北朝鮮と中国の国境地帯、いわゆる中朝国境の中国側では、たびたび北朝鮮人が絡んだ凶悪事件が発生している。こうした中、中国朝鮮族の牧師が殺害された事件に北朝鮮の秘密警察、国家保衛省(以下、保衛省)が絡んでいるという証言が出てきた。

相手をしゃぶり尽くす

昨年4月30日、中国吉林省長白朝鮮族自治県の鴨緑江のほとりにある長白教会の韓忠烈(ハン・チュンニョル)牧師が、何者かに殺害される事件が発生した。

韓さんは、正体不明の女性に呼び出され外出したが、当日夜になって山中の車の中で遺体となって発見された。携帯電話などの持ち物はすべてなくなっていたという。実は、韓牧師は脱北者の支援活動を行ってきたこともあり、当初から保衛省の犯行によるものと噂されていた。

事件の真相はいまだ明らかにされていないが、発生から1年以上経った今、犯行に加担させられたという脱北女性が重い口を開いた。北朝鮮事情に精通した現地情報筋がデイリーNKに語ったところによると、この女性は、両江道(リャンガンド)普天(ポチョン)郡の佳山里(カサンリ)に住んでいた20代の李氏だ。

李氏は生活費を工面するため、数十回にわたって国境の川を越え、クズ鉄や薬草を中国に密輸していたが、それが保衛省に発覚した。担当の保衛員と保安員(警察官)は、李氏に対して繰り返し性的暴行を加えた。弱い立場の女性に「性上納」を強要する悪習は北朝鮮社会の至るところに見られるが、このケースも同種のものと言える。

(参考記事:北朝鮮女性を苦しめる「マダラス」と呼ばれる性上納行為

不法越境の事実を保衛員に捕まれたら、生殺与奪を握られたも同然である。保衛員らはこのような場合、罪状を軽くするのと引き換えに容疑者をしゃぶり尽くすのが普通だ。

李氏は保衛員から要求されるままに、2015年10月からスパイとして行動するようになった。自分の身近な人々の違法行為について、密告するよう強要されたのである。そして昨年2月中旬からは韓牧師の動向を探り、保衛員に報告していた。

するとある日突然、李氏は保衛省から呼び出され、表彰を受け、褒美の品を受け取ったという。同時に、秘密をバラしたら厳罰に処せられるとの警告も受けた。

李氏は当初、何のことか良くわからなかったという。韓牧師の身に起きたことについて詳しい情報を持っていなかったためだ。そして普段から付き合いのあった中国の商売人から詳細を聞かされ、大きな衝撃を受けた。保衛省が自分の報告をもとに韓牧師の動向を把握し、殺害を実行したのは明らかだった。

知らなかったとはいえ、凶悪犯罪の片棒を担いでしまったことで良心の呵責に苛まれ、北朝鮮社会に幻滅した李氏は脱北を決行したという。

拷問が横行

しかし、中国国籍を保有する朝鮮族が殺害されたにもかかわらず、中国公安当局は真相解明に向けた捜査にどれだけ真剣に取り組んでいるのだろうか。

中国当局は、鴨緑江対岸の北朝鮮の恵山(ヘサン)市や国境の動向を探るために、数十台の監視カメラを設置している。映像には韓牧師の殺害に関与した人物の姿が写っている可能性もあるが、地元の長白県公安局は中朝関係に配慮してか、捜査状況を公開していない。

そもそも中国政府は、殺害された韓牧師が支援してきた脱北者の多くを北朝鮮に強制送還してきた。その数は10万人をゆうに超え、脱北者に足枷をはめるなどして本国に送り返してきた。送還された人々全員が本国で拷問、収監、処刑といった過酷な迫害を受けてきた。

韓牧師が中国政府にとっても好ましからざる人物だったことは間違いない。しかし、仮に保衛省が事件に絡んでいたとするなら、中国は自国民が他国の秘密警察に殺害されたのを黙認することになる。

保衛省は公開処刑や政治犯収容所の運営を担当し、正恩氏の恐怖政治を支える最大の暴力装置として機能してきた。つまり、保衛省の犯罪や横暴を見逃すことは、間接的にせよ金正恩体制による人権侵害のほう助につながることを中国政府は認識すべきである。