中国で一時期盛り上がりを見せた「靴のEC」はほとんどすべてが消えてしまった(写真はイメージ)


 前回(「10兆円に迫る中国ベンチャー投資、資金はどこから?」)は、中国ベンチャー市場を読み解く上での第4のキーワードとして、「豊富な資金調達環境」を取り上げた。

 ベンチャー向け資金調達総額は、10兆円(北米レベル)に迫る勢いで、特にBAT(バイドゥ、アリババ、テンセント)らのプレゼンスが大きい。そして、彼らネット大手による「別財布からの巨大投資」(中核事業のマーケ/HRコスト)と、エンジェル投資家によるスピーディーな「選択的バラマキ投資」の狭間で、中国ベンチャーキャピタル業界は、世界有数の激戦区に変化。裏を返すと、起業家にとっては、恵まれた資金調達環境になっていることを述べた。

 また、急拡大する人民元建てファンドの背景には、「ヒト」だけでなく「カネ」も、伝統型国営企業から新たな成長領域にシフトさせていきたい政府の意図があることも付言しておこう。

 さて、今回は、第5のキーワードとして「ハイリスク / ハイリターンが可能な投資環境」を取り扱う。特に、これまで紹介してきたような華々しい成功事例だけでなく、中国ベンチャー企業の失敗パターンについても可能な限り紹介してみたいと思う。

中国ベンチャー市場を読み解く6つのキーワード
(出所: Legend Capitalとの討議よりDI作成)


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中国ベンチャー市場を読み解く6つのキーワード
(5)ハイリスク・ハイリターンが可能な投資環境

□ハイリスクな環境:平均寿命3年未満、新卒起業失敗率95%

 “毎月1社”誕生する「ユニコーン」(企業価値10億ドル以上の未上場企業)、”毎日1人”誕生する「ビリオネア」(資産10億元以上の富裕層)、といったスーパースター誕生の裏には、もちろん多数の失敗事例も存在している。

 業界推計によると、一般的に、中国における創業後の廃業率は80%以上、平均寿命は3年未満と言われている。特に年間大学卒業者の3%を占める20万人の「新卒起業家」に至っては、失敗率は95%にのぼるという。

 別のデータを見てみよう。第6回(「中国で起業するのはどんな人?成功者の4つのタイプ」)で中国の年間創業数は440万社であることを紹介した。しかしその中で、ベンチャーキャピタル(VC)が本格的に投資検討を始めるAラウンドに到達するのは、わずか1600社である。もちろん、440万社には、株式での資金調達を志向しない家業・個人事業主も多数含まれるが、中国では中小零細企業が銀行融資を得るのが極めて難しいことを考えると、いずれにしても、創業後の生存の厳しさを窺い知ることはできるだろう。

 また、Aラウンド調達完了から、Cラウンドまでの過程で、生き残る企業は12%のみに留まると見られている(下の図)。総論としてはやはりハイリスクな投資環境だと言えるだろう(1st Tier VCの案件であれば、生存率は格段に高まる)。

中国ベンチャー企業のAラウンド資金調達率と、その後の生存率
(出所: 中国国家工商行政管理総局、199IT、Legend Capital提供資料)


□中国ベンチャー企業の3つの代表的「失敗パターン」

 さて、ここで具体的な失敗要因についても、掘り下げてみたい。Legend Capitalの朴パートナーによると、中国ベンチャー企業の失敗要因は実に多岐にわたり、Legend Capital自身も様々な失敗を経験してきたが、強いて挙げると、大きく3つの代表的なパターンがあると言う。以下、順に見ていこう。

【失敗パターン(1):「マクロの読み違え」】

 中国では、雨後の筍の如く存在していたベンチャー企業が、1社残らず業界ごと消滅するケースがよくある。歴史を振り返ると、その最たる例がブログであり、モバイル検索エンジンであり、多くの特化型ECである。

 10年前に一大投資テーマだったブログは、有力VCの投資ラッシュの果てに、全てが失敗に追い込まれた。大手WebポータルやWeibo(SNS)に、完全に機能が取り込まれてしまったからだ。モバイル検索エンジンも同様。バイドゥ(百度)のPC市場からの横滑り参入により、モバイル専業のベンチャー企業は軒並み駆逐されていった。

 特化型ECは5年ほど前に投資ブームを迎えた。例えば、Zappos.comのコピーキャットとして数多くの「靴のEC」が誕生。最大手が5〜7億ドルのバリュエーションで資金調達に成功したかと思えば、対抗馬もテンセントから投資を得るなど、一時的に盛り上がりを見せた。しかし、結局は全てがつぶれてしまったと言う。

