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まずクシュナー、上下両院情報特別委の公聴会へ

 ドナルド・トランプ米大統領は就任から半年となったが、選挙中に公約したアジェンダで実現したのは環太平洋経済提携協定(TPP)と地球温暖化防止の「パリ協定」からの脱退のみ。

 医療保険制度(オバマケア)の見直し、中東諸国から渡航者入国禁止、メキシコ国境壁建設などは議会・裁判所の反対で大きな壁にぶつかっている。問題は、それだけではない。

 選挙中からのトランプ陣営とロシアとの関係をめぐって生じている暗雲が「トランプ・ホワイトハウス」の上に立ち込めているからだ。ロバート・モラー特別検察官による捜査も現在進行中だ。議会各委員会の真相究明も本格化している。

 米議会は7月24日には「ロシアゲート」疑惑の渦中の人、娘婿のジャレド・クシュナー大統領上級顧問、26日には長男のドナルド・トランプ・ジュニアらを召喚する。ジュニアはその後、先送りを申し出、公聴会出席は先延ばしされた。

 その中で、大統領側近で唯一「ロシアゲート」疑惑に全く関与していないとされる人物がいる。首席戦略官のスティーブ・バノン氏(63)だ。

 その無精でだらしない怪異的(?)風貌とも相まってバノン氏は、「ホワイトハウスの怪僧ラスプーチン」とも呼ばれている。ラスプーチンとは、ロマノフ王朝を操り、滅ぼしたロシアの神秘主義的修道士だ。

トランプとバノンが交わした「悪魔の契約」

Devil's Bargain: Steve Bannon, Donald Trump, and the Storming of the Presidency by Joshua Green Penguin Press, 2017


 そのバノン氏とトランプ大統領との「共生関係」を内幕的エピソードをふんだんに盛り込んで描いた本が出た。

 "Devil's Bargain: Steve Bannon, Donald Trump, and the Storming of the Presidency" (悪魔の契約:バノンとトランプ、そして暴風吹き荒れるホワイトハウス)

 著者は、「プルムバーグ・ビジネスウィーク」のベテラン政治記者、ジョシュア・グリーン氏。これまで「ボストン・グローブ」「ワシントン・マンスリー」「アトランティック誌」などの編集デスクやコラムニストを歴任してきた。

 グリーン氏は、バノン氏がトランプ陣営に参加する前から面識があり、何度かインタビューもしてきた。政権入り後もマスコミ嫌いなバノン氏が心を許す数少ないジャーナリストの1人だ。

「バノンなかりせばトランプ大統領なし」

 バノン氏がトランプ氏と知り合ったのは、トランプ氏が大統領選立候補宣言をした2015年6月より1か月前の5月だった。トランプ選挙対策本部長として陣営に参加したのは、その3か月後の8月だった。

 グリーン氏は、2人の関係についてこう指摘している。

 「カール・ロブ(のちの大統領次席補佐官)がジョージ・W・ブッシュ(のちの第43代大統領)をテキサス州オースチンからホワイトハウスにまで引っ張り出したように、バノンはトランプを大統領にさせたわけではない」

 「だが、バノンがいなければ、おそらくトランプは大統領にはなれなかった」

 ロブ氏は確かにブッシュ氏を大統領にするためにありとあらゆる「教育」を施し、選挙中はつきっきりで「指導」に当たった。つまり「生みの親」だった。

 これに対してバノン氏は、トランプ氏がすでに大統領候補として動き出し、苦戦を強いられている最中に陣営に加わった。大統領になるための指南役ではなかった。

 しかしトランプ氏にとってバノン氏は、ずっと前から気になる存在だった。

 「2015年5月、サウスカロライナ州で保守派が集まって『サウスカロライナ・フリーダム・サミット』が開かれていた。むろんトランプ氏は顔を出していた」

 「トランプ氏は会場に着くいなや、『バノンはどこにいる』『スティーブは来てるか』とスティーブを探し回った。バノンに会うためにこの会合に出たといっても過言ではなかった」

 当時、バノン氏は保守派オンライン・メディアの「ブライトバート・ニューズ」の編集主幹。バラク・オバマ政権批判の急先鋒だった。大統領選出馬を決めていたトランプ氏は毎日バノン氏が発信する論評を目を皿のようにして読んでいた。

 「トランプは、自らの考え方を理路整然と説くバノンに畏敬の念すら持っていた。2人は、米国内に(オバマ政権下での)今の状態への不満とヒラリー・クリントン(民主党大統領候補)に対する根深い敵意が渦巻いていることを直感していた」

