パートやアルバイトというような非正規雇用が増え続けている現代。いわゆるフリーターと呼ばれているアルバイトやパート以外に、女性に多いのが派遣社員という働き方。「派遣社員」とは、派遣会社が雇用主となり、派遣先に就業に行く契約となり派遣先となる職種や業種もバラバラです。そのため、思ってもいないトラブルも起きがち。

自ら望んで正社員ではなく、非正規雇用を選んでいる場合もありますが、だいたいは正社員の職に就けなかったため仕方なくというケース。しかし、派遣社員のままずるずると30代、40代を迎えている女性も少なくありません。

出られるようで、出られない派遣スパイラル。派遣から正社員へとステップアップできずに、ずるずると職場を渡り歩いている「Tightrope walking(綱渡り)」ならぬ「Tightrope working」と言える派遣女子たち。「どうして正社員になれないのか」「派遣社員を選んでいるのか」を、彼女たちの証言から検証していこうと思います。

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今回は、都内で派遣社員として働いている植木小夜さん(仮名・27歳)にお話を伺いました。小夜さんは、黒髪ストレートボブにぱっつんと眉毛より上で切られた前髪、色白の肌が目立つナチュラルメイクに、目元は目尻で跳ねた黒いアイラインが印象的でした。白地にチェック柄やドット柄がパッチワークされているカットソーに、裾がアシンメトリーになっているデニムスカートという着こなしは、年齢よりも幼く見えました。足元にはハイカットの白のコンバース、ロゴが入った斜め掛けバッグを合わせたカジュアルなファッションは、OLというよりは学生のようでした。

「服はシンプルだけれど、変わっているデザインが好きで、トリコ(トリコ・コム デ ギャルソン)とか、Ne-netの服が好きです」

小夜さんのモットーは、“後悔をしない生き方”をすること。

「戦略的に、今は派遣を選んでいるんです。自分がしたい生活を送るには、いくら必要か計算して、そのくらい稼げる仕事だったら、べつに正規雇用ではなくてもいいかなって」

今でも、実家のマンションで両親と暮らしています。

「母親に不良債権って言われていますね。父も母もまだ働いていますが、将来は年金がもらえる世代だし、“自分の面倒は自分でみて”と伝えています」

小夜さんは、埼玉県の浦和市で生まれ育ちました。

「小学校が、クラスで何人かは中学受験をするような環境だったんです。私も、高学年から進学塾に通うようになって。中堅レベルの私立中に合格したので、通っていました」

サラリーマンの家庭でしたが、一人っ子だったのでピアノや水泳も習っていました。

「父は、都市銀行の行員です。母は短大を出て銀行に就職して、父と結婚して専業主婦をやっていたのですが、途中から飽きたみたいで、在宅で特許翻訳の仕事をしていました」

中高一貫の女子校に通っていましたが、大学の付属校ではなかったため受験勉強の必要がありました。

「高2の時に私大文系に進路を決めました。母が早慶レベルじゃないと学費を払わないといったので、受験前にはお風呂に入る時間も削って勉強していました」

第一志望は、早慶の文学部に絞りました。

「受験生の時に、本屋で赤本を読んでいたら、変な男の人に絡まれて“君は慶応っていうよりも、早稲田って顔だね”って言われたんですよ。それが印象に残っていたというか。希望していた学部に両方とも受かったので、どちらにしようか迷ったんですが、なんとなく早稲田の方が自分に合うかなって思って入学しました」

大学に入学し、映画をはじめとする映像関係に興味を持ち始めます。

「もしかしたら、ここが人生の分岐点だったかもしれないですね。そこで、映画研究会の勧誘にあってサークル活動をするようになったんですよ。そこから、ドキュメンタリー映画とかにも興味を持ち始めました。母が翻訳の仕事をしていたので、ぼんやりと字幕の翻訳もできたらいいなとも考えていましたね」

クリエイティブ職のつもりが、実際はアダルト商材の担当

卒業論文も映画に関する研究だったといいます。

「学生の時は、単館系の映画館でバイトしていました。映画館に監督が来た時のツテで、エキストラをやったり。自分はちょっと違うって当時は思っていました」

彼女のSNSには、知る人ぞ知るような文化人と一緒に撮った画像がアップされています。

「今って簡単にSNSとかで、色々な人とつながれるじゃないですか。業界の人が出入りするっていうバーに出入りするようになって、PVとか撮っている監督と飲む機会があったんですよ。私の言動を、凄く気に入ってもらえたりしましたね」

自由になる時間を確保するため、正規雇用ではなく派遣で働いています。

「人との縁には感謝していますね。運がいいと思います。今も、映画の仕事があれば手伝ったりしています」

大学時代の就活は、マスコミを中心にOB訪問なども行ない頑張ったといいます。

「就活は、映画の配給会社や、映像の制作会社を中心にエントリーしました。記念受験になってしまいましたが、テレビ局も受けましたね。書類落ちした局もあって、マスコミに強い大学っていうのは嘘だ!って感じました」

努力の甲斐があって、希望していた企業に入社が決まりました。

「映画の配給や、映像の権利を管理したりする配給会社に入社しました。希望職ではあったのですが、配属されたのがアダルト分野だったんです」

CSなどの有料チャンネルで放送されるアダルト向けの映像をラインアップし、データを貸し出したり、内容をチェックする業務を担当していました。

「制作とか編成と呼ばれる部署で、ほかの業務も担当していたのですがこの作業が、精神的につらかったですね」

女子校育ちの小夜さんにとっては、アダルト商材を扱うのには抵抗がありました。

「大学とかでフェミニズムとか学んだのですが、仕事となると別なんですよ。なるべくサラっと受け流そうと思っても、口に出したくないようなタイトルをわざと言わそうとしてくる男性社員とかいたりして。営業先のホテルやCSチャンネルに出向くのも、苦痛でしたね」

仕事がつらくて、精神的なストレスを感じるようになります。

「もともとは、英語ができるから、海外のポルノとかも扱っていた部署に配属になったみたいです。最初は頑張らなくてはと思っていたのですが、“もっと男性目線で喜ばれるソフト選んでよ”って言われて、眼瞼けいれんがするようになったり。女性扱いされるのが嫌でしたね」

結局、入社して3年未満で仕事を辞めることを決めます。

「途中で部署を異動したのですが、制作にかかわる方ではなくコンテンツなどの管理の方で、面白くなかったので仕事に未練はなかったです」

それまで男性向けのセクシーなビデオを観る機会がなかったので、仕事で観続けるのは苦痛だったといいます。

新卒で入社した企業を退職後は、職を転々。クリエイターの彼氏を支えるために時間が自由な派遣へ。その2に続きます。