政局関連など、猫の目のようにクルクル変化するものの、率直に言って残る価値がほとんどない話題があまりにも多いので、それらに背を向け、最先端でありながら長く残る価値ある話題を取り上げましょう。

 7月11日、国立情報通信研究機構(NICT)から、超小型衛星による量子情報通信の実験に成功したという発表がありました。

 「量子情報通信」あるいは「量子コンピューター」「量子暗号」など量子と名のつく先端の話題がしばしば報道されますが、基礎を理解するのは必ずしも容易でなく、何が本質的に新しいのか、あるいは強力なのか、ピンとこないことも少なくないように見受けます。

 余談ですが17年ほど前、私は東京大学工学部で原子力工学科の3年生に「量子物性」を教える学内非常勤を担当させられました。

 これを教えなさい、ともらったカリキュラムには「結晶学」「逆格子ベクトル」「ミラー指数」などの言葉が並んでいるのですが、学生は3年生の前期、私自身は物理学科の4年前期でこれらを学び、3年はその基礎の基礎、質点と場の量子力学を一年かけて演習した後、初めて触れた話題でしたので、原子力の3年生がとても理解できるとは思えません。

 初回に教室で挙手してもらったところ、量子力学はもちろん、その基礎となるフーリエ解析という数学も未修と分かり、そこから始めた経験があります。

 このコラムでは、そのような基礎に踏み込むつもりはなく、今回も多くの専門用語はほとんど天下りに近い形に留めて記しますが、反響をみて次回以降補うことを考えたいと思います。

 まず新規性のポイント、基幹競争力=コア・コンピタンスたるゆえんに触れつつ、何が新しいのか、どういう可能性があるのか、また日本はどういうイノベーション戦略を持てるか、といった切り口から、ざっくり素描してみたいと思います。

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「量子通信」の交通整理

 最初に言葉の整理から始めたいと思います。先ほどのNICTの研究発表をNHKが報道していました。ここでは「量子通信」という言葉が使われています。どうやら予算獲得などに便利で使われるようになった単語のようですが、あまり感心しません。

 理由は混乱を招きやすいからです。量子通信(Quantum communication)という言葉だけで正確に特定の技術を指すのは困難で、せっかくの新技術の美点が分からなくなったらもったいないでしょう。

 大学や研究所では量子情報通信(Quantum information communication)という言葉で関連の話題を大ぐくりにしますが「量子暗号(Quantum Cryptography)」を用いた通信、今回のように「量子もつれ(Quantum entanglement)」や「量子テレポーテーション(Quantum teleportation)」を用いた通信、さらにはそれらを合わせた複合技術など、様々な可能性があります。

 「量子力学」は、極微の世界で物質が「粒子」の性質と「波」の性質を持つことを明らかにしました。光や電子は粒として1個、2個と数えられますが、波の性質も持つため干渉や回折が可能です。

 常識を裏切る不思議な物理のシステムに、不用意な言葉で話しても、本当に画期的なのは何なのか分からなくなりかねません。光ファイバーなどを用いた「量子暗号」の議論と、衛星を用い宇宙空間でレーザービームを送受信して行う「量子もつれ」実験は別の話で、ごっちゃにしても単につまらないだけです。

 ビリヤードの球のような古典的な粒子は、水面を伝わる波のように艀の裏側に回り込んだりできませんが、量子力学に従う対象では、私たちの常識的ではパラドクスとしか言いようのない現象が起きます。

 「量子もつれ」とは古典的には複数の異なる状態がもつれ合ったような物理系、「量子テレポーテーション」はそんなパラドクス的な状態を逆用して、かつてSFが描いてきた「テレポーテーション」瞬間移動のように量子状態を情報伝達するテクノロジーで、後述するようにその確立には若い日本人が決定的に貢献しています。

 先月、中国科学技術大学を中心とするチームが衛星を用いた「量子通信」に成功した、というニュースがもたらされました(サイエンス6月15日付=http://www.sciencemag.org/news/2017/06/china-s-quantum-satellite-achieves-spooky-action-record-distance)。

 ちなみにこれについて「米国をしのぐ技術で中国の脅威」うんぬんといった日本語の記事も複数目にしたのですが、物理を理解しているようには思われません。株価や軍事に話を飛ばすのは結構ですが、地に足がついているようには見えませんでした。

 中国チームの仕事は。衛星に積んだレーザーから、「量子力学的ペア」の光を中国の地上1200キロ離れた2つの基地に送って、それらの間での「量子もつれ配信」(EPR correlation 解説は例えばこちらなど参照 =https://plato.stanford.edu/entries/qt-epr/ )の検出に成功した、というもので、中国の衛星は600キログラムの大型衛星、これはこれで物理として立派な業績で、興味深い内容です。

 これに対して、日本が今回成功したのは、高度600キロの上空にある衛星と地上、東京都小金井市にある地上局の間で、光子1個1個のレベルにメッセージ情報を載せて通信、その送受信と解読に成功したというもので、NICTから解説の動画(参考=https://www.youtube.com/watch?v=pyLrVaubm90&feature=youtu.be)も公表されていました。

