7月26日(水)、AbemaTV(アベマTV)にて放送された『フジモンが芸能界から干される前にやりたい10のこと』(毎週水曜23時〜25時)で、お笑いコンビ博多華丸・大吉の博多大吉が貧しかった幼少期〜学生時代について語った。

 同番組は万が一、FUJIWARA藤本敏史が不祥事を起こして芸能界を追放されても後悔しないためにゲストが藤本とやっておきたい10のことを叶えていくというバラエティ。普段は10このリクエストを出せる同番組だが、この日のゲストである華大は「フジモンさんとFUJIWARAの年表が見たい」と、1つだけ提案した。

 番組前半では、藤本と華大の幼少期〜学生時代を振り返ることに。2歳までは神戸に住んでいたという大吉だが、番組内では「仕事に励む母と無職の父に育てられる」と紹介されると「無職ではない。働いてはいた。親戚がやっていた運送業で働いていた」と否定。

 しかし、大吉は「ロサンゼルスオリンピックが盛り上がりすぎて、親父も『面白いな〜目が離せないな〜』って仕事に行かなくなっちゃった。オリンピックが終わってからも燃え尽き症候群で行かなくなって、たまに日雇い的な感じで月に1日くらい働いていた。あとはずっと家にいた」と父親が次第に真面目に働かなくなった経緯を説明。「無職」はあながち嘘ではないことが判明した。

 「お母さんはパートで頑張ってくれていた」というが、大吉家の家計は苦しい。毎食白米と、形が崩れたワケありの明太子だったそうで、それゆえに味わった切ないエピソードを披露した。

 それは大吉が中学時代のこと。当時、家庭科の授業で「1日の栄養素とれていますか?」という授業があったのだという。1日30何品目を食べるのが良いとされており、クラス全員が1日の食事内容を発表しあうというものだったそうだ。しかし、大吉は給食以外の「朝」と「夜」に記入したのは「白米」と「明太子」のみ。大吉の食事内容を見た先生は「給食にも限界あるんだよね…」とポツリとつぶやいたのだという。

 この話に藤本も華丸も大爆笑。「そんな絶妙に面白いこと言う先生いる!?」とツッコまれながらも、大吉の切ない過去は笑いに昇華していた。

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