鬼束ちひろは“終わらない旅をしている” ツアー完走で実感した唯一無二の表現

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 鬼束ちひろの全国ツアー『鬼束ちひろ コンサートツアー『シンドローム』』が、7月18日のZepp DiverCity公演をもって終幕した。バンドセットによる8公演と、ピアノと彼女だけによる特別追加2公演、合わせて9都市10公演だった。

 鬼束が全国ツアーを行なったのは、(鬼束ちひろ & BILLYS SANDWITCHESとしての2014年のツアーを除いて)約5年半ぶり。2011年11月から行われた『鬼束ちひろ CONCERT TOUR 2011「HOTEL MURDERESS OF ARIZONA ACOUSTIC SHOW」』以来となった。が、2011年のそれはタイトルの通りアコースティックツアーで、全3公演のみ。バンドありの全国ツアーは、2002年以来、実に15年ぶりだ。

 2002年といえば、デビューして2年目の年。2001年の初ツアーに続き、その2002年3月から2度目のツアー『CHIHIRO ONITSUKA ‘LIVE VIBE’ 2002』を渋谷公会堂でスタートさせたがしかし、4月の初頭に過労による急性腸炎を発症し、大阪と仙台の2公演を延期。ツアー終了後は数カ月の休養をとり、復帰ライブとして挑んだのが、ファンの間で「伝説の」と言われるあの圧倒的な日本武道館公演『CHIHIRO ONITSUKA ULTIMATE CRASH ’02』だった。

 そんな2002年以降、鬼束は1度もバンドセットでのツアーをやらなかった。やれなかった。1公演に全身全霊を注ぐ彼女にとって、それを連続的に行わねばならない全国ツアーは肉体的にも精神的にもハードすぎたのだろうし、もしかしたら2002年のツアーがある種のトラウマになっていたところもあったかもしれない(2008年に予定されていた3度目のツアーも体調不良で中止となった)。恐らくツアーというもの自体に対して彼女は恐怖を抱いていたのだろう。

 ある時期から長きに亘って、活動のあり方と表現のあり方、及び声の出方が安定を失っていた鬼束だったが、2016年には驚くほどに復調。11月4日の中野サンプラザホール公演では圧巻のパフォーマンスを見せ、今年2月に6年ぶりとなるオリジナルアルバム『シンドローム』も発表した。それは初期の楽曲群を彷彿させると同時に、ここ数年の迷走と葛藤を潜り抜けたからこそ獲得できたのであろう説得力と深みも感じさせる作品だった。そうして“限りなく完全復活に近い状態”にまで戻ったことは、ライブアルバム『Tiny Screams』の発売にあわせてリアルサウンドに寄せた原稿の通りだ。

 その文の終わりで自分は今回の全国ツアーにふれ、「今の彼女が最良の状態にあることは間違いない。昨年11月の公演からのさらなる進化(深化)に期待したい。」と結んだ。ライブ盤『Tiny Screams』を聴けばわかる通り、昨年11月の中野サンプラザ公演は復活を強く印象付けたものであり、それを受けて久々の全国ツアーを決意したからには、それ相応の心構えとコンディション、意識と気力の持ち方で彼女は臨むに違いないと考えたからだ。が、正直に書けばやはり不安がないわけではなかった。4月に始まり約3カ月で10公演。公演ごとの間はそこそこあいているとはいえ、気力と体調をしっかりキープしたまま完走しきれるのかどうか。そればかりは神のみぞ知るところだった。

 『鬼束ちひろ コンサートツアー『シンドローム』』。自分は7月12日に中野サンプラザホールで行われたバンドセットにおける最終公演と、7月18日にZepp DiverCityで行なわれたアコースティックセットによる特別追加公演(全日程のファイナル)を観た。両日の模様を振り返ってみよう。

 7月12日、中野サンプラザホール。開演前、クラシックのピアノ曲だけが延々流れる場内は恐ろしく静かだった。通常、ライブが始まる前というのはそれなりにざわざわしているものだが、友人と喋ったりしている人はほとんどおらず、誰もが静かに始まりを待っている。ひとりで観に来ている人の数がそもそも多いのかもしれないが、それにしたって静かだ。昨年11月の同会場の公演もそうだった。果たして今夜の鬼束ちひろの状態はどうなのか。声はどのくらい出るのか。自分を含め、そんなふうにある種の緊張を持ちながら開演を待っている人が多いのだろう。

