東芝メモリの四日市工場(出所:東芝)


 東芝メモリの売却を巡って、東芝と米ウエスタンデジタル(WD)が激しい訴訟合戦に突入している。現在両社は4件の裁判を提起しており(図1)、WDが米カリフォルニア州の上級裁判所に「東芝メモリの売却は契約違反」と訴えた2回目の審理が7月28日に行われ、売却差し止めの仮処分が出るのか否かに注目が集まっている。

図1 東芝と米ウエスタンデジタルとの訴訟合戦


 ここでもし、「売却差し止め」の仮処分の判決が出たら、どうなるのだろう? 東芝は、東芝メモリを売却することができず、したがって、債務超過は解消できない。その結果、2018年3月には東証2部も上場廃止となり、この状況が続けば、経営破綻するかもしれない。そのようなことを容認できない東芝は「売却差し止め」の判決に不服として、当然、控訴するだろう。こうして、より訴訟合戦は激化していく。

 ところで、東芝とWDがやり合っている現在、実質的にWD傘下のサンディスクと東芝メモリが共同で運営しているNANDフラッシュメモリの四日市工場(三重県四日市市)はどのような状況にあるのだろうか? 筆者の観察によれば、“殴り合い”をしているのは、東芝とWDの幹部であり、四日市工場内では、そのようなことは起きてはない。特に、サンディスクと東芝メモリの技術者は、今でも協力し合ってNANDの共同開発と製造を行っているようにみえる。

 本稿では、東芝とWDが訴訟合戦を展開している中で、渦中の四日市工場がどのような状況にあるかを明らかにしたい。そこから、四日市工場における唯一の希望が、サンディスクと東芝メモリの技術者たちにあることを導く。そして、四日市工場のNANDビジネスをぶち壊しているのが、場外乱闘をやめようとしない東芝とWDの経営者たちであることを明らかにする。

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四日市工場の中はどんな状況なのか

 東芝とWDとの訴訟合戦に関する記事を拾い読みすると、四日市工場が真っ二つに分断されて、いがみ合っているような印象を抱かせるようなものが少なくない。しかし、それは、四日市工場の正しい姿を描写しているとは言えない。

 以下では、筆者が認識している、四日市工場とそれを取り巻く状況を説明したい(図2)。

図2 東芝と米WDの誰と誰がケンカしているのか


 まず、図2の左側であるが、2016年にWDが米サンディスクを買収した。その米サンディスクの下部組織の日本法人が、四日市工場を東芝と共同運営している。

 一方、図2の右側では、現在、東芝からNAND事業を分社化した東芝メモリが、四日市工場に存在している。

 四日市工場を運営しているのは、WDが一部参入しているが、基本的にはサンディスク(日本法人)の幹部(左側)と、東芝メモリの幹部(右側)である。

 実は、この幹部たちの仲はあまりよくない。というのは、サンディスクの小池淳義社長は、日立製作所の半導体事業部出身であり、自分の側近を日立出身の小池一派で固めているからである。相対する一方は、もちろん正真正銘の東芝社員である。

東芝と旧日立、反目する2つのグループ

 つまり、四日市工場とは極論すると、東芝と旧日立グループによって運営されているのである。かつて東芝と日立は、技術開発やDRAMビジネスを巡って、丁々発止とやり合った間柄である。そのライバルだった者たちが、同一工場を共同経営しているのである。

 また、小池社長は、日立半導体事業部時代から、製造装置メーカーに強力な影響力を持っていた。そして、2000年にSOC用の半導体工場トレセンティテクノロジーズを設立したときには、あらゆる製造装置メーカーに完全枚葉化装置を開発させ、最速1週間でウエハプロセスを完了する超短TAT生産ラインを実現した。

 なお、TATとは、Turn Around Time、すなわちウエハ処理に要する時間のことであり、通常のウエハプロセスでは2〜3カ月を要する。また試作ロットを超特急で処理する場合でも、2〜3週間かかる。それを小池氏は、たった1週間で処理できる超短TATラインを世界に先駆けて構築したのだ。このトレセンティの超短TATラインは評判となり、2004年6月17日には、皇太子殿下が視察に訪れたほどである(図3)。

図3 半導体の製造工程をご視察になる皇太子殿下(茨城県ひたちなか市)
(出所:宮内庁、写真:トレセンティテクノロジーズ)


