3日連続でお届けの鼎談も最終回。仕事へのこだわり、家族、そしてそれぞれの10年後……。話題は尽きない。写真:佐藤香織

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 1998年年度の全国高校サッカー選手権で大会連覇を成し遂げた、“赤い彗星”こと東福岡。前年度に3冠王者でも主軸として活躍したMF宮原裕司、DF金古聖司、そしてDF千代反田充は、押しも押されもしない攻守の中軸だった。
 
 その後、伝説の同級生トリオはプロの道へ進み(千代反田は筑波大学経由)、Jリーグでも確かな足跡を残した。やがて現役を退き、それぞれのセカンドキャリアを歩むこととなる。ひとりは指導者S級ライセンスを持つJ下部組織の監督、ひとりは埼玉の強豪校で新境地を開拓し、もうひとりはサラリーマンとなり、大企業の営業マンとして革靴をすり減らしている。
 
 3人が一堂に会した場所は、東京・恵比寿にあるイタリアンの老舗『IL BOCCALONE』。6代目料理長を務める岩田正記さんは、東福岡高校サッカー部で彼らより1学年上の先輩。幹事である金古がチョイスしれくれた。
 
 はたして最終回ではどんなエピソードが飛び出すのか。2年生で3冠王者となった彼らは最終学年を迎え、途轍もないプレッシャーと向き合うのだが……。
 
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[3冠、2連覇の称号]
 
──東福岡で2年時に3冠、3年時に選手権を2連覇したことで、何かデメリットであったり、つらいこと、きつかったことはありませんでしたか?
 
金古「高校の3年間に関してはいい思い出しかない」
宮原「3冠したあと、2連覇へのプレッシャーがたいへんだったでしょうと言ってくれるひともいるんだけど、金古が……」
金古「まず俺が、3冠を達成した直後の新人戦でやらかして、公式戦49連勝記録を止めちゃいました」
宮原「とにかく先生方が恐かった! 目の前の1日をなんとか先生に怒られないように頑張ってただけで、気が付いたら2連覇してプロにもなれてた」
金古「そう、それ! とにかく先生が恐かった。今のヒガシは選手が何百人もいて、コーチもたくさんいて、選手同士も全員の名前分からないんじゃないかと思うくらいですけど、前はBチームだろうがなんだろうが全員怒られてました。志波監督だけじゃなくて寺西(忠成)さんもいたし」
宮原「試合に出てるヤツも出てないヤツも、うちの学年はみんな仲良かったと思うけど、どうなの、榎下」
 
──いつの間にか合流してニコニコと話を聞いてますけど、トップセールスマンの榎下(貴三)さんはどうですか?
 
榎下「どんなお客様でも、『僕あの雪の決勝で点決めたんです』って言うと、『ホントに? 本人?』って、ぜったい笑顔になっていただけます。あんまりサッカーが好きなひとじゃなくても、冬の風物詩みたいなところがあるみたいで。営業にとってこんなにありがいことはありません」
 
──千代反田さんも、営業先で役に立っていますか?
 
千代反田「自分は、Jリーグの選手だったと言われることは、普段ほとんどないです。でも、同じ営業所のひとのお得意様でサッカー好きの方がいて、お手伝いでいっしょに行くことはよくあります。そうすると、やっぱりJリーグの話より、ヒガシの3冠2連覇の話が盛り上がるんですよね。関東の人は東福岡なんて知らないと思ってたんで意外でした」
金古「同じ。俺、常勝鹿島アントラーズにいたのに、やっぱり『東福岡の』って言われる。とくに最近は保護者の方々が同年代になってきてるのもあって。でも、ぜんぜん嫌じゃないですよ」
宮原「それより、俺たちじゃないひとのほうがよっぽど東福岡を愛してる。それが多くてびっくりしなかった?」
千代反田「あー、それ分かる」
金古「地元のひともそうだし、サッカー部じゃなかったひとまで。俺たちより東福岡に詳しい」