学生の窓口編集部

写真拡大 (全4枚)

著名人の方々に大学時代のエピソードを伺うとともに、今の現役大学生に熱いエールを送ってもらおうという本連載。今回のゲストは、世界で初めて乗るだけで測れる体脂肪計を開発し、さまざまな健康計測機器を製造・販売するとともに、「おいしく食べてやせられる」ということで有名になったタニタ食堂でも知られる『株式会社タニタ』の代表取締役社長・谷田千里さんです。実は谷田社長は、珍しい学生経験をされているとのことですが、それは一体どんなことなのでしょうか?

親元から離れたい一心で進学


――谷田社長は珍しい学生経験をされているとお聞きしましたが、どういったことなのでしょうか?

【性格診断テストまとめ】自分の隠された一面が丸わかり?!

私は、まず専門学校に入り、次に短大へと進み、そこからさらに4年制大学に進むという、ほかの人があまり経験しないことをしています。


――そうなんですね! 最初は調理師の専門学校とのことですが、そこに進まれた理由は何だったのですか?


私は小、中、高と立教学院(立教小学校、立教池袋中学校・高等学校)で過ごしました。受験した記憶はあるのですが、自分の意思で受けたというものではないですから、「気が付いたらこの学校で学んでいた」という感覚だったのです。


――親の言うとおり進んでいた、ということですか。


そうですね。それで大学進学を考える際、いろいろと自我が芽生えている年齢ですから、「親の敷いたレールに従うのが嫌だ」と思い始めて……。それに私は意見があるタイプなので、父とよくケンカをしていたのですね。ケンカをするたびに父から最後には「食わせてやっているんだから言うこと聞け!」と言われていて、それが悔しかったのです。そこで、進路を決めるタイミングで「じゃあ俺一人で食っていこう」と思いました。


――それで大学に進まずに、調理師の専門学校に進まれたと。


そのまま進学していれば高学歴だったのかも知れませんが……(笑)。まあ当時はそんなこと考えていなかったので、専門学校で1年勉強すれば調理師免許が取れて、自分の腕一つで食べていけますから、「よっしゃ、これで親の元から離れられる!」と思って。もともと母親の料理の手伝いをしていたこともあって、料理が好きでしたからね。


――親元から離れたい一心で進まれた道だったのですね。



思いもよらぬ形で短大へと進む



――専門学校で調理師免許を取得された後に短大へと進まれていますが、その理由は何だったのでしょうか?


専門学校を卒業した後は、修行しながら親戚が集まる機会などで料理を振る舞っていました。そこで親戚から「援助するから早く店出しなよ」なんて言われることもあり、「パトロンも付いたし、順風満帆だ」と思っていたんです。そんな中で、椎間板ヘルニアを発症してしまい、それこそしびれと痛みで眠れないくらいになってしまいました。


――かなりひどい症状だったのですね……。


「これじゃどうしようもない」と思って手術をして、リハビリも続けたのですが、医師の先生から「立ち仕事はすぐ再発するからやめなさい」と言われてしまいました。それで調理師の道は諦めました。

じゃあどうするかな……と考えていたところ、「来年から中学の家庭科を男女共修にする」(※1)というニュースがあって、その中で「女性教諭しかいないから、男子生徒に教えるには男性教諭も必要」と言われていたのです。「これはチャンスだ!」と思いました。そこで、家庭科の教員免許を取得できる短大に進もうと考えたのです。

※1……「家庭科教育に関する検討会議」において家庭科を男女同一課程に改めることが決定。1993年(平成5年)に中学校、翌1994年(平成6年)に高校の家庭科が男女必修化された


――短大に進まれた背景には、そうした理由があったのですね!


「教員免許を取って、料理を教える側になるのもいいかな」と。それに、栄養士の資格も取得できます。それで家庭科の教職課程がある学校を探して、山口と九州の短大を受験してみることにしました。最初に山口の学校を受けたのですが、面接のときに「あなたは我が校で初めての男子学生です」って言われました。


――男子にとっては憧れの状況じゃないですか!


普通だと、そう考えますよね。でも、私は小中高と男子校(※2)で、女性に対する免疫があまりなかったのです。ですので、合格はしたものの、「それは無理です」と断っちゃいました。女性とまともに話せませんから、今で言う「ぼっち」になることが目に見えていましたから(笑)。九州の学校はそうではなかったので、そちらに入学することにしました。

※2……立教小学校、立教池袋中学校・高等学校は男子校


――そうなんですね。もし小中高と共学だったなら山口の学校を選んでいたかもしれませんね。


「よっしゃ!!」と意気込んで入学していたと思います(笑)。でも、そうではなかったので、佐賀短期大学(現・西九州大学短期大学部)に進み、そこで栄養士の資格と、教員免許を取得しました。調理師に栄養士に家庭科の教員免許と、他の経営者が持っていないような資格を取得していますよ。

世間の風の冷たさを知り4大へと進む……


――調理師に栄養士に教員免許といった、就職で有利に働きそうな資格を取得していながら、次は佐賀大学理工学部へと編入されますが、なぜ4大へと進まれたのですか?


