米国に余裕を誇示する北朝鮮の意図は?

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 北朝鮮が7月4日、アメリカ本土も射程に収める大陸間弾道ミサイル(ICBM)の発射実験に成功したと発表したことで、北朝鮮はついに「レッドライン」を越えたという見方がある。いよいよトランプ大統領の堪忍袋の緒も切れて、軍事衝突に発展してしまうのか。朝鮮半島問題研究家の宮田敦司氏がレポートする。

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 マティス米国務長官は7月6日の記者会見で、北朝鮮はレッドラインを越えたのではとの質問に、「レッドラインは引かない」と述べている。この発言は、「レッドライン」を引くに引けないアメリカが置かれた現実を如実に示している。

 アメリカが北朝鮮を攻撃する場合、700か所にのぼる軍事施設が目標となるという見方がある。この数字が正しいとすれば、攻撃に使用される巡航ミサイル「トマホーク」は膨大な数となる。

 2017年4月6日に実行されたシリア攻撃では、1か所の空軍基地(シャイラト空軍基地)を使用不能にするために59発ものトマホークで攻撃している。このように、ひとつの目標に対してトマホーク1発というわけにはいかない。

 アメリカ軍は北朝鮮軍の反撃を阻止するため、第一波の攻撃(最初の一撃)で、弾道ミサイル基地、長射程砲陣地、航空基地など、北朝鮮軍が保有する全ての反撃手段を破壊する必要がある。

 したがって、アメリカは海軍が保有している約3000発ともいわれるトマホークをすべて投入する必要がある。もちろん、空軍が保有する巡航ミサイルや、戦略爆撃機、ステルス戦闘機、無人機などによる攻撃も行われるだろうが、緒戦の攻撃の主力はトマホークとなるだろう。

 アメリカ海軍が保有するすべてのトマホークを投入するためには、大西洋や中東、地中海など他の海域に配備されているトマホークを搭載した水上艦と潜水艦を、トマホークの射程距離である3000km以内の海域に移動させる必要がある。しかし、本来の担当海域に戦力の空白が生ずることを考慮すると、投入可能なトマホークの数にも限度があるだろう。

 仮にすべてのトマホークを投入できたとしても、トマホークは移動する目標には使用できない。このため、移動式発射機(輸送起立発射機:TEL)に搭載された弾道ミサイルなどは生き残ることになり、これらが日本や韓国に向けて発射されることになる。

 アメリカ軍は大規模かつ完璧な奇襲攻撃を成功させる必要がある。このためアメリカ軍は行動を完全に秘匿しなければならない。したがって、アメリカ政府がマスコミへ事前に攻撃計画を公表することはない。もし、アメリカ軍の主要艦艇や航空機の動向や攻撃計画がマスコミにスクープされてしまったら、計画を変更せざるを得なくなるだろう。

◆ミサイル防衛の信頼性

 海上自衛隊のイージス艦に搭載されている弾道ミサイル迎撃用ミサイルであるSM-3や、地上に配備されている航空自衛隊のPAC-3は、かなり高い精度で北朝鮮の弾道ミサイルを破壊することが可能である。

 しかし、低い高度を飛行するディプレスト軌道で発射された場合や、一度に大量のミサイルを発射する飽和攻撃に対応できない可能性があるなど、北朝鮮側がミサイル防衛の盲点を突いてきた場合は対応できない可能性がある。

 SM-3に関しては、海上自衛隊のイージス艦に搭載されているSM-3の数は防衛秘密となっているが、アメリカ海軍が1隻あたり8発を搭載しているため、海自も同様であると思われる。

 海自は6隻のイージス艦を保有しているが、そのうちの4隻にSM-3が搭載されている。このため、(現実には4隻全てを常時即応体制にすることは困難だが)単純計算で4隻合わせて32発となる。

 このように発射可能なSM-3が限定されているため、破壊できなかった弾道ミサイルは空自のPAC-3で対処することになる。しかし、PAC-3で迎撃可能な範囲は数十キロであるうえ配備数も多くはない。このため、防衛できるのは大都市や重要施設に限定される。

 もちろん有事となれば、アメリカ海軍のイージス艦も対応することになるため、発射可能なSM-3の数は32発以上となるだろう。しかし、SM-3やPAC-3の数や能力とは別に、次のような問題がある。

◆アメリカが攻撃できない理由

 筆者は将来にわたりアメリカは北朝鮮を攻撃できないと考えている。アメリカが北朝鮮を攻撃する場合、北朝鮮軍が反撃(報復攻撃)として日本や韓国を攻撃しないという確証を得る必要があるためである。