 開演予定時間を5分過ぎ、10分過ぎ、15分が過ぎても場内はシーンとしていて、ピアノ曲だけが静かに流れている。鬼束はいま、楽屋で精神統一をしているのか、あるいはもしかすると何らかの不安要素があって開演が遅れているのか。そんな考えも一瞬頭によぎったが、予定時刻を20分ほど過ぎたところで客電が落ち、まずバンドメンバーたちがステージに登場した。続いて鬼束本人が登場。しかし観客は歓声を送るでもなく、大きな拍手で迎えるでもなく、やはり静かなまま。そのように一種独特の張り詰めた空気の中、バンドの演奏が始まった。

 チェロ、バイオリン、ピアノ、ギター、ベース、パーカッションからなるバンド編成。昨年11月の同会場での公演はピアノ、チェロ、パーカッションというミニマルな編成だったことから、今回はアルバム『シンドローム』に代表される現在の彼女の世界観をより厚みのある音の形で表現しようと意図したことがわかる。

 開幕曲は、昨年の中野サンプラザ公演で終盤に歌われた「good bye my love」。『シンドローム』の1曲目を飾ったのもこれだが、2枚組ライブ作品『Tiny Screams』では最後に収録されていたため、何やらそこからの循環を感じてしまう。チェロとバイオリンの繊細な音色を比較的前に出し、それと鬼束の歌をそのほかの楽器が支えるようにして鳴る。そのようなバンドアンサンブルが実に素晴らしいというのは、始まってすぐに感じられたことだった。鬼束はといえば、その曲のイントロから演奏に合わせてカラダを左右に揺らせていた。“踊る”というほどではないにせよ、そのようにリズムに合わせてカラダを左右に揺らす彼女を自分はこれまで観た記憶がなく、新鮮だった。そして歌唱。極端に悪いわけではないが、ピッチに関しては少し頼りない。『Tiny Screams』を繰り返し聴き、昨年の中野サンプラザ公演における同曲の力強さ、とりわけ〈呼べるまで〜〉という箇所の声の伸びを記憶していたため、尚更声の伸びなさも気になった。

 「碧の方舟」「Sweet Hi-Five」と新作『シンドローム』の曲が続いたが、まだ声の出とピッチは危うい。危ういがしかし、歌への入り込み度合いの高さは強く感じられた。それは歌唱以上に、動きから伝わってきた。以前の鬼束はメロディの高低に合わせるように(手で音程をとるように)マイクを持っていない側の手を上下に動かして歌っていた。ときに屈んで歌ったり、足を開きめにして力を込めたりすることはあったが、動きと言えばそれぐらいだった。が、今回は腕を高く挙げたり、片膝をついて腕を前に突き出したり、ときには歌舞伎でいうところの見得を切るようなカッコをしたりしながら歌っていた。明らかに身体による表現の割合が増し、大きく動いていたのだ。曲とカラダが一体化し、エモーションを全身で表現しているという、そんなあり方。それは去年までとは異なる、2017年の鬼束ちひろの表現の仕方だった。

 ピッチの不安定さがどうしても気になる序盤ではあったがしかし、4曲目「BORDERLINE」の迫力は特筆すべきものがあった。歌の力を強く感じられた。歌いながら最後は座り込み、ステージに頭をつける鬼束。常にボーダーラインに立ち、それを越えたり戻ったりを繰り返してきた彼女にとって、『Sugar High』最終曲のこれはやはり特別な1曲なのだろう。彼女の歌を聴きに来る観客たちは正直で、この曲の終わりにはそれまでと比較にならないほど大きな拍手が起き、しばらく鳴りやまなかった。が、鬼束は片手でそれを制し、次の「蛍」へと気持ちを移すのだった。

 「蛍」の終盤、背景にはまるでたくさんの蛍が発光しているような映像効果が。そして「陽炎」から初期の代表曲のひとつ「流星群」、さらに「眩暈」へ。もとより美しい「流星群」と「眩暈」は経年によってますます美しさ・優しさが増し、並べて歌われることで彼女の祈りにも似た気持ちが一層伝わってくる。続く花岡なつみへの提供曲「夏の罪」では歌唱が安定を見せ、ストリングスの繊細な音色と合わさることでより儚さが強調された。

