「心から愛せる人が一人いれば怖くない」NYで成功した女性・アケミさんに聞く

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 ニューヨークで、あのトランプタワーの60階に住んでいた日本人のファッションデザイナー、アケミS・ミラーさんをご存知でしょうか。

 1989年から25年間、アメリカで活動した後、現在は大阪でフェイスデザインスクールを運営しているアケミさんに、前回に続き、日本人女性へのメッセージを聞きました。(以下はアケミさん談)

◆「みんながライバル」という孤独に耐えられたのは……

 1989年、意を決して何のツテもない米国に渡り、90年9月にニューヨークコレクションでデビュー。3年後にスタートした初日のファッションウィークにはカルバン・クライン、ダナ・キャランと私の3人が選ばれ3つのテントで競い合いました。

 こんなふうに、人種や性別に関係なく、才能があればチャンスをくれるのがアメリカです。でもその分、厳しさもハンパではなかった。みんながライバルなのです。仕事上は自分の事しか見えない! そうでないと生きていけないのがニューヨークです。

 たとえば、ニューヨークでは日本のように、仕事仲間で仲良く飲みに行くようなことはほとんどありません。私の会社でもそうでした。たまたま私が雇用関係を結んだだけで、社員たちは世界で活躍するデザイナーやメイクアップアーティストを夢見て、ニューヨークへやって来ている。

 ミス・アケミとは呼ぶけれど日本のような師弟関係はない。スタッフというより、「ここまでやってくれれば良しとしよう」と割り切って付き合っていました。

 日本に帰国した今、若いスタッフや親しい生徒等と飲みに行くようになって、「これも楽しいな」と初めて思ったぐらいに、アメリカではそういうことはありませんでした。

 みんながライバルという社会だからこそ、アメリカでは家族を大切にするのです。

 私にとっては、後に夫となる米国人弁護士のロイだけが支えでした(彼は4年前に亡くなってしまいました…)。

 読者の中で、夢に向かって頑張ろうという女性がいれば、そしてパートナーがいれば、その人をとことん大切にしたほうがいいと感じます。2人の人生だから…。

 私は目標があれば無理難題、何でもやった。ドブに手を突っ込む覚悟だってあった。壁があれば空を飛んでも穴を掘っても突き進めばいい。徹夜もあたり前。それでも「孤独ではない!」と思えたのは私のそばには常にロイがいたからです。

◆トランプタワーに住んだわけ

 ロイには目標がありました。弁護士として成功して、ドナルド・トランプ氏が68階に住んでいる「トランプタワーで生活する」という夢。トランプタワーはニューヨークの五番街に立つ高さ202mのビルで、入居審査がとても厳格です。プライベートバンクに3ミリオン(約3億円)以上の預金が必要で、後ろ盾となるニューヨークの権力者も必要です。

 ロイは刑事事件の弁護士。その頃は金銭的には私の方が裕福でした。彼の夢を叶えたい――あらゆるルートで交渉した結果、1992年、ついにトランプタワーでロイとの新しい生活が始まりした。

 そこには映画監督のスティーブン・スピルバーグも住んでいましたし、私の両隣はジャネット・ジャクソンとサラ・ブライトマン。有名人が多かったのは、犯罪者やパパラッチ、熱狂的なグルーピーから守るセキュリティが有名だったことも理由です。

◆マイケル・ジャクソンとの出会い

 トランプタワーには3年住みましたが、運命的な出会いもありました。

 普段だと居住者専用の入り口にはリムジンが並んでいるのですが、94年のある日、帰宅すると一台だけボロボロの黒いワゴン車が停車している。そこから、人目を忍んでトランプタワーの中にすっと入っていく人がいました。

 ドアの前には警備員がいます。人が一人通れるだけの小さなドアを抜けると、コンシェルジュの奥に居住者用のエレベーターが4基あって各々にエレベーターボーイがいる。深夜で混む時間帯でもないのに行列が出来ていたのですが、親しかったボーイが「アケミ、Come Come!」と声を掛けて来た。