 「また2人は、白人ブルーカラー層の間に反移民、反イスラム教、反リベラルを毛嫌いするうねりのようなものを感じ取っていた。2人が考えついた『アメリカ・ファースト』(米国第一主義)というメタファーはスローガンとなり、トランプのキャンペーンは、主義・主張を掲げた運動となった」

 2人は対等の立場で、米国が置かれている現状について共通の認識を分かち合っていたのだ。2人は、出自や人生体験や知的水準の違いを飛び越えて、瞬時に合体した。

 「トランプとバノンの出自は対照的だった。トランプはニューヨーク・クィーンズ生まれ、育ちの不動産経営の地元実力者。バノンはバージニア州リッチモンドのカトリック教徒の労働者の息子」

 「トランプは兵役についたことはない。バノンは海軍に志願し、数年軍隊生活を送っている。バノンは知的好奇心が強く、伝統や古来の流儀を学ぼうとした。一方、トランプは政治哲学などは全く興味なし」

 「バノンはその後『アイコノクラスト』(因習打破主義者)となり、『リボリューショナリィ』(既成体制打破主義者)となるが、トランプは『資本家的野蛮人』(the moneyed vandal)の道をひた走った」

 それなのに合体した理由は、ただ1つ、「ヒラリーを大統領にしてはならない」という「悪魔の契約」にあったのである。

プーチンの懐刀・ドゥ―ギンは「心の友」

 グリーン氏は、かって論考の中で「バノンという男はアメリカにおける最も危険な政治活動家だ」と評したことがある。本書ではその理由について、次のように説明している。

 「バノンがポピュリストでナショナリストであることは分かるのだが、それでは何を信じているのか、分かりずらい。その理由は、彼がまさにラスプーチンのように唯心論者、降霊術者(Spiritualist)だからだ」

 「バノンがその政治思想で最も影響を受けているのはルネ・ゲノン(仏思想家)だ。特にその著書『現代世界の危機』に陶酔している。ゲノンは『近代の逸脱の起源は1314年のテンプル騎士団の崩壊にある』と説いている」

 「この本は奇しくも、ウラジミール・プーチン露大統領のブレーンであるロシア人哲学者、アレクサンドル・ドゥーギンの愛読書でもある。そのドゥ―ギンはバノンのことを『イデオロギー上の心の友』(ソールメイト)と呼んでいる」

 こう見てくると、バノン氏は今回の「ロシアゲート」疑惑に無関係だが、<西欧白人文明が崩壊の一途を辿る中で、白人はその精神的な諸伝統を一致大同団結して戦わねばならない。という点では、プーチン大統領の懐刀と一脈通じ合っていることになるわけだ。

 グリーン氏はこう分析している。

 「バノンの世界観は、今我々は西欧文明の危機的後退の中で文化的崩壊と伝統喪失という暗黒時代に生きているというものだ。ここから脱却することが人類にとっての最優先議題なのだ、とバノンは信じている」

 「だが、そのバノンの哲学は、政権を取った今、トランプの薄っぺらな1960年代への回帰を夢見るノスタルジックな願望と見事なほどごちゃ混ぜになってしまった」

 これこそが「知識人バノン」氏が抱える最大の悩みなのかもしれない。しかも就任以後も続くトランプ大統領の一貫性のない政策と矜持なき言動で不安定な政権運営が続いている。崇高な世界観など考える暇も余裕もなくなってきている。

バノンに課せられた特務「モラー追い落とし」

 本書を出版後、ラジオのインタビューで、グリーン氏はバノン氏が今置かれている状況についてこう述べている。

 「シェイクスピア的な悲劇が起っている。バノンは最終的には自らの考えを政治に実現させ得る『器』(大統領)を手中に収めた」

 「だが、その『器』はバノンが考えていることに関心もなければ、大統領として必要とされる基本的要素、例えば政策実施の手段も自らをコントロールする自制心・克己心もないことにバノンは気づいてしまったのである」

 グリーン氏によると、目下の首席戦略官としてのバノン氏の最重要課題は、「ロシアゲート」疑惑に関する捜査を続けるモラー特別検察官対策だという。「ロシアゲート」疑惑捜査にダメージを与え、中止されるためには同特別検察官の弱点、醜聞をあぶり出し、失墜させること。

 もう1つは、ニューヨーク・タイムズをはじめとする主要メディアの「ロシアゲート」報道の信憑性を世間に知らしめる「フェイクニュース作戦」だ。

 発信されるニュースが根も葉もない憶測に過ぎないことを明らかにし、片っ端から撃破すること、だという。「ロシアゲート」疑惑とは一切関わりも持たないバノン氏だからできる「特務」と言える。

筆者:高濱 賛