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長年の課題だった「時差通勤」

この夏、小池百合子都知事は、通勤電車の熾烈な混雑を緩和するために、「時差Bizムーブメント」を仕掛けた。最混雑1時間に集中する旅客をその前後に拡散することで、ピークの混雑率を低下しようというのである。

昭和40年代、首都圏では国鉄の複々線化が相次ぎ完成し、地下鉄の開通により郊外私鉄との相互直通運転が拡大したころ、さらにその設備投資の効果を高めるために企業に対して「時差通勤」の働きかけが行われた。

通勤電車のダイヤは、最混雑時間帯に最大の本数を集中させるために、その前後の輸送力が大きく低下していた。近郊駅(たとえば千葉駅)では、7時台には5分間隔で電車が発車したのに対して、9時台には10分以上の間隔が空いていた。

毎年、車両を大量に投入して編成両数の増加や増発で輸送力を充実させたが、予算が限られるため、各路線にまんべんなく配分して、増加する旅客の波に対抗していた。車両数が限られるため、その車両のほとんどを最混雑時に集中させ、しかも都心に近い区間により多くの列車を運転するためいわゆる「たけのこダイヤ」が組まれた。

このため、近郊駅では最混雑時が終わると急に運転本数が減少したのである。時差通勤の受け皿がいささか頼りなかったのである。

線路施設の容量は最混雑時のピーク輸送量に合わせて整備する必要があるが、ピーク時の旅客の集中率を下げれば、大規模投資をしなくても既存の施設で輸送力を増やすことができる。国鉄は、企業や学校に「時差通勤・通学」をアピールするとともに、ラッシュ後の輸送力増強を積極的に推進した。

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首都圏の国鉄の通勤路線では、昭和50年代以降は、複々線化などが完成した路線(たとえば常磐線各駅停車、総武線快速)に新車を集中投入することで捻出された車両を各路線に配分して、車両の需給関係に余裕がでてきていた。

さらに昭和の末期には、特急用の車両を使って、ラッシュ前後に着席輸送サービスとして若干の料金を徴収する「通勤ライナー」が各路線に登場していった。座りたい人は、追加料金を払えば着席通勤ができるという選択肢が提供された意味は大きい。

しかし、このような列車は輸送力としてはわずかであるため、線路容量の限られる線区では、混雑緩和のために普通の列車に置き換えられた。時期尚早だったのである。

今日、長い間「時差通勤」の取り組みが続けられた結果、最混雑時の混雑率は大きく改善した。昭和30年度には定員の3倍の路線があったが、昭和50年代には200%台前半まで改善し、現在は一部の混雑路線を除いて180%を下回っている。

「時差Bizムーブメント」鉄道各社の取り組み

小池都知事は、都知事戦の中で抜本的に輸送力を増やすことで混雑を解消する案を提起するが、ネガティブな反響が大きく、その後は語られなくなった。そして、都知事に就任すると、国や鉄道事業者、また都心に事業所を置く企業と連携して、「時差Bizムーブメント」の取り組みへと転換していった。

時差Bizムーブメントの具体的な取り組みとして、東京メトロは、東西線に「快速」西船橋6時15分発・九段下6時44分着、「各駅停車」妙典6時25分発・九段下6時54分着、その折り返しの「各駅停車」九段下6時52分発・西船橋7時27分着を、7月11日火曜日〜14日金曜日、18日火曜日〜21日金曜日の間に増発した。学校が夏休みに入るまでの期間限定の臨時列車である。

東西線は、西船橋では7時4分通勤快速中野行きから混雑が始まり、7時43分通勤快速中野行きから混雑がピークとなる。臨時列車は、もともと混雑していない時間帯であり、着席機会が向上するという程度の意味合いしか持たないが、都の取り組みに協力するという姿勢を見せるには効果的である。

また、東急田園都市線と東京メトロ半蔵門線では、途中一部の駅しか停車しない「時差Bizライナー」中央林間6時4分発・渋谷着6時44分、大手町着7時0分、押上着7時15分を2週間の平日限定で運転した。その折り返しで押上発7時21分・半蔵門発7時45分→長津田行き「準急」定期列車も増発した。

「時差Bizライナー」は、中央林間と渋谷の間が急行より2分、準急より11分速いのがセールスポイントである。

東急は、すでに4月21日のダイヤ改正で、「急行」長津田5時5分発・渋谷着5時34分(終点)、「急行」中央林間5時30分発・渋谷6時9分着(終点)と折り返しの、「各駅停車」渋谷発5時46分発・長津田6時28分着→既存の「各駅停車」として中央林間まで直通、「急行」渋谷6時14分発・長津田6時45分着の2往復を増発した。

