4月にフロリダで行われた習近平国家主席との会談以降、トランプ大統領は中国に対する強硬的態度を引っ込める姿勢をとっていた。北朝鮮のICBM開発を抑制させるために、中国が影響力を行使することを期待していたからである。

 しかしながら、3カ月を経過しても“中国の北朝鮮に対する影響力”が功を奏する気配はない。北朝鮮のミサイル開発が抑制されるどころかICBM試射は成功してしまうし、そもそも中国が北朝鮮に対して本気で圧力をかけようとしているのか? という疑念が深まってきた。

 その結果、トランプ大統領は大統領選挙期間中に口にしていた中国に対する“強面”な政策を復活し始めた。そのうちの1つが、かねてより海軍から提出されていた南シナ海での積極的行動計画である。先週、トランプ政権がその中国抑制計画を承認したことが明らかになった。

 その計画とは、「南シナ海に海軍艦艇や各種軍用機を送り込んで、『公海での航行自由原則維持のための作戦』すなわちFONOPを頻繁に実施し、恒常的にアメリカ海洋戦力の南シナ海におけるプレゼンスを維持する」というものである。

 アメリカ海軍が「南シナ海でのFONOPを恒常的に繰り返す」といっても、それが直ちに中国による南沙諸島や西沙諸島の軍事拠点化を中断させる可能性はゼロに近い。しかしアメリカ海軍は、FONOPに限らず南シナ海に海軍艦艇や軍用機を頻繁に展開させてアメリカ海洋戦力のプレゼンスを示すことこそが、南シナ海をはじめ東アジアでの中国の覇権確保に対する唯一の軍事的牽制行動であると考えており、海軍の存在価値を高めるためにもなんとしてでも実施しようというわけだ。

[JBpressの今日の記事(トップページ)へ]

議論がかみ合わないアメリカと中国

 ところが、南シナ海に対するアメリカの立場と中国の立場は、そもそも議論がかみ合っていない。いくらアメリカ海軍が頻繁にFONOPを実施しようが、恒常的にプレゼンスを示そうが、中国による南シナ海への覇権的進出政策に対して少しも牽制にはならない可能性が高い。アメリカと中国のそれぞれの主張を見ていこう。

【アメリカの立場】

 アメリカがとっている基本的な立場は以下のとおりである。

「南沙諸島に中国が誕生させ軍事拠点化を推し進めている7つの人工島は、もともと国連海洋法条約の定義に従うと『暗礁』と定義されるため、特定の国家の領土となりうる要件を持ち合わせていない。それら“中国人工島”は中国が勝手に『海洋に建設した陸地』であって、国連海洋法条約が規定する領海や排他的経済水域などの基準とはなり得ない。

 要するに、中国が暗礁を人工島化して立派な飛行場を建設しようが、本格的軍事施設を設置しようが、それらの人工島は中国の領土とはなり得ない。

 したがって、アメリカの軍艦がそれらの人工島から12海里以内の海域を通航することはもちろん、公海上であるからには国連海洋法条約が禁止しているような行為(たとえば海賊行為)以外のいかなる行動を取っても何ら問題は生じない」

(ただし「いかなる行動も取りうる」とはいっても、これまでのところ、場合によっては中国との軍事衝突が起きかねない軍事的威嚇とみなされるような行動は差し控えている。)

 中国は、上記のように国連海洋法条約上中国の領海にはなり得ない「暗礁を改造した人工島の周辺海域」を、あたかも「中国の領海」であるかのごとく振る舞っている。加えて、国連海洋法条約に規定されていない「中国の領海内を航行するには、事前に中国当局に通告する」ことも国際社会に求めている。そこでアメリカ海軍は、「このような中国の勝手な振る舞いを見過ごしていると、やがては中国が領土と主張している南沙諸島人工島や西沙諸島などの周辺海域のみならず、南シナ海全体へと“中国の横暴”が広められてしまう」との強い危惧を抱いている。

 実際に、中国は南シナ海の8割以上の海域をカバーする『九段線』という不明瞭な境界線を設定して、その内側海域を中国の歴史的な主権的海域であると主張している。

「中国による一方的な南シナ海の軍事的支配が確固たるものとなってしまうと、南シナ海を縦貫する国際社会が利用している海上航路帯や、米海軍自身も恩恵を受けている軍事的航路帯が中国にコントロールされることになりかねない。そこで、アメリカはFONOPをはじめとして南シナ海での軍事的プレゼンスを維持し、中国の横暴を抑制しなければならない」──というのが、今回トランプ政権が承認したアメリカ海軍の南シナ海での対中牽制計画の基となった論理である。

【中国の立場】

 一方、中国の立場からみると、以下のような主張となる。

「アメリカは国連海洋法条約だの国際慣習法を振りかざすが、そのような“国際法”は軍事的覇権国によって確立され国際社会に押しつけられたたルールに過ぎない。現にアメリカ自身が自らの都合によって国連海洋法条約を批准していないではないか。

 そもそも歴史的に形成されてきた『九段線』の概念は、国連海洋法条約よりも古くから存在しており、歴史的に中国の主権的海域であった南シナ海に、後から誕生した国連海洋法条約の規定を適用するのはナンセンスである。

 そのような中国の主権がおよぶ海域内にある島嶼環礁に、中国が人工島を誕生させようが、海洋交通のための各種施設を建設しようが、防衛のための軍事施設を設置しようが、それらは中国の国内問題であってアメリカなどに干渉されるいわれは全くない」

“暖簾に腕押し”となりかねない対中牽制計画

 中国にとっては、アメリカ海軍が「FONOP」と称して南沙人工島や西沙諸島の12海里以内の海域に軍艦などを派遣してきた場合、それらの行動は「中国の領海内を通航する場合には中国当局に事前通告しなければならない」という中国独自の規定には反しているものの、アメリカ軍艦が敵対的行動を取ったり軍事的威嚇を実施しない限り、「国連海洋法条約で認められている無害通航権の行使」ということになる。

 つまり、アメリカ側がいくらFONOPを繰り返しても、「中国の領海での無害通航権の行使」と考える中国にとってはまったく意味を持たないことになる。アメリカにとっては有意義でも中国にとって無意味な作戦をいくら頻繁に繰り返しても、何の役にも立たない。

 そのような無駄を避けるためには「中国側が軍事的威嚇と受け止めかねない露骨な軍事行動を実施するしかない」と主張する海軍関係者も見受けられる。しかし、そのようなオプションは、中国との軍事衝突の引き金となりかねない以上、実施される可能性は極めて低い。

 したがって、今後しばらくの期間は、アメリカがFONOPを頻繁に実施したり、南シナ海に軍艦や航空機を恒常的に展開し、それに対して中国が抗議を繰り返す、というパターンが繰り返されるであろう。

 その間に、南沙人工島や西沙諸島での中国軍事拠点の建設は、「アメリカが軍事的威圧を加えているので、防衛態勢の強化が必要である」という口実によって、さらに推し進められていくことになるものと考えられる。

筆者:北村 淳