 「帰り路をなくして」「ラストメロディー」、そして「X」。立て続けに演奏されたこの3曲は、この日のハイライトと言っていいぐらいの密度の濃さがあった。わけても「X」。これが凄かった。チェロとバイオリンの鳴りに対して、ギターはオルタナティブロックのようにギシギシミシミシと歪み、その合わさりが鳥肌ものの緊張を生む。鬼束はといえば髪を振り乱しながら歌い、ノイズと共に感情が昂っていく様子。ギターが狂ったような歪み方を見せたクライマックスに至って、彼女はのけぞり、ステージに倒れ込んで、腕だけを天に伸ばした。まるで侍の絶命の瞬間みたいなあり方。正直に書くと2009年の発表当時、自分はこの曲「X」のやや時代錯誤的なアレンジやボーカル処理が好きじゃなく、繰り返し聴くこともなかったのだが、この日ナマで味わったそれにはまったく異なる感触があった。このバンドで、このライブで、「X」という曲は完全に生まれ変わっていた。このツアーの白眉だ。

 このあと「悲しみの気球」「シャンデリア」「ULTIMATE FICTION」「弦葬曲」と、『シンドローム』から4曲を。「弦葬曲」のチェロとバイオリンのアンサンブルはとりわけ美しく、〈忘れてしまえる傷口となれ〉と歌われるその部分は(実際の歌詞の意とは違うにせよ)鬼束自身の過去に対する思いのようにも響いてきたのだった。そして、「月光」へ。一時期はある種の呪縛となり、歌うことを拒んでいたこともあったこのヒット曲を、鬼束はいま、ちゃんと大事な曲として歌っている。ただ、惜しいかな、この日の「月光」では再びピッチが少し不安定になった。曲の終わりで彼女の後ろに浮かび上がった満月のような黄色い円を見ながら、月の見え方と同じように彼女の歌もその日そのときで違うということを改めて感じていた自分だった。

 ラストナンバーは『シンドローム』の重要曲「火の鳥」だった。曲調も手伝い、それまでのどこか緊迫したムードがここで見る見るうちに氷解し、和らいだ空気が会場を包み込んだ。〈哀しい微熱よ 貴方に届け〉。そう歌いながら、まさに“貴方に届け”とばかりに観客に腕を伸ばして歌う鬼束。一人ひとりに語り掛けるような優しさと柔らかさに満ちた歌声は、観ている者全ての心に響いたはずだ。歌い終わると鬼束は、驚いたことに「どうもありがとうございました」と言葉を発して、明るい笑顔で手を振った。  鬼束ちひろのライブにMCはない。いつもなら最後の最後に演奏者と並んで「礼!」と言うだけだ。それだけに、この日彼女の口から「どうもありがとうございました」という言葉が発せられたことには驚きながらも胸が熱くなった。昔からライブを観続けているファンは、みんなそうだったはずだ。そしてバンドメンバーが横一列に並ぶと、彼女はもう一度「ツアー、どうもありがとうございました」と感謝の思いを大きな声で口にして、メンバーたちと手を繋いだまま深くお辞儀。そのあとの笑顔のピースが、とにかくやり終えたということの充実感を物語っていた。

 そして笑顔のままステージを去るかと思いきや、鬼束は客席前方にいた女性ファンのひとりを手招きし、そのままハグ。その女性と鬼束がどういう関係なのかを我々は知らないため、一瞬誰もがきょとんとなったが、両者は喜びを分かち合っているように見え、だから観客全員がそれに対しても大きな拍手を送っていたのだった。

 ピッチの不安定さ、声の伸びなさに対して、「ああ、惜しい」と感じる場面は少なくなかった。ライブ作品(『Tiny Screams』)にもなった昨年11月の中野サンプラザホール公演に比べると、この日の鬼束のコンディションはそれほどよくなかったんじゃないかと思えたし、いまの彼女ならもっとやれる、もっと安定した音程で歌える、もっと力強く歌えるはずだと、そういう思いが残ったのも確かだ。が、じゃあこのライブがよくなかったのかというと、そうじゃない。完璧でも完全でもなかったけれど、彼女が全身全霊で歌っていたことは間違いないし、それは手や足の動きにも表れていた。「BORDERLINE」や「X」など鬼気迫るような歌唱と動きに圧倒された場面もあったし、最後の「火の鳥」は大きな優しさに包まれた感覚になった。先述した通りバンドアンサンブルも実に素晴らしく、鬼束とバンドメンバーたちとの信頼関係がそこから見て取れた。

