『奥田民生になりたいボーイ 出会う男すべて狂わせるガール 』より(C)渋谷直角

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 7月15日に公開されたアニメ映画『カーズ/クロスロード』で、日本版エンドソング「エンジン」を歌っている奥田民生。一昨年立ち上げた自身のレーベル「ラーメンカレーミュージックレコード」からの初ソロシングルで、ずっしりと腹に響くサウンドはやはり頭一つ抜けている。
 さらに9月16日には映画『奥田民生になりたいボーイと出会う男すべて狂わせるガール』(原作は渋谷直角の同名マンガ)が公開される予定で、改めて注目を集めている状況だ。

◆奥田民生は“ダラダラ”しててカッコいい、と言われるが…

 ところで、奥田民生というと、“ダラダラ”とか“マイペース”などの形容詞といっしょに語られることが多い。タモリや井上陽水などの年長者がそのように形容してきたのもあり、刷り込まれてしまった面はあるだろう。

 実際、音楽を聴けばうなずけるところであって、今回の「エンジン」もトム・ペティを彷彿とさせる楽曲で、このようにルーズな足取りの8ビートを刻める日本のロックミュージシャンは奥田民生ぐらいのものだ。

 しかし、同時に不思議にも思うのだ。彼のプロデビュー曲、ユニコーンの「Maybe Blue」(1987年)を聴くと、これが同一人物による作品だとにわかには信じられないからだ。どこをどうイジれば、ビジュアル系バンドのような“お耽美系”の曲から大陸的なロックチューンへと変われるのだろうか?

 もちろんミュージシャンだって年齢を重ねるごとに成長するし、変化もするだろう。たとえばエリック・クラプトンだって、音楽だけでなく、着ている服から髪型まで違っている。

 ただし、ふらついていたクラプトンの音楽遍歴でさえも一本スジが通っている。元をたどれば行き着く根っこの存在がある。そのような感覚が、「Maybe Blue」と「エンジン」との間には見いだせないのだ。ユニコーンでデビューした当時と、52歳の奥田民生とでは、まるっきり違ってしまっている。つまり、「Maybe Blue」を良しとする感性のまま成熟し年を取ったとしても、「エンジン」を書く人間にはならないということだ。
◆“自然体”でラクになれるわけがない

 ほとんど宗主替えに近い内面のリフォームを経て、奥田民生というミュージシャンは生まれ変わったのではないだろうか? そこには“ダラダラ”とか“マイペース”という言葉を隠れみのにしてハードワークに励んだ日々があるはずなのだが、彼は決して明かさないだろう。

 マンガ『奥田民生になりたいボーイと出会う男すべて狂わせるガール』は、自然体の大人などあるはずがなく、「ラクに活動するための努力」を徹底する奥田民生に主人公が気付くというストーリーである。その中で、民生自身のこんな言葉も引用されている。

<リラックスするための努力ですよね>
(奥田民生インタビュー集『俺は知ってるぜ』 ロッキングオン)

 『カーズ/クロスロード』の記念イベントで「エンジン」を披露した際、奥田民生の着ていた真っ赤なワークシャツが印象的だった。しわくちゃでもなければパリッとするわけでもなく、自らのイメージを崩すことなく公の場で許される範囲のユルさを絶妙にキープしていた。

 この慎重な自己演出は、やはり心のドレスアップとでも呼ぶべき態度なのだろう。若いミュージシャンは、音楽の知識や作曲の技術以上に学ぶところが多いはずだ。

<TEXT/音楽批評・石黒隆之>