韓国でテレビ番組に出演していた脱北タレント、イム・ジヒョンさんが北朝鮮に帰国する事件が起きた。韓国社会では「彼女は北朝鮮に騙された」「拉致された」という説から「実は北朝鮮のスパイだった」という説まで飛び交っている。

そんな中、韓国のCBSラジオは26日、彼女からカカオトークで「また北朝鮮に行く」とのメッセージを受け取ったという元恋人の言葉を紹介した。元恋人によれば、イムさんは韓国社会に上手く順応できず、孤独に苦しんでいたという。

北朝鮮に帰った決定的な理由が何であったにせよ、脱北者と韓国社会の葛藤が背景にあったのは間違いなさそうだ。

(参考記事:北朝鮮女性を苦しめる「アダルトビデオチャット」強制出演の暗い過去

北朝鮮から命がけで脱出し、自由を夢見て韓国入りした脱北者たちだが、彼らを待ち受けている現実は甘いものではない。

韓国警察当局は、所在不明の脱北者が再入北(北朝鮮への帰国)予備軍と見て、所在確認に乗り出した。そんな雰囲気の中で、脱北者に対する差別がまたひどくなるかもしれないと、3万人に及ぶ韓国在住の脱北者たちが緊張している。

韓国の朝鮮日報が、そんな脱北者の声に耳を傾けている。

2009年に脱北し、韓国にやって来た母子。息子が最近、中学校の同級生に殴られ鼻の骨が折れる怪我を負った。学校暴力対策自治委員会は「生徒間のけんかに過ぎない」として、加害生徒に罰を与えなかった。

被害生徒の母親は裁判を起こそうとしたが、「事件が表沙汰になれば、脱北者であることがバレてシカトされる」と息子に止められた。母親は脱北者向けのオルタナティブ・スクールへの転校を勧めたが、息子に断られた。

息子は努力の末、北朝鮮訛りを封印して、今ではソウルの言葉を完璧に使いこなすようになった。彼は、脱北者に特例として認められている大学入学の優遇制度を使うことを拒否し、一般の学生同様に試験を受けて大学に行こうとしている。また、脱北者は義務ではない兵役も履行しようとしている。「軍隊に入って、完全な韓国の青年として生きたい」という思いからだ。

別の母親は、息子が学校で殴られ、鼻から血を流しながら帰宅したのを見て、学校に行って抗議しようとした。ところが、息子に止められた。「お母さんは興奮すると北朝鮮の訛りが出るから」というのがその理由だ。母親は、血で染まった息子の服を手洗いしつつ、涙を流したという。

北朝鮮の名門大学を卒業後に脱北し、ソウルの大学で博士課程を終えたパクさん(31歳)は、卒業を控えて就職活動を行った。どこの企業でも面接の際「ご気分を悪くされるかもしれませんが」と言われた上で、北朝鮮に残してきた家族のことを聞かれた。

また、社内の脱北者に対する否定的な視線をいかにして克服するつもりかについても聞かれた。

就職活動において、脱北者である事実は隠そうにも隠しきれない。履歴書に出身高校、大学、兵役などについての記入欄があるからだ。文在寅大統領は、公務員採用時の履歴書から学歴、出身地の記入欄をなくすことを指示したが、民間企業は対象外だ。

韓国に来て7年になるある脱北者は、働いている食堂のオーナーから「朝鮮族はお前より仕事を上手くこなす」「税金で定着金を受け取ったのだから、働いて返せ」などと暴言を吐かれた。

ハンギョレ新聞によると、独立した人権擁護機関である国家人権委員会は、仁荷大学に依頼して脱北者480人を対象に調査を行った。その結果、45.4%が北朝鮮出身という理由で差別を受けたことがあると答えた。

誰から差別を受けたかという問いには、「一般市民」(20.6%)、「職場の上司」(17.9%)、「職場の同僚」(16.5%)との答えが多かった。差別を受けたときの対応としては、「何もできなかった」と答えた人が27.7%に及び、最も多かった。

大統領直属の諮問機関、国民大統合委員会が今年4月、脱北者と他の外国から韓国に来た移民400人を対象に調査したところ、脱北者では42.5%、移民の39.0%が韓国人から外見や国籍による差別を受けた経験があると答えた。

東国大学北韓学科のキム・ヨンヒョン教授は「脱北者は韓国国民として尊重される権利があるのに、韓国社会は彼らを管理、統制の対象と見て、ときには差別する」「彼らが脱北者であることを気にせず思う存分力量を発揮できるようにすべき」と述べた。

韓国の総人口約5100万人のうち、外国人は約200万人で、脱北者は約3万人。外国人と脱北者の割合は増加の一途を辿っているが、社会の認識は追いついていないのが現状だ。