 そもそもいいライブとはなんだろう。そんなことを考えながら中野の街を少し歩いた。音楽は(ライブは)スポーツじゃないので、完璧だから感動するというものではない。例えばかつてエイミー・ワインハウスというシンガーが存在したが、彼女のライブはいいときと悪いときの差が極端に激しかった。心ここにあらずといった状態でステージに立つこともあったが、思いが歌にこもったときの凄さは筆舌に尽くしがたいものがあった。その安定のしなさが、むしろひとりの人間としてリアルで、それ故エイミーの歌はソウルミュージックとして響いたわけだし、それ故に永遠のものとなった。彼女が常に100点のライブを続けていたら、また違った評価は得たであろうけど、そのような永遠性を獲得することはなかったに違いない。そういうリアルさが鬼束ちひろというシンガーにもある。喉が開かず声が弱く出たり、ときには裏返ってしまうこともあるが、魂がそのまま声に乗るようにして放たれることもある。このひとは命を削って歌っているんじゃないかとまで思えるときもある。この日もそういう瞬間が確かにあった。トータル的に完璧と言えるようなライブでは決してなかったが、自分は改めてこの公演で鬼束ちひろの唯一無二性を強く実感したのだった。

 7月18日、Zepp DiverCity。中野サンプラザホール公演から6日後に、その場所で特別追加公演を観た。ピアノを弾く坂本昌之とふたりだけによる追加公演は、14日の(彼女の生まれ故郷である)宮崎公演と18日の東京公演の2回のみ。Zepp DiverCity公演はツアー全日程のファイナルでもあった。

 因みに坂本昌之は、徳永英明、平原綾香、柴田淳らの作品で編曲やプロデュース、ピアノ演奏を行なってきた人で、鬼束ちひろ作品の編曲やプロデュースを担当するようになったのは2008年のシングル「蛍」から。以来、鬼束にとってなくてはならない存在となり、5年半前のアコースティックツアーもふたりで行なっている。東芝EMI時代からのファンならば、鬼束に必要不可欠な存在と言うとまず羽毛田丈史が思い浮んだはずだが、坂本昌之は「蛍」から数えてもう9年。不安定なときも彼女を支え、そうしていまがあるのだから、鬼束が全幅の信頼を寄せるのもよくわかるというものだ。

 この日も開演前はクラシックのピアノ曲が延々流れ、場内は恐ろしく静かだった。そして予定時間を15分くらい過ぎたところで客電が落ち、ふたりがステージに登場して演奏がスタート。先に書いておくと、アコースティックセットだからといって曲の差し替えがあるわけではなく、セットリストはバンドセットの公演とまったく一緒だった。

 観客たちはやはり固唾を呑んで観ていたし、いつもと同じように張り詰めた空気が流れてはいたが、中野サンプラザホールのときに比べたら鬼束は落ち着いてそこにいるように見えた。リラックスしているとまでは言わないが、バンドをバックに歌うよりも、やはりピアノとふたりという形が彼女の原点でもあるからして、安心もできるのだろう。ただ、オープナーの「good bye my love」はやはりこの日もピッチが不安定で、声の伸びもいまひとつだった。メロディに高低差のある曲だから難易度が高いのかとも考えたが、続く「碧の方舟」や「Sweet Hi-Five」も少し頼りなさを感じた。だが4曲目「BORDERLINE」の後半は、中野サンプラザ公演のその曲同様、入り込み方が凄くて迫力があった。ピアノと歌だけで驚くほどの濃密さ。むしろ言葉がより直截に耳に入ってくる。

 それでも前半は中野公演と同じように、最高のコンディションにあるとは思えない状態が続いた。ときどき声が裏返ったり、高い部分が苦しそうだったり。しかし、変化は突然訪れた。それは8曲目「眩暈」のときだ。ここで彼女の集中力が急に増したように感じられた。歌に揺れがなくなり、声の音量もあがって、一気に力強くなった。いきなりスイッチが入ったというような感じだ。

