金正恩政権の未来は米中露「新ヤルタ会談」で決まる

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「大国の暴走」が止まらない

日本はまるで、国民全体がヒステリー状態に陥ったかのように、「加計問題」と「日報問題」に揺れている。だが、2017年夏の世界は、「井の中の蛙」の日本とはまったく別のところで、大転換を迎えようとしている。「大国の暴走」が止まらなくなってきたからだ。

そんな中、本日、新著『大国の暴走』(講談社)を上梓した。私にとって、アジア関連著書24冊目にして初の対談(鼎談)本である。テレビのトランプ政権分析でおなじみの渡部恒雄氏(笹川平和財団特任研究員)、同じく日本でプーチン政権研究の第一人者である小泉悠氏(未来工学研究所特別研究員)と、3人で徹底的に世界の現状と近未来について語り明かしたものだ。

今回の新著について、私が構想したのは「新ヤルタ会談」だった。

第2次世界大戦末期の1945年2月4日から11日、ソ連クリミア自治共和国のヤルタに、ルーズベルト(米国大統領)、チャーチル(英国首相)、スターリン(ソ連書記長)の「3巨頭」が参集し、戦後の世界秩序の基本枠組みを取り決めた。それからちょうど半年後に戦争は終結した。

1945年以降の戦後世界は、米ソの冷戦時代になり、1975年に西側諸国がG7(先進国サミット)を立ち上げ、1991年にソ連が崩壊したことでアメリカ一強体制となった。21世紀に入ると、2008年のリーマン・ショックを契機に、先進国の相対的パワーが衰え、G20(主要国・地域サミット)を発足させた。翌年にはBRICS(新興5ヵ国)が誕生した。

ところが、今年1月20日にアメリカでトランプ政権が始動したことによって、世界は再び未知なる航海へと向かおうとしている。そのカギを握るのが、トランプ大統領、習近平主席、プーチン大統領の「3巨頭」なのである。

この「3巨頭」は、昨年末に米誌『フォーブス』が発表した「世界で最も影響力のある人物」ランキングで、それぞれ2位、4位、1位となっている(安倍晋三首相は37位)。今年以降数年は、おそらくトップ3を独占しつづけることだろう。

そこで、トランプ政権発足からちょうど半年を経たいま、この「3巨頭」が一堂に会したなら、どんな話になるだろうかという設定で鼎談したのが、この本である。

もとより、われわれ3人がそれぞれ、日々米中露を研究しているからといって、「3巨頭」に成りきれるわけではない。そこで、トランプ、習近平、プーチンという「3巨頭」がいま何を考え、世界をどう導こうとしているかについて、3ヵ国の立場から徹底討論したのである。

北朝鮮空爆のメリット・デメリット

話は、喫緊の課題である北朝鮮の核・ミサイル開発問題から、シリア問題、BrexitとEU、台湾問題まで、多岐にわたった。もちろん、アジアの諸問題には日本の国益も直結してくる。

実際、私はこの「3巨頭」が近未来に「新ヤルタ会談」を行う可能性が高いのではないかと見ている。アジアに関して言えば、短期的には北朝鮮問題について、中長期的には台湾問題についてである。特に北朝鮮問題に関しては、早ければ9月下旬の国連総会の時期に開くのではないか。

先日、7月7日、8日に開かれたハンブルクG20の席で、トランプ大統領とプーチン大統領の米露首脳会談が、2回にわたって行われた。一度目は、先週のこのコラムで記したように、7日午後のG20首脳会談の最中に、米露両首脳が抜け駆けしたのだ。当初、30分の予定だった米露首脳会談は、結局2時間16分の長きにわたった。

だが米露両首脳は、翌8日のG20首脳ランチミーティングの時にも、再び抜け駆けして、ロシア側の通訳だけを入れて2度目の首脳会談を開いていたことが発覚した。最初にこの事実を報じたのは、米コンサルティング会社ユーラシア・グループのイアン・ブレマー代表である。その後の米各メディアの後追い報道によれば、2度目の会談は約1時間に及んだという。

米ロ両首脳がこれほど根詰めて話すことと言えば、考えられる議題は3つしかない。ワシントン政界を揺るがしているロシアゲート問題、IS亡き後のシリア・中東問題、そして7月4日についにICBM(大陸間弾道ミサイル)の発射実験を強行した北朝鮮の問題である。