「当時は『ネット上のビジネスは何でもうまくいく』という甘い期待が業界に蔓延していた」と朴パートナーは振り返る。Legend Capitalは、「自社ブランドを持たない”ただのプラットフォーム”がアリババに勝つのは困難」と判断し、投資を見送ったそうだ(その際に重点的にベンチマーク研究した1社は、日本のABCマートであったという)。

 なお、特化型ECの数少ない成功例のうち1つとして、化粧品ECの聚美(Jumei)がある。美容カテゴリは、ブランド構築の余地が大きく(=エントリー時の固有コストが存在し)、かつリピート頻度が高く収益化しやすいから、と解釈することができる。

 このように見ていくと、こと中国では、「マクロ」を考える上で、「ネット大手の横滑り」の存在が大きなポイントと言える。社会的課題・ニーズの大小といったポテンシャル面に加え、「大手の横滑り参入リスクが小さく、数社生き残れるイスがある領域か?」という要件が重要になるのだ(この点に興味ある読者は、モバイルゲームパブリッシャーiDreamSkyへの投資判断を題材にした前回連載も参照されたい)。

 また、イスがあっても、早すぎるというパターンもある。今でこそ中国でも1対1のオンライン語学教育が立ち上がりつつあるが、最初に同分野の投資ブームに火が付いたのは、2007年に遡る。韓国で10億ドルの企業が誕生し、中国でも多くのコピーキャットが現れた。しかし、ネットインフラの未整備や、オフライン教育自体の成長基調の中、オンライン教育が陽の目を見るまでには10年近くを要したことになる。

【失敗パターン(2):「急成長によって、組織を拡大しすぎて自滅」】

 中国企業は、投資を受けるとすぐに1000人以上の組織にしてしまうケースが往々にして存在する。理由もなく引っ越しを行い、備品を買って、人を雇いたがる。しかし、組織のマネジメント経験が誰にもないために、コミュニケーションコストは増大。社内政治が跋扈し始め、部門・個別最適化の果てに、結果として崩壊の道をたどりやすいという。

 もちろん、資金調達に連続して成功しながら、そのまま事業・組織共に、成長ステージを強引に駆け上がっていく企業もあるにはある。だが、資金調達が思うように進まない時期に行きづまってしまうケースは非常に多い。「ベンチャー企業にとって、ヒトを不必要に大量採用することほど悪いことはない」と朴パートナーは語る。

【失敗パターン(3):「マネジメントの分裂・中核人材流出」】

 このパターンは、潰れるまでの影響はなくても、成長ポテンシャルを十分に発揮できない事態に繋がってしまう。

「マネジメントの分裂」について、友人同士で起業して喧嘩別れ、夫婦で起業して離婚・・・、といった例は世界中どこでも良く見られる話であろう。仮にこれまでの人間関係があっても、共同で事業を行うのが初めてであれば、常に分裂のリスクを孕む。そのため、過去に一緒に事業を手掛けた経験あるチームによる起業は、投資家から歓迎されやすい。

「中核人材流出」は、より中国ベンチャー業界に根差した課題と言える。企業の中長期的な発展のためには、CEOが自分で業務を抱え込まず、優秀な中核人材を揃え、実行を任せていくのが重要なのは言うまでもない。そして、中国で中核人材を確保するには、賃金に加え、資本市場からの報酬、すなわちストックオプションが莫大なインパクトを持つ。従業員を引き留め、組織を維持するためにも、上場を決めてストックオプションを配ることが事実上、不可欠な業界も多く存在する。そうした中、「CEOが富を分かち合わない」、すなわち従業員にストックオプションを十分に配らないケースでは、やはり組織がボロボロになっていくケースが多い。アリババですら、「スーパースター輩出企業」という輝かしい名声の裏側には、上場後にストックオプションの旨みが減り人材流出が続いている負の面もあるのだ。

 ただし、CEOの持株比率が一定水準を切り始めると、それはそれで問題だと言う。中国のベンチャーキャピタルは、CEOの持株比率が20〜30%を切る案件にはあまり投資したがらない。”まっとうな”中国人経営者は、インセンティブが低下すると、二足の草鞋を履くべく、副業を始めるからである(むしろ、高額役員報酬も株もなく経営を引き受ける日本人の勤勉さの方が、世界的に珍しいのかもしれない)。