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ラッシュ時に出庫する電車を早朝から走らせることにして生み出した車両であるので車両の増備は行っていない。逆に、車両投資なしに増発しようとするとこのような早朝になってしまうのである。

また、かねてより、渋谷駅での混雑を緩和するために、池尻大橋〜渋谷間では田園都市線の定期券保持者に国道246号線の東急バスに追加の支払いなしで利用できる「バスも!キャンペーン」を実施している。

ところで、国が発表しているデータでは、田園都市線は、平成27年度池尻大橋・渋谷間で、7時50分から8時50分までの1時間で、混雑率は184%であったという。この1時間に10両編成29本を運行し、輸送力は42,746人であるのに対して、旅客数は78,687人であった。この数字は、ある日の1日、調査員を張り付けて調査した数字である。

時刻表では、池尻大橋発7時50分から8時50分の間の運転本数は26本である。念のために渋谷着で同時間帯の運行本数を勘定しても26本である。

ということは、調査日に29本運転していたということは、その前の時間帯の列車3本が遅れて運行していたということになる。不自然な数字であるが、いちおう、ノロノロ運転ながらも1時間最大29本まで運行できるということを証明するデータである。

また、最混雑前の時間帯は、池尻大橋発7時20分〜50分までの30分間の設定本数は12本(うち急行3本)である。そのうちの3本が数十分遅れるということは、この時間帯にもっと運行本数を増やせば遅れも発生しないですむのではないか?

そもそも列車の遅れは次第に蓄積していくものであるから、最初の段階で適切に輸送力を確保すれば、最大ピーク時間帯の遅れは緩和されるのではないか?という素朴な疑問が浮かぶのである。

それに、最混雑1時間の設定本数は26本であるので、列車に遅れがないとすると混雑率はいくらか上昇してしまうという皮肉なことになる。

もちろん、ラッシュ前に渋谷に着くはずの旅客で列車が遅れた結果最混雑時に渋谷に到着することになってしまった人たちがいる訳で、これらの旅客は、列車に遅れがないとすると、最混雑時前に渋谷に着くことができるので、最混雑時の旅客数自体が若干少なくなり、混雑率の上昇はわずかにとどまる。

1本増発すれば7,000人旅客を減らせる

ここで提案したいのは、池尻大橋7時20分〜50分に1本増発して13本・2分20秒間隔にする。これで遅れを防げれば最混雑1時間に遅れていた列車の旅客分として7,000人程度減らせる。この他に増発した1本分1,474人分の輸送力が増える。

そのうえで、最混雑1時間の運転本数を3本増発して29本・2分10秒間隔にする。実際(ダイヤ上ではなく)には29本運転できている。

そうすると、最混雑1時間の輸送力は42,746人のまま、輸送人員は78,687人が71,000人程になって、混雑率は現在の184%から166%に低下するはずである。また、今年度の下期には、大井町線の急行電車の編成両数が20m車6両から7両に増える予定である。それにより田園都市線から大井町線への旅客のシフトも予想できるので現在より20%混雑率を低下させることができるという計算になる。

要するに、現在29本で運んでいるところを32本に増やすのであるから、混雑率は約20%低下するのである。

来年3月に小田急電鉄が世田谷代田〜東北沢間の複々線化が完成して、最混雑時9本増発により最混雑1時間の混雑率が160%程度まで落ちると公表している。

田園都市線では、大規模な設備投資なしに、ラッシュ前とラッシュ中のわずかな増発により大きく混雑率が低下する可能性があるのである。また、今年度は田園都市線に新型電車2020系10両編成3本を新造する計画がある。代替で捻出される車両を使って、試験的に増発してみるのにタイミングも良い。

佐藤信之(さとう・のぶゆき)1956年東京生まれ。亜細亜大学講師、一般社団法人交通環境整備ネットワーク相談役、NPO法人全国鉄道利用者会議(鉄道サポーターズネットワーク)顧問、公益事業学会、日本交通学会会員。亜細亜大学大学院経済学研究科博士後期課程単位取得。専攻・交通政策論、日本産業論。著書に『通勤電車のはなし』他多数。

混雑率200%に達する東西線や田園都市線をはじめとして、問題の大きな路線をピックアップし、問題点と対策を解説。さらに輸送改善の歴史をふりかえり、将来必要な新線はなにか、その費用はだれが負担すべきかを展望する。