そのうち北朝鮮問題に関して、ある日本政府高官は、次のように証言する。

「ハンブルクでトランプ大統領がプーチン大統領に、『アメリカは近々、北朝鮮を空爆する決意なので協力してほしい』と要請したようなのだ。もしこれが現実のものとなれば、今年後半のアジアは大変なことになる。まさに21世紀のキューバ危機の到来だ」

〔PHOTO〕gettyimages

なぜトランプ大統領が北朝鮮空爆にこだわるのかと言えば、それは彼の立場に立って考えてみると分かりやすい。アメリカ軍による北朝鮮空爆は、トランプ政権にいくつもの恩恵をもたらすのだ。

まず、ロシアに協力してもらう口実ができるため、トランプ大統領を悩ますロシアゲート問題が雲散霧消する。次に、アメリカ本土への攻撃をたくらむ悪の枢軸を叩くという大義名分が立つため、一気呵成にアメリカ国内でのトランプ政権の支持率回復が見込める。さらに、軍需産業の雇用促進にもつながり、広い意味での軍関係者たちの支持が期待できる。アメリカ軍は、ISが弱体化したことで、新たな敵を物色中なのだ。

つまり、トランプ大統領にとって、この半年間の失政を一気に返上してくれるのが、北朝鮮空爆というオプションなのである。

逆に北朝鮮を叩くデメリットは、言うまでもなく東アジアが大混乱に陥ることだ。特に北朝鮮の猛反撃が予想されるため、韓国が火の海となるリスクが高まる。

1994年の第1次北朝鮮核危機の際、当時のアメリカ軍が算出したシナリオによれば、米朝開戦から90日間で、韓国の民間人約100万人が犠牲になるという。このシナリオは、北朝鮮のミサイルがまだ未熟だった23年前のものだ。現時点では各種ミサイルに加えて核兵器も配備している可能性を考えれば、韓国全土に甚大な被害を及ぼすことが予想されるのである。

そもそも、北朝鮮の「後見人」的存在である中国が、アメリカ軍による空爆など許すのかという問題がある。そこで、北朝鮮空爆の前には必ず、「3巨頭」による「新ヤルタ会談」が開かれるはずなのである。

習近平の「頭の中」

思えば、先週のこのコラムで示したように、7月8日午後、ハンブルクG20首脳会議の終了後に開かれたトランプ大統領と習近平主席による米中首脳会談も、意味深なものだった。新華社通信は、「北朝鮮問題を巡って両首脳は、深く入って意見交換を行った」と報じただけだ。

中国側の報道で気になったのは、習近平主席がトランプ大統領に「両国の軍事交流を促進させよう」と、しきりに持ち掛けたことだ。

「両国の国防大臣の相互訪問を、一刻も早く行おう。まずは、アメリカの統合参謀議長の8月訪中を成功させよう。両軍の連合参謀部の初めての対話を、11月に実施しよう。中国海軍は、来年のリムパック(環太平洋合同演習)に必ず参加する……」

習近平主席は、帰国後も軍事関連の視察に余念がない。先週19日には、人民解放軍の総本山である北京の「八一大楼」に人民服を着て赴き、軍事科学院、国防大学、国防科学技術大学を再編する式典を行った。この3機関に絶対忠誠を誓わせる「軍旗の授与」を行った後、重々しい表情で訓示を垂れた。

「われわれが抱いている“中国の夢”とは、すなわち“強軍の夢”だ。党中央(習主席)に権威を集中させ、軍内部の改革を推進し、軍事教育の専門性を向上させ、質の高い軍人を養成する。そして世界一流の軍隊となるのだ!」

2日後の21日、習近平主席は「トップ7」(共産党中央政治局常務委員)を全員引き連れて、中国人民革命軍事博物館を訪れた。そこで、「光り輝く歴史を銘記し、強軍の偉業を開拓する――中国人民解放軍健軍90周年特別展」を参観したのだった。来たる8月1日は、人民解放軍の健軍90周年で、大規模な軍事演習を行うと伝えられる。

1000枚以上の写真と1300点余りの文物などを展示したこの特別展を観覧しながら、習近平主席は演説をぶった。

「この90年来、人民の軍隊は共産党の指導の下、切れ目ない勝利の道を歩んできた。民族の独立と人民の解放、国富の増強と人民の幸福に卓越した貢献をしてきた。

全戦闘員が中国の特色ある社会主義の道に揺るぎない自信を持ち、中華民族の偉大なる復興という中国の夢の実現に努力するのだ。そして世界一流の軍隊の構築に向けて、たゆまざる奮闘を続けるのだ!」