 また、究極的には、どんなにインセンティブ設計を工夫しても、良い条件を求めて流動する人間はいるもの。個別にヒトを見極める力も重要であることは言うまでもない。

□現地Top Tier VCでも、時に判断を誤る世界

 こうした点を踏まえ、Legend Capitalは、(1)業界が成長するか? (2)ヒト(経営者)が正しいか? (3)企業にどのようなユニークな点があるか? の3点を投資時に徹底して検討すると言う。特に(2)の「ヒト(経営者)」においては、「仕事を一生懸命に行い、仲間を引き寄せ、顧客満足を追求する」タイプを最も重視する。

 それでも時には判断を誤ることはある。例えば、前述の化粧品EC聚美(Jumei)は、3点に全て懸念点があり、Legend Capitalは投資を見送ったという。

 つまり、
(1)特化型ECモデルの成立余地に疑問あり(アリババの独り勝ちを懸念)
(2)派手な男性CEOによる「過剰なメディア露出」に懸念
(3)自社で独自商品を持たない中で優位性が見えない
という状況であった。

 しかし、今から振り返ると、実際には3点は「全て」読み間違えであったという。
(1)一部カテゴリでは特化型ECは成立
(ブランド構築の固有コストが高く、高リピートなカテゴリ)
(2)CEOは女性消費者へのマーケティングブランディングとして非常に効果的に機能
 (派手で容姿端麗なCEOは、業界には合っていた)
(3)フラッシュセールモデルによる、新鮮な顧客体験の提供
(商品より売り方を工夫)

 聚美(Jumei)は今となっては、中国を代表するホームランディールの1つとなっている。

□ハイリスクに見合ったホームランディール(100倍案件)が存在

 さて、多くの投資の失敗が存在する一方で、それをカバーして余りあるホームランディールが登場しているのも事実である。

“毎月1社”誕生する「ユニコーン」は累計140社近くにも達し、世界中のあらゆるアセットクラスと利回りを比較される米ドル建てVCファンドも、まだまだ資金流入を維持している。

中国の主要ベンチャーキャピタルと代表的なホームランディール
(出所: Wall Street Journal)


 個別案件を見てみても、投資家を湧き立たせるホームランディールが、続々と誕生している。

 例えば、アリババに次ぐ2番手ECプレイヤーの京東(JD.com)は、ハイリスク・ハイリターンディールの1丁目1番地である。JD.comは今でこそテンセントを筆頭株主に持つ、時価総額7兆円(2017年7月現在)のニューヨーク上場企業だが、実際は長い間「親不孝の赤字王」と言われていた。

 同社は、先行するECの巨人アリババに対し、物流を徹底的に強化することで、まず北京エリアだけでも最速の配達を実現することを狙った。広域にマス展開しており、北京だけのスピードを上げにくいアリババに対抗した、まさに特化戦略である。この狙い自体は良かった。

 しかし、2007年8月に最初の資金調達を行い、品目拡大と自己物流システム構築を開始したはいいものの、2008年の金融危機で資金調達がストップ。1年間で合計40以上のVCから投資拒否を受けたと言う。挙句の果てに、年利20%の高金利ブリッジローンに頼り、従業員の給料すら払えない状態に転落。一時は2億ドルに達した企業価値も、VCによる投資拒否の連続により3000万ドルまで下落した。

 だが、その後2011〜2014年には4年連続で資金調達に成功。2014年5月の上場時には時価総額3.49兆円を記録し、初期投資家に177倍を還元するホームランディールとなった。

「赤字王」から倍率177倍の「孝行息子」に成長した京東(JD.com)の業績・資金調達推移
(出所: Legend Capital提供資料)


 また、Legend Capitalが2001年に投資したIFLYTEKという、音声認識ソフトウェア・ソリューション会社も、ホームランディールの1つである。同社は音声認識、音声合成、手書き認識、自然言語処理技術などをコア技術とし、アップルSiri、サムスン電子S Voice、LG電子Q Voiceといった大手メーカーの中国語開発に携わる。2008年には深セン取引所の中小企業板に上場し、2016年末の時価総額は6100億円。2012年に売却したLegend Capitalの投資倍率は93倍であった。

 こうしたホームランディールであるが、お気づきの通り、決して一朝一夕に実現されたものではない。むしろ5〜10年スパン、しかも紆余曲折を経てというのはザラである。一見、中国のベンチャー業界は目先だけで動いているように見えるが、本当に王道を行くベンチャー経営者、王道を行くベンチャーキャピタルは、逆に非常に長い時間軸で考えていることもよく分かるのではないだろうか。

