矢作直樹(やはぎなおき) 1956年、神奈川県生まれ。81年、金沢大学医学部卒業。その後、麻酔科を皮切りに救急・集中治療、内科、手術部などを経験。99年、東京大学大学院新領域創成科学研究科環境学専攻および工学部精密機械工学科教授。2001年、東京大学大学院医学系研究科救急医学分野教授および医学部附属病院救急部・集中治療部部長となり、15年にわたり東大病院の総合救急診療体制の確立に尽力する。16年3月に任期満了退官。 著書には『人は死なない』(バジリコ)、『天皇』(扶桑社)、『おかげさまで生きる』(幻冬舎)、『お別れの作法』『悩まない』『変わる』(以上、ダイヤモンド社)など多数がある。  撮影:松島和彦

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昨年3月に長年勤務していた東大病院という組織を離れ、現在はどこにも所属することなく、「ひとり」という状態を満喫している矢作直樹医師が、新刊『今を楽しむ〜ひとりを自由に生きる59の秘訣』で率直に語った、「ひとりは寂しい」という世間の思い込みに振り回されることなく、ひとりであるという自由な時間を有意義に過ごす秘訣を紹介します。

自分でできることは
人にやってもらっていい

 あきらめることは、つらい決断です。
 自分が経験してきただけに、気持ちは痛いほどわかります。
 受験、恋愛、就職、結婚、離婚、転職、治療……。節目、節目で、あきらめてきたことはいくつありますか?
 指を折って数えていると、わが人生、いろいろあったなあ、激動だったなあ、と感慨にふける人も多いのではないでしょうか。

 あきらめる決断をした後に大切なのが、「自分自身へのケア」です。
 すぐには無理かもしれませんが、いつか、どこかの時点で、その決断をした自分を「よく頑張ったね」と褒めてください。きっちり承認してあげてください。

 東大病院に部長職で着任してからの最初の七年間は大変でした。
 ちょっと話を聞いてほしい、そう考えて院内のさまざまな方に何度も連絡し、提案するのですが、とにかく「うん」と言ってもらえない状況が続きました。

 最初の頃、私は正論を述べました。医療スタッフとその家族が東大病院を最初に選ぶような、そんな病院に改革しましょう、と。そうすることが正しいことと信じて疑いませんでしたので、会議でもその方向に沿った改革案を出し続けました。

 しかし、すんなりと事は運びませんでした。どの人も口々に「あなたの言いたいことはわかるけど、そうは言ってもねえ」という返事でした。つまり、「改革なんてしんどいから嫌だよ」ということです。それでも粘り強く話を進めて、ようやくまとまったと思ったら、次は実際の現場の人にまでコマンドが徹底しない、といった具合でした。

 いわば、手元不如意という感じでした。ともかく、なかなか他科の協力がすんなりいかない、なのに私に人的、物的手当が十分になされているかというと、それもないのです。のちには大学院生も含めて30人でやっていた仕事を、最初は常勤職たった4名でやっていたのですから、無理もありません。
「自分に力がない」ということが身にしみました。

 そんな日々が数年間続くと、さすがに将来を夢見るだけでは現状の厳しさを乗り越えるのは大変です。改革を提案し続け、あとはなりゆきにまかせました。そして無心で仕事に打ち込みました。

 私たちは非力だったので、心がけたことがありました。
 一番大事なことは、「自分でできることは人にやってもらうこと」です。
 つまり、「自分でできるから」といって自分でやってしまっていては、人は離れていってしまうものなのです。

 自分でできることを、「俺はできるんだ」などといってやらないようにすることです。「やってくれてありがとう」と言って、人にやってもらっていいのです。たとえ相手が、「仕方がないやつだな」と思ったとしても、「まあ、またやってやるよ」という感じになるものです。

 注意しないといけないのは、「自分でできるから」と意地を張ったりしないことです。たとえば、電車の中で席を譲られた高齢者が、「自分はまだ大丈夫だ」などと言って断るのもそうです。他人の好意はありがたく受けておけ、ということなのでしょう。