 このような経歴の小池氏が、側近らとともにサンディスクの幹部として四日市工場の運営に携わっている。

 ところが、四日市工場の製造装置の選定権や運営権は、東芝側にある。サンディスクは、四日市工場におけるNANDの製造装置の選定や開発にタッチできないのである。

 2000〜2017年まで、東芝とともにNANDの開発や生産を共同で行ってきた小池氏をはじめとするサンディスク株式会社の幹部は、相当にフラストレーションがたまっているだろう。おそらく「何であんなヘボい装置を買うんだ?」とか「何であんなノロノロ量産してやがるんだ!」というように。事実、日立出身者の人伝(ひとづて)で、サンディスク側の不満の声が漏れ聞こえてくることがある。

 一方、四日市工場の東芝の幹部からは、「小池社長が邪魔だ」とか「旧日立の連中が目障りだ」というような話が聞こえてくるのである。

 つまり、四日市工場の経営陣は、東芝と旧日立から構成されており、反目し合っている。しかし、これは、東芝とWDが行っている訴訟合戦とは何ら関係がない。2000年に四日市工場ができた時から生じた古くて新しい問題である。

技術者たちはどうなっている?

 以上のように、東芝と旧日立で構成されている四日市工場の運営幹部は反目し合い、とても結束しているとは言えない状況である。では、技術者同士はどうなのだろうか?

 筆者が聞いたり見たりした限りでは、東芝側の技術者と、サンディスク側の技術者の間に、不協和音は聞こえてこない。筆者はその理由を次のように推測している。

 東芝メモリの技術者はほぼ100%東芝出身者である(当たり前か)。一方、サンディスクの技術者は、ピュアなサンディスクの技術者、ルネサスなどの半導体メーカーからの転職者、東京エレクトロンなどの装置メーカーからの転職者から構成される混成部隊となっている。この混成部隊の中には、WDの技術者はいない。

 四日市工場の経営幹部は、東芝グループと旧日立グループが反目し合っている。しかし技術者たちは、東芝グループと、混成部隊で形成されるサンディスクグループで構成されている。サンディスクの混成部隊には、“旧日立”というような色はない。その結果、開発や生産の思想や方法は、自然に東芝流に従うということになり、あまり大きな反目はないのではないかと思われる。

 1つ問題を挙げるとすれば、常に東芝流で開発や生産が行われるため、東芝の技術者が“天狗”になりやすい。そして、四日市工場の中には、天狗になった東芝を諌める技術者がいないことになる。このようなことが、端々でみられる。それは、技術者同士の仲がいいゆえの弊害である。

乱闘は四日市工場の場外で起きている

 ここまで、四日市工場の内部の状況を見てきた。

 四日市工場内では、経営幹部の間で東芝グループとサンディスクグループによる多少の反目はあるものの、それを表沙汰のケンカにはせず、また技術者同士は協力し合って、2000〜2017年までNANDを開発し生産してきた。

 一方、4件もの訴訟合戦は、東芝の取締役会とWDの取締役会の間で起きている。つまり、四日市工場の場外で、東芝とWDの取締役たちが激しい乱闘を起こしているのである。そしてその場外乱闘は、日に日に激しさを増していく傾向にあり、このまま行くと、両社刺し違えて共倒れになるかもしれない。

 筆者は、東芝(メモリ)問題を論じるときに、「東芝本体がどうなろうと知ったことではない」「特に東芝の取締役会がどうなろうとかまわない」「四日市工場の経営幹部がどうなろうとも知らない」「四日市工場の技術者たちがそのポテンシャルを存分に発揮できる環境を作れるオーナーに買収してほしい」と公言してきた。

 つまり、東京都知事の小池百合子流に言うなら、「四日市工場技術者ファースト」の目線でものを考え、発言してきた。

 筆者は、今、こう思う。

 四日市工場の技術者たちの開発や生産活動を阻害しているのは、第1に、自社の利益だけを優先し、相手方を蹴り倒そうとするために訴訟合戦を行い、派手な場外乱闘をやめようとしない東芝とWDの取締役たちである。

 第2に、四日市工場のNANDが常にサムスン電子の後塵を拝しているのは、四日市工場の経営幹部が(くだらないプライドで反目し合って)一枚岩に慣れないことに原因がある。

 それを踏まえて、最後に筆者はこう叫びたい。

 お前たち、いいかげんにしろよ! お前たちが、四日市工場のNANDビジネスを、日本の半導体産業を、そして、NANDを使うすべてのエレクトロニクス産業を、ぶち壊しているんだぞ──。

 猛省し、すぐにでも態度を改めるよう、東芝とWDの取締役たちに忠告したい。

 四日市工場の現役の技術者がこう言っていた。「国際仲裁裁判所とか、米カリフォルニア州上級裁判所とか、東京地方裁判所とか、仰々しい所に訴えているが、本当の中身は、家庭裁判所が扱うレベルじゃないのか」。まったく同感だ。最も迷惑を被っているのは、四日市工場の技術者なのだ。

筆者:湯之上 隆