実は編入する前に就職活動をしたのですが、感触は芳しくありませんでした。短大に入る前にも就活の経験があるのですが、書類審査ではじかれてしまう。学歴がどうこうというのはあまり言いたくないのですが、やっぱり学歴が偏重される傾向はあるのだと気づかされましたね。


――世間の風の冷たさを知ったと……。


はい、世間の風は冷たく厳しかったです。少しひねくれちゃいました(笑)。そうしたら、短大時代の恩師から、佐賀大学とは栄養実験など単位の互換が可能なため、「編入枠があるから受けてみないか」と言われて。お世話になった先生ですから、受かるかどうかは別にして受けてみようと……。その結果、合格することができて、佐賀大学理工学部の3年生として編入したのです。


――佐賀大学に進まれてからはいかがでしたか?


とにかく忙しかったです。教養課程など1年や2年での必須科目が取れていませんから、その授業を受けつつ、専門の化学の勉強をしたり、卒論をやりながら残っている必須科目を受けたり……みたいな毎日でした。言ってみれば2年間で4年分の勉強をするわけですから、遊ぶ暇もありませんでしたね。


――サークルやアルバイトもする時間はなかったのですか?


短大時代はアルバイトをしていましたけど、編入してからはとてもそんな時間はありませんでした。「大学生になれば遊べる」って勝手に思っていましたけど、「聞いていたのと違う!」となりましたよ。

専門学校、短大、4大で経験したことが全て今に生きている



――専門学校、短大、4大と3つの時代を振り返ってみて、現在の仕事にどんなことが活かされていると思いますか?


調理師や栄養士の知識は、タニタ食堂の事業に役立っています。弊社ではバイオセンサーを使った「電子尿糖計」という商品があるのですが、ここでは化学の知識が生きていますね。


――余すことなく学校で得た知識が活かされているんですね。


ほぼほぼ無駄がないです。それに調理師の専門学校では、調理師としての技術・知識だけでなく、「調理師になれば飲食店も経営するから」ということで、飲食店経営についても教えてくれて、客席の回転数や客単価、競合調査などを学びました。その当時はそれほど深く考えて学んでいなかったのですが、後に経営コンサルタントの仕事をするようになって「これやったじゃないか!」と。基礎知識を学んでいたのは大きかったですね。


――後になって、これだけ役立つとは当時思わなかったのでは?


もちろん考えていませんでした。調理師や栄養士は親への反発から取ったもので、タニタで働くことを想定していたわけではないですし、尿糖計に関しては父が始めた事業ですので、別にそれをどうこうしたいと思って化学を学んだのではないですから。でも本当に隙なく生かせていますよ。


――今に生かせている経験ばかりをされていますが、学生時代を振り返って、「もっとこうしておけばよかったな」と思うことってありますか?


それはもう「もっと勉強しておけばよかった」ですね。やっぱりしっかりと勉強した人って、地頭もいいのですよ。いつだったか、「14×14のクッキングスケ-ル作ろう」って話したときに、ある人が「この部分って√2ですね」って。普通そんなのぱっと出ないですよね(笑)。そんな人と会っていると、もっと勉強しておけばよかったなって思います。


――後で後悔しないように、やれることをやりたいだけやっておけ、ってことですか。


なかなかそのときはわからないものなので、難しいのですけどね。

学生ならではの自由な時間を楽しめ!


――ご自身の経験を踏まえ、今の学生たちにアドバイスをお願いします。


地頭を鍛えろ……と言いたいところですけど、それよりも私が伝えたいのは、「学生時間を楽しめ」ですね。


――学生ならではの時間ということでしょうか。


そうです。社会人になると、時間を好きに使うことってなかなかできないじゃないですか。だから遠方に行くときも、とにかく短い時間で行こうとしますよね。途中下車してゆっくり景色を見たり、余分に時間をかけたりできなくなってしまいます。もちろん、そうしたことを趣味で楽しんでいる人もいますけど、普通は移動にもたっぷり時間を使って、旅先でもゆっくりとするなんて、そんな休暇の過ごし方は難しいですよね。有給を全部使うことも、リスクがありますから、なかなか踏ん切りがつきませんし。


――確かに社会人になると、学生時代のように「まとまった自由な時間」を作るのが難しいですよね。家族ができたりすると、なおさら難しくなりますし。


私も学生時代に自動車で遠方にのんびり出掛けたり、「青春18きっぷ」で時間をたっぷりかけて電車で旅したりしておけばよかったなと思います。今ではやりたくてもなかなかできませんから。無駄というのは語弊があるかもしれませんけど、学生時代は社会人と違って時間の組み立て方に融通が利きますから、学生のうちに「学生ならではの自由な時間」を楽しんでほしいです。


――ありがとうございました!


専門学校、短大、4年制大学を全て経験した谷田社長。普通はあまり経験することができないものですが、そこで得た経験は余すことなく現在の仕事に生きているようです。また、ご自身の学生時代を振り返って、学生のみなさんに伝えたいことは「学生時間を楽しめ」でした。自由な時間を使って経験したことは、谷田社長のように意図せずとも生きてくることもあります。みなさんも、後になってあれをやっておけばよかったと思わないように、自由な時間を目一杯使って、いろんな経験をしておくといいかもしれませんね!


<プロフィール>

谷田千里(たにだ せんり)
1972年大阪府生まれ。2001年株式会社タニタ入社。2008年に株式会社タニタ代表取締役社長に就任。
⇒株式会社タニタHP
http://www.tanita.co.jp/
(中田ボンベ@dcp)