「Thinkstock」より

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 山下智久、新垣結衣が主演を務める連続テレビドラマ『コード・ブルー〜ドクターヘリ緊急救命〜THE THIRD SEASON』(フジテレビ系)の第2話が24日に放送され、平均視聴率は15.6%(ビデオリサーチ調べ、関東地区)を記録。初回放送の16.3%からは0.7ポイントダウンとなったが、依然7月スタートのほかドラマを寄せ付けない高視聴率。このまま15%前後を保てれば万々歳だろうが、第2話の内容からは不安要素も多く感じられた。脚本家を替えたことが吉と出るか、凶と出るか? この先の視聴率の推移とあわせて注目したい。 

 脳外科医に移った藍沢耕作(山下智久)が戻り、現場の対応は迅速にできるようになったが、その藍沢の歯に衣着せぬ物言いが原因で殺伐とした空気が流れる翔陽大学付属北部病院・救命救急センター。特にフェローである横峯あかり(新木優子)に対する指導は厳しさを極め、白石恵(新垣結衣)がフォローにまわっていた。

 ヘリに乗れば酔い、メスを握れば手が震え、さらに藍沢の前で委縮して失敗ばかりを繰り返す横峯。その横峯を「生身の人間で練習しろ」と意識不明の患者の前に連れてくる藍沢。白石が諫めるが、「悠長に育てている間に患者が死ぬ」と、藍沢に指導姿勢を変える気配はない。

 一方、搬送されてきた開放骨折の患者・17歳の少女の治療中に、彼女が妊娠していることに気づく緋山美帆子(戸田恵梨香)。産むと言って聞かない娘と、産むことを許さない父親とのバトルに巻き込まれていた。加えて藤川一男(浅利陽介)から、彼の恋人でフライトナースの冴島はるか(比嘉愛未)が妊娠していると告白される。冴島本人は産むかどうかを迷って妊娠を隠していたため、接し方に困る白石と緋山。藤川が話してしまったことを察した冴島には「友だちなら何も言わないで!」ときつく当たられていた。

 そんな中、クレーンで吊られた船舶の落下事故が起こり、ドクターヘリの要請が入る。藍沢、横峯、冴島が現場に向かうが、藍沢は横峯に指揮を執れと指示を出す。負傷者は母親と幼い姉妹の3人。突然、意識を失った少女に動揺する横峯を冷たく突き放す藍沢だったが、自分でやるしかないと決意した横峯は指示を出し始めた。指示に従いながら、足りない部分をフォローしていく藍沢と冴島。

 1人で少女を搬送することになった横峯は、白石に遠隔指示を受けながらではあるが、練習で失敗ばかりしていたメスでの処置を成功させ、少女の命を救うことに成功する。遅れて戻った藍沢は、横峯を切開が下手だと叱責しつつも、最後には「よくやった」とねぎらい、横峯は喜びを爆発させる。

 緋山が担当する少女と父親も、意地を捨てて本音で話し合うことで、父親も「産む」ことに同意。バカな親ですよねという父親に、子どもを産むのに適切な年齢なんてないのではないか、娘さんには迷いがなかった、そして「お父さんが子育てする姿を見てきたからだと思います。きっと」と話す緋山。背後の病室でそのやりとりを聞いていた考え込む冴島。

 その夜、かつての担当患者だった女子高生の天野奏(田鍋梨々花)が藍沢を訪ねてやってくる。藍沢にじゃれつく姿を目撃した白石と緋山は冷やかすのだが、有名ピアニストでもある奏は、脳の腫瘍で危険な手術が必要な状態だと知らされるのだった。


●リアリティ皆無の設定、突っ込みどころ満載の展開

 横峯の成長物語に終始していた第2話。意図は分かるが、あまりも横峯がドジッ子過ぎて、まがりなりにも救命救急を希望した候補生がここまで失敗するか? と過剰演出が気になってしまった。横峯をスパルタ教育する藍沢の姿も、さすがに患者の前でこの発言はいかんだろと突っ込みどころ満載。また、冴島の妊娠エピソードを盛り立てる役割で登場した親子もただの道具で終わってしまい、主要人物の葛藤ではなくサイドストーリーばかりが膨らんでしまったような印象。今回はあらすじ紹介がダラダラと長くなってしまったが、あらすじが簡潔にまとまらないドラマは、決まってストーリーが散漫である。

 第1話では脚本家が林宏司から安達奈緒子に変わったことで懸念された質の低下は、そこまで感じなかったが、第2話で急に脚本の粗が目立ち始めた。ストーリーを展開させることに気を取られていろんなエピソードを盛り込み過ぎ、視聴者が一番見たい主要メンバーの深いところが見えてこない。新人フェローがドジ過ぎてリアリティも感じられない。『コード・ブルー』ファンの怒りも沸々と湧き上がってしまっている。

『コード・ブルー』は海外ドラマのパクリと一部で批判されているが、三谷幸喜の人気作『古畑任三郎』も『刑事コロンボ』から発想を得ているし、タランティーノ監督も日本映画をパクリまくっていると公言している。刺激を受けた作品の要素を取り入れて、自分の中で昇華させて更に素晴らしい作品を作り上げることは何の問題もないと個人的には思っている。

 ただ、既存作品の要素を取り入れたら、そこから熟成させるのは作家や監督の仕事である。発想をいただいた上に、熟成させずに中途半端に仕上げたものを「私の作品です」と世に出せば、突っ込まれるのは当然だ。そういった意味でも、『コード・ブルー』は脚本の手抜きが許されない作品。一度「あれ?」と思うと、見る目が厳しくなってしまうので、あら捜しをしないで済むぐらい物語に引き込ませる脚本を求めたい。
(文=西聡子/ライター)