 しかし、このような確証を得ることは困難であるため、限定された目標をピンポイント攻撃する「サージカル・ストライク」を含む、攻撃の規模にかかわらず、次の3つの条件が揃うことが必要になる。

(1)日本の領土がミサイルなどによる攻撃を受けることを日本の総理大臣が容認する。
(2)韓国の領土がミサイル、長射程砲、多連装ロケットなどによる攻撃を受けることを韓国の大統領が容認する。
(3)アメリカ軍の攻撃により金正恩体制が崩壊した後の新体制について、アメリカと中国の間で合意が成立している。

(3)については、中国はアメリカ軍との緩衝地帯としての朝鮮半島の北半分の地域を必要としているためである。また、韓国主導による「統一朝鮮」の誕生は、経済格差の大きさなどから現実的ではない。統一するとしても、かなりの年月と費用を「統一準備」に費やす必要がある。

 日本の総理大臣には、ミサイル防衛の限界など、様々な状況を考慮したうえでの判断が求められる。最後は兵器の技術ではなく政治の判断となる。極論かもしれないが、アメリカ本土の防衛のためなら、日本国民の生命と財産が犠牲になることも厭わないという判断が求められるだろう。

 1950年に勃発した朝鮮戦争が「終戦」ではなく現在も「休戦」となっているのは、アメリカと北朝鮮、そして中国との間で、このような外交でも軍事でも解決できない問題が常に存在しているからである。

◆北朝鮮の弱点

 しかし、北朝鮮にも弱点はある。それは、国民統制の崩壊と治安の悪化に歯止めがかからない国内情勢である。北朝鮮の朝鮮労働党機関紙『労働新聞』の最終面は「国際面」となっており、日本を含む外国で行われたデモや抗議集会の写真が掲載されることがある。これは、いかに世界の多くの国で民衆が「虐げられ」「抑圧」されているかを報道することで、北朝鮮国民が「恵まれている」ことを国民に宣伝するためである。

 2015年9月に日本で安全保障関連法が成立したわけだが、これに関連する記事や集会の様子の写真も掲載された。日本ではSEALDsをはじめとする若者による抗議行動が話題になったが、『労働新聞』には若者が参加している写真は全く掲載されていない。

『労働新聞』には、2015年7月から9月の間に安全保障関連法に反対する集会の写真が13 回掲載されたが、若者の姿は全くなく、映っているのは中高年の人々ばかりであった。これは日本だけでなく他の国の集会やデモの写真も同様で、若者は映っていないか不鮮明な写真が使用されている。

 このような措置は、金正恩体制に不満を持つ北朝鮮の若者が、外国の若者の抗議行動に触発されることを警戒しているためであろう。

 金正恩は反体制グループの存在を認識している。治安が急速に悪化していることは、2000年以降、刑法を20回にわたり改正し、新たな犯罪の追加と厳罰化が行われていることからも裏付けられる。とくに若者の凶悪犯罪が増加していることが治安機関の懸案事項となっている。

◆「余裕」を誇示する北朝鮮

 アメリカは朝鮮戦争休戦以降、空母や戦略爆撃機を用いた軍事的圧力だけでなく、核兵器の使用を検討したこともあった。空母2隻が日本海に派遣された今年4月の「危機」は、過去の事例と比較してみると、それほど深刻な「危機」ではなかったとえる。

 トランプ政権は今後も北朝鮮に対して強硬発言を続けるかもしれないが、空母や戦略爆撃機を投入しての「圧力」の域を出ることはない。

 トランプ政権は北朝鮮に対する「戦略的忍耐の時代」は終わったとしている。しかし、南シナ海では中国と対立しているにもかかわらず、北朝鮮に関しては中国を頼りにするしかないという矛盾した現実を考慮すると、トランプ政権は「戦略的忍耐」を続けるか、北朝鮮が望む米朝直接対話へと舵を切らざるを得なくなるだろう。

 北朝鮮では昨年に引き続き、今年9月にも「元山国際航空親善フェスティバル」の開催が予定されている。北朝鮮軍の航空機も多数参加する、旧式の軍用機ファンにとってはたまらないイベントだが、金正恩が視察する軍事演習だけでも貴重なはずの航空燃料を大量に使用しているにもかかわらず、このような外国人向けのイベントの2年連続の開催は、北朝鮮の「余裕」を誇示するものであり、アメリカをあざ笑っているように思えてならない。