神奈川県川崎市の神社を散歩する伊藤金政さんと認知症患者の妻の公子さん(2017年1月10日撮影)。(c)AFP=時事/AFPBB News

写真拡大

【AFP=時事】伊藤金政さん(73)は、妻の公子さんの介護を悪魔との戦いの毎日に例える。伊藤さんが愛した女性はいなくなってしまったかのようだ。公子さんは認知症を患い、今では食べることも、風呂に入ることも、トイレへ行くことも、1人ではできない。

「頭の中にデビルが潜んでるからね」。意味をなさない言葉を発する公子さんの横で、伊藤さんは人生を共に築いてきた女性のあまりに大きな変化をそう表現した。

 世界有数の長寿社会であり、急速に高齢化が進んでいる日本は、世界の医療に差し迫る危機の最前線にいる。認知症という時限爆弾が爆発するときに備え、政府には従来の枠組みを超える政策が期待されている。

 厚生労働省の推計によると現在460万人いる認知症患者は、2025年には高齢者の5人に1人に相当する700万人に達する。認知症の多くは、認知能力や感情の制御、社会的な行動などに問題が生じるアルツハイマー病だ。

 公子さんが最初に認知症と診断されたのは、54歳の時だった。それから15年。この病と向き合い、公子さんの介護をしてきた伊藤さんは今、ほぼ限界まで追い込まれている。

 公子さんにはもはや何が危険で何が安全かの区別もつかない。洗剤を飲んでしまったこともある。常に見張っていなければならない。

「毎日大変。すごく疲れちゃう」。神奈川県川崎市の自宅でインタビューに応じた伊藤さんはそう述べた。

■世界の医療危機

 介護のための財源や人材が不足する日本では、認知症患者の配偶者や子どもにかかる負担がますます増え、伊藤さん夫婦のような状況が珍しくなくなっている。政府は家族の介護のために仕事を辞める「介護離職」を年間10万人からゼロにする目標を掲げている。

 認知症は世界的な問題になっている。すでに多くの先進国が介護の財源捻出に苦労しているが、さらに速いペースで高齢化が進む日本ではいっそう大きな問題だ。

 みずほ情報総研(Mizuho Information & Research Institute)主席研究員の藤森克彦(Katsuhiko Fujimori)さんは「日本は家族依存を前提にして社会保障制度をまわしてきた」と話す。「本当に問われるのは財源。一義的な財源ではなく、恒久的な財源を確保しなければいけない。介護離職ゼロというなら、まだまだ足りない」と指摘する。

 介護による大きな精神的、物理的、経済的負担は悲劇も招いている。厚労省統計によると高齢者虐待と認められた件数は、2006年の1万2623件から、2015年には1万6384件に増えている。その大半は親族が関与したものだ。

 さまざまな機能を失った家族を介護するという現実が、人々を瀬戸際に追い詰める。認知症を患った85歳の母親の介護を6年以上続けている都内在住の50歳の男性は、AFPの取材に匿名で応じ、親を殺すという考えがよぎったこともあると語った。男性は「怒りをマネージするのを心得たい。爆発したら殺しちゃいそうで」と言う。「我に返ったら、おかんが死んでることを想像できるので、自分でも怖いです」

 日本福祉大学(Nihon Fukushi University)の湯原悦子(Etsuko Yuhara)准教授の新聞記事調査によると、1996年から2015年の間に日本で起きた家族による介護殺人は754件で、加害者は主に男性だ。

 公子さんの介護をするために経営していたコンビニを閉店した伊藤さんは、介護者のための環境改善を政府に望んでいる。朝は服を着るのを嫌がり、夜は髪を洗うのを嫌がる公子さん。「毎日が格闘」だと伊藤さんは言う。

 近所の公園に散歩に行ったり、食料品店に買い物に行ったり、伊藤さんは公子さんをよく外へ連れ出すが、公子さんが状況を理解しているのかどうかは定かではない。伊藤さんはこう言う。「相当のものを持ってますからね、このデビルは。それを受け入れるのはすごく大変」

【翻訳編集】AFPBB News