 簡単に整理すると、以下のような点が大きく優れています。

1 レーザー光の2つの偏光状態に0と1のビット情報を載せ、毎秒1000万ビット=10メガビット/秒 10mbps = 通常の商用にも堪えるビットレートで送受信、1パルスあたり0.1光子程度という極めて微弱なエネルギーでもきちんと通信できる、衛星と地上局の同期技術開発に世界で初めて成功した。

2 この実験に成功した衛星「SOCRATES」は重量わずか50キロ、一辺50センチの立方体で、極めて小さく軽く、それを受けた地上のアンテナも口径1メートルの望遠鏡で受信して復号に成功、当然ながら打ち上げコストやその頻度なども大型と大きく異なり、ビジネス応用への展望など、他の研究と一線を画する水準にある。

 後述するように、こうした技術の確固たる基礎は、実は現在も日本で日本人がゼロから開発を牽引している面があります。

 確かに中国やシンガポールの先端科学技術の進展は著しく、産業応用や市場シェアといった観点からは、予断を許さないでしょう。

 しかしこの30数年、数物系が中心ですが、いわゆる最先端の手仕事がどのように進んでいるか、自分自身も手を動かし、また多くの分野を間近に見てきた観点から、フロンティア開拓の技術ポテンシャルにおいて、日本はまだまだ十分な底力と勝機をたくさん持っています。

 問題は、政府を筆頭に先端科学技術をまじめに考えない体制、もっと言ってしまうなら、仮に「国家戦略」などと言いながら、いつのまにか地域振興の話に全部ずれても誰も気がつかない状態でしょう。

 結局道路や建設、防衛予算や医療費などが圧迫して、ほぼ日本に残された唯一の「力」の可能性、科学や技術、より広くは学芸に全く重きを置かない、置けない、置くだけの思考力や理解力があるのか疑われる、まつりごとの品位が最大のリスクであるように思われます。

 ことこうした「量子力学的情報通信」に関しては、日本には若い世代にも世界のパイオニアが輩出しており、きちんと伸ばして世界のイニシアティブを取り続けていくことこそ、本当に求められる基本姿勢と思います。

地道にやってる人が報われる:日本人よ元気を出そう!

 私が大学で物理を学んでいた1980〜90年代は、いま上に挙げたような物理の基礎がいまだ確立されず大きく揺らぎ始めていた時期でした。

 実は大学院生時代、研究室で与えられたテーマと別に、JBpressでも「人類が大捜索! 『地球外生命』発見計画が発動へ」など人気コラムを連載している小谷太郎君や東京理科大学の斎藤智彦君などと「量子力学の観測問題」と呼ばれる、古くて新しいトピックスの勉強会を開いていました。

 そこでは先ほど「量子もつれ」でチラと触れたEPR相関に相当するものは「アインシュタイン・ポドルスキー・ローゼンのパラドクス」と呼ばれており、すでに実験も進んでいましたが、まだなお思弁的な要素も強かったのです。

 こうした問題にはっきりとした白黒をつけたパイオニアの1人は実は日本人です。東京大学工学部の古澤明さんは、世界で初めて「量子テレポーテーション」の現象を安定して再現、今日の「量子もつれ」さらには「量子情報通信」の飛躍へ、人類と世界の扉を大きく開きました。

 現在、古澤先生は東京大学工学部物理工学科で研究室を率いておられますが、決して象牙の塔の孤高の人というタイプではありません。

 直接面識もなく、数学年先輩に当たられますが、物理工学で修士まで修了されると、ニコンに就職して光メモリーの研究開発に従事されました。

 35歳の1996年に米カリフォルニア工科大学に留学、この地で、それまで経験がなく、独学で努力してこられた量子光学の中でも、最も基本的な問題である「量子テレポーテーション」実現に挑み、2年後の98年に成功、ときに37歳。

 決して早い成功ではなく、むしろ地道にやってきた人が、大きくジャンプして成功したと言うべきだと思います。

 ただ、そのジャンプ台が日本ではなく、米国だった。この問題は、現在でも基本、あまり解決されていないのが、大学としては大問題です。

 古澤さんは帰国後の2000年に東京大学に招聘されます。メーカで培ったプロとしての地道な積み重ねで、それまで存在も確認されず「パラドクス」と呼ばれていたような「テレポーテーション現象」をワンチップのデバイスにまで洗練、完全に世界のトップを牽引するチームを率いておられます。

 10年前、日経ビジネスで「日本にノーベル賞が来る理由」という連載を書き、新書になったりして一時は「ノーベル賞予想屋」的な電話に悩まされ、逃げ回った時期がありましたが。

 あえて「量子テレポーテーション」に関して言えば、健康でさえあればアントン・ツァイリンガー、ジェフ・キンベと古澤明さんの3者にノーベル物理学賞がいつ来ても不思議ではないと思います。

 失われた10年、あるいはリーマンショック以降など、日本の若い人が悲観しそうなキーワードや見出しは少なくありませんが、そんなことはないと思います。

 元来、日本人は努力家で、緻密で粘り強く、地道に積み上げた足腰で大きなジャンプをいくつも経験してきました。40代、50代以下の日本人にも世界を牽引する大業績のある人はたくさんいます。

 とりわけ若い人に、希望を持って地道な努力と果敢なチャレンジが大きく実を結ぶ学術行政であるように、と願ってやみません。

(つづく)

筆者:伊東 乾