 このとき彼女はステージ上手の前のほうに立ち、そこから近い距離にいる特定の観客に向けて歌っているようだった。そしてアウトロが演奏されているとき、彼女は視線の先にいる観客に向かって「大丈夫?」と言った。ステージ中央に戻ると「周りを見て歌えなくて、ごめんなさい」と続け、もう一度上手の前方にいる誰かに向かって「大丈夫?」と声をかけた。後方に座ってステージを観ていた自分には何が起きているのかわからず、「え?」という感じだったが、そのあと何事もなかったかのように次の曲「夏の罪」が始まった。

 帰宅後に観客のツイートを見て知ったのだが、どうやらそのとき、最前列にいた観客のひとりが体調不良か何かで倒れたのだそうだ(その後、係員に抱きかかえられて退出したとのこと)。鬼束はその人の様子がおかしいことにいち早く気づいて声をかけたというわけだが、しかしそのちょっとしたハプニングによって鬼束自身の雑念が払われたのか、そこから歌唱のあり方が大きく変化した。前半とは見違えるようによくなったのだ。

 「夏の罪」の歌唱表現は、それはもう見事なものだった。このツアーの山場となるそのあとの『DOROTHY』からの3曲「帰り路をなくして」「ラストメロディー」「X」も圧倒的に素晴らしく、これぞ鬼束ちひろと言える力強さや深遠さや包容力があった。まさしく完全復活。自分がこれまでに観た鬼束のライブでもっとも深い感動を得たのは2002年の“伝説の”武道館で、その数日後に取材で会った際、彼女は「ステージに竜がいるみたいだったって友達から言われた」と笑いながら話していたことを前にも書いたが、そこから15年が経ち、再びその竜がステージに現れたという、そんな印象を持った。繰り返すがその安定感と力強さのある歌唱表現は前半の彼女と別人のようで、先の中野サンプラザホール公演のそれとも比較にならないレベルにあった。

 12日の中野公演は「X」でピークを迎えたあと、それに続く『シンドローム』からの4曲と「月光」で再びピッチに危うさが戻ってしまっていた。が、この日はそんなこともなく、8曲目の「眩暈」で切り替わったあとは最後まで安定したばかりか、曲をおうごとに凄みと深みが増していくようだった。彼女はただ集中して歌っていただけでなく、曲ごとに自在に緩急をつけ、完全に場を掌握していた。復活どころか、これこそが2017年現在の鬼束ちひろの底力であり、紆余曲折あったがとにかくデビューから17年歌い続けてきたことのひとつの到達点のようにさえ思えたものだった。と同時に、“まだまだこのように深化し続けるのだろう、この人は”という確信もはっきりと得たのだった。

 ピアノの音だけで歌われる「月光」は、まさしく17年を経てそこにある「月光」の形であり、“時間が加速させた痛み”と同時に、それがある意味においてはもう昇華されたことも感じさせた。それもあってか、最後の曲「火の鳥」を歌う前に、彼女はファンに対して感謝の言葉を述べた。中野サンプラザホール公演の最後に「ツアー、どうもありがとうございました」という一言が発せられただけでも我々は驚いたわけだが、ここでの言葉は一言ではなく、次のように丁寧なものだった。

「ここには、デビューして17年、私が苦しいときも、精神的にまいってしまったときも、支えてくださった方がたくさんいるんじゃないでしょうか」「ありがとうございます」「じゃあ、みんなに捧げます。“火の鳥”」。

 とてもしっかりした口調で彼女はそう言い、そして「火の鳥」を歌い始めた。すると、その曲に込めた思い(歌詞)と先に述べた感謝の言葉がひとつに重なった。〈金色の夜を越えて 貴方の瞬間(とき)になり ただ輝いてゆく〉〈こんな想いは 他へは何処にも やれないから〉。その歌詞がストンと胸に落ちた。