 さて、次回はいよいよ最後のキーワードとして、「政府の放任と規制の適切な調和」を見ていこう。

最後に

◎ドリームインキュベータ・小川より

 これまでお伝えしている通り、中国のベンチャー業界は多産多死。裾野が広いので、頂きも高い。

 米国のFund of fundsの見立てによれば、「ここ5年の投資リターンは米国のベンチャー投資より中国のほうが良かった」と言うところが多く、マクロで見れば、魅力的な市場だろう。ミクロに見ると、“いろいろありすぎて” なかなか定型化しづらいのが正直なところだ。CEOのキャラクターも、すぐ諦めて次のネタ探しに行く人から、粘り強く花咲かせた人もいる。

 VCも、直感で、すぐに投資を決めてしまうファームもあれば、日本のVC投資では、まず見ないような綿密なビジネスDDをするファームもある。

 裾野が広ければ、生き残り方/勝ち方も、いろいろありうるということだろう。

◎Legend Capital・朴より

 韓国のベンチャーキャピタル(VC)と話す中で、中国と大きな違いを感じる点。それは、韓国ではユニコーンは10年に1〜2社程度しか誕生せず、数十倍〜100倍案件を狙うことも少ないこと。基本的には元の投資額をロスしないように、という「失敗回避型」の思考で投資を行いがちです。

 一方で、中国では、本当に「ハイリスク・ハイリターン型」。最近も弊社が投資を決めた衣服のシェアリングエコノミーの会社があるのですが、実は私自身はビジネスモデルが不透明なため反対でした。しかし、「誰もが魅力的と感じる段階では遅い」「曖昧な段階でこそ大きなアップサイドがある」という視点から、投資額は抑制しつつも、トライしてみようという結論に至りました。失敗しても成功案件がカバーしてくれるというマインドが、エコシステムに好循環を生み出している例とも言えるでしょう。


この記事のまとめ: 中国ベンチャー市場を読み解く6つのキーワード
(5)ハイリスク・ハイリターンが可能な投資環境

・ハイリスクな環境: 平均寿命3年未満、新卒起業失敗率95%
・中国ベンチャー企業の3つの代表的「失敗パターン」
  「マクロの読み違え」:イスがない・早すぎる
  「組織を拡大しすぎて自滅」:資金調達できない時期に逆回転
  「マネジメントの分裂・中核人材流出」:日の浅い新設チーム・CEOが富を配分しない
・ハイリスクに見合ったホームランディール(100倍案件)が存在
・ただし、長い時間軸で見ることが必要

(筆者プロフィール)

板谷 俊輔
ドリームインキュベータ上海 董事兼総経理
東京大学工学部卒業、同大学院新領域創成科学研究科修了後、DIに参画。
北京大学外資企業EMBA。
エンタメ・デジタルメディア・消費財分野を中心に、大企業に対する全社改革(営業・マーケ改革、商品ポートフォリオ再構築、生産・購買コスト削減、組織改革、海外戦略見直し等)から、ベンチャー企業に対するIPO支援(事業計画策定、経営インフラ整備、常駐での営業部門立ち上げ、等)まで従事。現在は、DI上海に董事総経理として駐在し、現地政府・パートナーと連携しながら、日系大企業へのコンサルティングと中国・アジア企業への投資・事業育成を行う。

小川 貴史
ドリームインキュベータ上海 高級創業経理
東京大学工学部卒業後、ドリームインキュベータに参加。
主に、新規事業の戦略策定およびその実行支援に従事。 製造業(自動車/重工/素材)を中心に、IT、商社、エネルギー、医療、エンターテイメント等のクライアントに対し、構想策定(価値創造と提供における新 たな仕組みのデザイン)から、事業モデル/製品/サービスの具体化、組織/運営の仕組みづくり(実現性を担保したヒト・モノ・カネのプロデュース)、試験 /実証的な導入まで、一気通貫の支援を行っている。複数企業による分野横断的な連携や、官民の連携を伴うプロジェクトへの参画多数。

朴焌成 (Joon Sung Park)
Legend Capitalパートナー、エグゼクティブディレクター
韓国延世大学校卒業、慶應義塾大学MBA及び中国长江商学院MBA修了。延世大学在学中には、University of Pennsylvania, Wharton Schoolへの留学経験も持つ。
アクセンチュア東京オフィスを経て、Legend Capitalに参加。Legend CapitalではExecutive DirectorとしてEコマース、インターネットサービス、モバイルアプリケーション、コンシューマーサービス分野での投資を積極的に行う。韓国語、日本語、中国語、英語に堪能。
Legend Capitalは、レノボを含むLegendグループ傘下の中国大手投資ファンドで、ファンド総額は50億米ドルを超える。特にインターネット・モバイル・コンテンツ分野および消費財分野に強みを持ち、350社以上への投資実績がある。日系大手企業のLPも多数。

筆者:ドリームインキュベータ