わせた2016年4月28日号だった。「朝時間の楽しみ。」という特集の中の4ページで、2013年以降の朝ドラに関して紹介している。筆者もここで「朝ドラは生活のマストアイテム。」というエッセイを書いた。映像関係の専門誌や、作品の公式ライターとしてプレスやパンフレットに、現場取材をもとに作り手や俳優に関する記事を書く仕事が主だった筆者に、おしゃれな女性誌から依頼が来ること自体珍しかったこともあり、強く印象に残っている。

それこそ、家族が出かけてから、専業主婦が家事をしながら時計代わりに朝ドラを観て、主人公の生き様を毎日の生活の張りにしていた草創期から、いまや、その感想をみんなで分かち合う時代となった。「お茶の間」という言葉が死語になり、家族でテレビを観る時代でもなくなり、テレビは自室でひとりで観るものになっていたところへ、「(ひとりなのに)ひとりではなく、(みんなではないけど)みんなで観る」という新しいかたちが生まれた。つまり、家族で観ていた朝ドラは、ツイッターなどのSNSを介して“志”を同じくする多くの人たちと楽しむ朝ドラに変わった。これこそが新生朝ドラの実像だろう。

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木俣 冬(きまた・ふゆ)
フリーライター。東京都生まれ。ドラマ、映画、演劇などエンタメ作品に関するルポルタージュ、インタビュー、レビューなどを執筆。ノベライズも手がける。おもな著書に『ケイゾク、SPEC、カイドク』(ヴィレッジブックス)、『SPEC全記録集』(KADOKAWA)、『挑戦者たち トップアクターズ・ルポルタージュ』(キネマ旬報社)などがある。

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(フリーライター 木俣 冬)