 そう、昔から彼女はいつだって、そのときの正直な思いを言葉に(歌詞に)託していた。直截的な書き方をせず、独特の文脈や言葉の飛躍があったりもするため、きちんと評価されるどころか目立った1フレーズがヘンな誤解を招くこともあったわけだが(例えば「月光」の〈I AM GOD’S CHILD〉)、感情の動きを物語のようにして表現する才は日本においては稀有なもの。そしてその歌詞表現のレベルが一段階上がったのが、アルバムで言うなら2009年の『DOROTHY』であり、抽象性が少し薄らいでより伝わりやすいものとなったのが2016年の『シンドローム』であったと自分は捉えている。この2作品には現在の彼女の心境が投影された曲も多く、だからこのツアーで『シンドローム』の全曲に加え、『DOROTHY』からも5曲が歌われたのだろう。実を言うとリリースされた当時よりも昨年11月の中野サンプラザホール公演を観て以降、『DOROTHY』というアルバムに対する自分内評価が高まった。先に「X」について述べた通り、当時は時代錯誤的なアレンジやボーカル処理の仕方に抵抗を覚えたものだったが、昨年の公演と今回のツアーの2公演を観てから、改めて楽曲そのものと歌詞の奥深さに感じ入るようになったのだ(わけても「帰り路をなくして」、そして「ラストメロディー」!)。当たり前だが、演奏(アレンジ)と歌唱が素晴らしければ素晴らしいほど、言葉の意味性と説得力も増していくもの。即ち彼女は昨年の公演と今回のツアーで改めて楽曲に命を吹き込み直し、そしてその言葉(歌詞)を輝かせることにも成功したわけだ。それが意図的ではなかったにせよ。

 そんなわけで、「火の鳥」の歌詞が胸にきた。“貴方に響け”と観客に手を伸ばして歌いながら笑顔になった彼女のその目からは、歌詞の通り“涙が溢れ”ていた。優しいその笑顔を、彼女は恥ずかしそうに手で覆った。そんな鬼束ちひろを見るのは初めてのことだった。“貴方に届け”。“貴方に響け”。彼女のその思いは100%以上叶った。そこにいる全員に届いて、響いた。“涙が溢れる”という素直な歌に泣いたのは彼女だけじゃなく、観客の多くが“もらって”いた。もちろん自分もだ。

 歌い終えて鬼束は、涙声で「どうもありがとうございました」と言い、そのあともう一度「ありがとうございました」と繰り返した。観客一同、スタンディングオベーション。鬼束は素晴らしいピアノ伴奏を聴かせた坂本昌之と抱き合い、そのあと次のように告白したのだった。

「私はこの10数年間、ツアーを怖くて逃げてきました。でもみんなのおかげで、いま私はここに立てています。本当にありがとうございます」

 そして、その“みんな”のうちのひとりでもある坂本昌之を見て、いつものように「礼!」と一言。お辞儀をして坂本はステージを去ったが、残った鬼束はさらにこう続けた。

「あとひとり、紹介させてください。ちえちゃん……」(呼ばれた女性がステージへ)。

「私、このツアーで、正直ボロボロで……。彼女は私のメンテナンスマネージャーです。24時間、私が壊れないように、ずっと見ていてくれました。私がここにいるのは彼女のおかげでもあります。彼女にも拍手を」「ありがとうございました。彼女はデビューのときから私のファンでいてくれました。それは最近わかりましたが(笑)」

 そう言ったあと、その女性と抱き合い、そして笑顔で客席にタオルを投げ込む鬼束。観客の拍手はひときわ大きくなり、いつまでもやまなかった。いつまでも。

 最後の告白の通り、やはり計10公演のツアーは彼女にとって厳しいものであり、精神的にも肉体的にも相当きつかったのであろう。だが、やりきった。完走できた。しかも最終公演となったこの夜は述べた通りに途中から最高と言える声の状態になり、彼女は自分でもハッキリと手応えを得たはずだ。その安堵感と達成感と集まってくれた人たちへの思いが「火の鳥」における涙の歌唱となり、そして最後の告白と感謝の弁にもなったわけだ。その安堵感は、完走できたということに加えてもうひとつ、自分の居場所、存在すべき場所が、ここ(ステージ)だとわかったことによるものでもあっただろう。そして観客たちの涙もまた、それを感じ、思いを重ねたことによるものであった。

 いままでいろんなライブを観てきたが、これほどまでにドラマチックで感動的だったライブはそうそうない。自分はこの日を一生忘れないだろうし、きっと観た人たちの間であとあと語り継がれることにもなるに違いない。

 NEXTは恐らく、すぐには来ないだろう。でも、いつか……必ず……また……。そう信じて、僕たちは歩いていくことができる。「火の鳥」の歌詞じゃないが、このツアーを観て自分たちも気づくことができた。鬼束ちひろは“終わらない旅をしてるのだ”と。(文=内本順一)