長く付き合える機械式カメラvol.3 軽量家出セット。赤い座布団のローライ35ー映画監督・平野勝之「暮らしのアナログ物語」【12】

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■元祖機械式超小型35mmカメラ

この掌サイズのカメラは1960年代にドイツのローライから発売され、以来、いまだ大人気を誇る息の長ーいカメラである。電気回路はシンプルな小さい露出計のみで、シャッターなどは機械式に制御されるため、小型化のための工夫と苦労がそこかしこに見られる。そのため修理が可能で、値段も手頃なため、中古カメラ屋でも子役スター並の人気を誇っている。

ドイツ製、シンガポール製、復刻モデルなどバリエーションが存在するが、そのあたりの詳しい事はネット上に存在するので、ここでは省略する。

 

■赤い座布団のローライ35

僕のは60年代ドイツ製造のテッサー付き。このカメラの入手には実は思い入れがある。

1996年、今から21年前に購入した。

カメラのイガラシという、今は無き新宿のコマ劇場内の通路で小さく営業していた店で買ったものだ。

ここは面白いカメラ屋で、店主のおじいちゃん(亡くなられました)がドイツ信奉者で、ライカやローライなどのドイツ製が如何に素晴らしいか?を語りだしたら止まらない。身振り手振りで熱く語るクソ偏屈おじいちゃんだった。

店の品数は少ないものの、素敵だったのはショーウインドウに並べられたカメラにいちいち赤い座布団が敷かれていて、カメラ一台一台に主人の手書きで、お勧めポイントのカードが置いてある。「ピント、全紙に伸ばしてもびくともせず!!独逸最高の逸品也」みたいに漢字中心に書かれていて、値段も全部漢字で書かれていた(いくらなのか読めない 笑。今思えば写真撮っておけば良かった)。

僕のローライ35はそんな中に置かれていた一台だった(もちろん赤い座布団付き)。

箱は無かったが、デッドストックに近い状態で(たぶん主人が当時、個人で購入したものだと思われる)他の店よりずいぶん高く、売りたくない値段のような値付けだった。

他店より2倍以上だったので、かなり悩んだのだけど、その時の僕は、なぜか他の店でローライ35を買う気がおきなかった。この店で、このおじいちゃんから、何か一つ買いたい気持ちが強かった。

気になって仕方がないので、もう考えずに決心して買う事にした。おじいちゃんと話をして、二ヶ月に分けてお金を払うことになった。最初のお金を払うと、おじいちゃんは封筒に筆ペンで大きく「平野様」と書いて奥の黒い巨大な金庫に封筒を閉まった。金庫の中には他にも人物の名入り封筒がいくつも見えた。ローンを扱ってない店だったのだろう。おそらくそういう買い方をするお客さんも多かったのだと思う。

買った時、おじいちゃんから手とり足とり、操作の仕方を教えてもらった。

巻き上げレバーはそーっと戻しなさい、レンズの繰り出しと仕舞うときの順番を間違えるな、などなど、大きなエキセントリックな声で熱く教えてもらった。

最後は付属のオリジナルの革ケースにオイルを塗ってもらった。

おじいちゃんは、黒いチューブのオイルを奥から取り出し「オイルもね、ドイツ製が最高なんだ」とブツブツ言いながら、丁寧に革にオイルを塗り込んだ。

この店で買ったのはこれが最初で最後となったが、新宿に出るたびにお店には気まぐれで時々立ち寄った。

それから10年以上たったある日、2000年代後半だったか?ハッキリ覚えてないけど、おじいちゃんが亡くなったのを知った。

たまたま新宿を通りかかった時、ひさしぶりにお店に行ったら、店が残務整理の最中で奥さんから亡くなられたのを聞かされた。

僕のローライ35はおじいちゃんの遺品となった。

その日、僕は部屋に戻ると、ローライ35を引っ張り出し空シャッターを切った。高かったけど、やはりあの店で買っておいて良かったと、しみじみ思った。あのおじいちゃんは偏屈だけど、きっと全盛期のドイツ製品の良さを全身で知っていたに違いない。

僕はこのカメラだけは、当時、その良さをリアルタイムで直に知っている人物から買いたかったのだと思う。そのような体験は、通販やお金などには変えられない。

良いものがどんどん消えていく世の中で、リアルタイム世代と直に接しながら、その空気を丸ごと吸収していく体験は、なかなか味わえるものではないからだ。

 

■アウトドア道具としてのローライ35

このカメラは小さく、機械式特有の質感の良さ、またデザインの良さなどから、普段のスナップ用カメラとしても使えるし人気があるが、その特徴を考えると、一番威力を発揮するのがアウトドアや旅行などだろう。

実際、70年代にはこのカメラの信頼性から登山などの標準装備にもなっていた。僕の場合、90年代には普段の生活のスナップなどにも使う事が多かった。

2000年代後半になると、長期家出セット(キャンピング自転車とテントなど)と共に、軽量家出セット(ランドナーと宿泊まり装備)が完成したため、以来、ローライ35の出番が俄然増えた。

僕の軽量家出自転車は、アルプスが「クライマー」と名付けた自転車で、山岳地や峠などを楽に走破するためにランドナーをさらに山岳仕様にして制作されたパスハンターと言う車種のため、まさにこのローライ35がピッタリだった。

今でもなるべく荷物を増やしたくない時、ローライ35を持ち出す事が多い。

僕はミノルタのTC-1という超小型、チタンで軽量な28mm付きのフィルムカメラも所有しているため、焦点距離が40mmのローライ35とのコンビは良いように思えて2台で山方面に向かった事がある。しかし、この2台のカメラの年代差は40年以上。画質に差がありすぎるため、一緒に使う事には少々無理があった。

それ以来、ローライ35を持ち出す時は、これ1台だけで出掛ける事にしている。今まで長野の山や北海道のニセコなどを一緒にお供をしてきた。

 

■軽量家出セットの標準装備

21年前、新宿で赤い座布団に座っていた僕のローライ35は、そんなわけで水筒のグランテトラ、ベラールのまな板などと共に軽量家出セットの一員として今でも山方面へ出掛ける時は、ひっそりと荷物の中に入っている。

全てではないが、僕の装備は古いものが多い。

または現代のものでも昔から変わらない造りのものを選ぶ場合が多い。

機械式フイルムカメラもそんなものの一つだ。

耐久力があり、10年、20年と使う場合が多く、体に馴染んで使いやすくなっていく。
お得感で買うわけではないが、結果的にお得になる事も多いのだ。ローライ35は骨董品ではなく、50年たった今でも立派な現役選手だ。

静かな山の中で、このカメラを取り出して撮影する時、いまだにおじいちゃんの操作のお作法を思い出す。

「巻き上げレバーはゆっくりと」

「必ず巻き上げてからレンズを沈胴させる事」

僕のローライ35は、気まぐれで今でも時々、赤い座布団に乗せている。

 

(文・写真/平野勝之)

ひらのかつゆき/映画監督、作家

1964年生まれ。16歳『ある事件簿』でマンガ家デビュー。18歳から自主映画制作を始める。20歳の時に長編8ミリ映画『狂った触覚』で1985年度ぴあフィルムフェスティバル」初入選以降、3年連続入選。AV監督としても話題作を手掛ける。代表的な映画監督作品として『監督失格』(2011)『青春100キロ』(2016)など。