いくら5年に一度の共産党大会を今秋に控え、8月1日に健軍90周年を控えているからとはいえ、G20から帰国後の習近平主席は、アメリカによる北朝鮮空爆のことが頭から離れないのではないか。7月8日の米中首脳会談で、トランプ大統領は「先ほどプーチン大統領と話したら理解を示してくれた」などと、早期の空爆実施を習主席に持ちかけたに違いないからだ。

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実際、トランプ政権は、北朝鮮空爆に向けていると見られる動きを加速化させている。7月20日、CIAのポンペオ長官は、コロラド州で開かれた安全保障フォーラムで、金正恩委員長の排除を目指す可能性を示唆した。翌21日、国務省は「アメリカ国民の北朝鮮への渡航を禁止する」と発表した。トランプ大統領は同日、防衛産業の強化を目指す大統領令に署名した。

金正恩「苦衷の選択」

北朝鮮のこのところの動きも興味深い。

韓国の文在寅政権が7月17日、21日の南北軍事会談を北朝鮮に提案した。38度線付近での「敵対放送」などを中止しようというものだ。文政権は21日の会談を、南北和解に向けた第一歩と捉えていた。

これに対して北朝鮮には、3つの選択肢があった。第一に、敵対視政策を止めようとしている文在寅政権の話に乗って、会談に応じることだ。そうなれば、21日の南北軍事会談は、単に38度線付近での放送の問題にとどまらず、「10.4南北共同宣言」10周年に向けた様々な話し合いが持たれたことだろう。

第二の選択肢は、文在寅政権の提案を声高に拒否することである。その際には、いつものように「南の傀儡は……」と激烈な非難声明を発したことだろう。

だが、今回、北朝鮮が取ったのは、「無視する」という第三の選択肢だった。

いまの北朝鮮にしてみれば、米中露日韓という周辺5ヵ国の中で、信頼が置けるのは、かつて南北宥和に努めた金大中-盧武鉉ラインの延長にある韓国の文在寅政権しかない。だから本当なら、「同胞」である韓国を味方につけてアメリカを揺さぶりたいところである。

だが韓国は、周知のように北朝鮮と同胞でありながら、その一方でアメリカの同盟国でもある。トランプ政権が北朝鮮を空爆しようという時に、韓国が北朝鮮の味方につくとは、到底思えない。文在寅政権は、たとえ心情的にはそうあっても、トランプ政権に背中を引っぱられるに決まっているからだ。

それでも今後、事態がさらに切迫してきたら、北朝鮮としては文在寅政権の取り込みを図りたい。それで「無視する」という苦衷の選択に至ったのである。

米朝関係がこの先、緊迫していけば、文在寅大統領は北京に飛ぶだろう。2006年10月、北朝鮮が初めて核実験を行ったとき、当時の盧武鉉大統領はすぐに北京に飛んで、胡錦濤主席と善後策を話し合った。当時の外交スタッフがいまの「青瓦台」(韓国大統領府)を支配していることから見ても、文在寅・習近平会談が開かれることだろう。

危機はすぐそこに迫っている

再び中国の立場に戻ると、早ければ9月にも開かれる第19回共産党大会までは、北朝鮮有事など、絶対に起こって欲しくない。だが、共産党大会が無事終了し、「習近平超一強体制」が確立されれば、状況は一変する。

かつて毛沢東は、1949年に建国して権力を完全掌握した翌年、朝鮮戦争に打って出た。続く臂平も、1978年に権力を完全掌握した翌年、ベトナム戦争に打って出た。それにならえば、第19回共産党大会後の習近平も、かなり「好戦的」になることが予想されるのである。

習近平主席にとって、共産党大会後の5年間で最大の目標は、台湾の統一である。この大目標を前進させるためなら、トランプ政権に協力して金正恩体制を転覆させることなど厭わないだろう。習近平政権はこれまで、「朝鮮半島の安定」についてはことあるごとに強調しているが、「金正恩政権の安定」と言ったことは一度もないのだ。

近い将来、「3巨頭」による「新ヤルタ会談」が開かれる際には、金正恩政権転覆後の北朝鮮をどうするかについても話し合われるはずだ。一番可能性が高いのは、米中露3ヵ国の信託統治にすることだ。

1945年のヤルタ会談でも、日本の植民地支配から解放された朝鮮半島を、暫定的に連合国の信託統治にすることを決めている。だが、米ソが朝鮮半島の南北に、それぞれの衛星国家である韓国と北朝鮮を造り、1950年には朝鮮戦争に突入した――。

このように朝鮮半島における「大国の暴走」の危機は、すぐそこに迫っている。そんな時に、日本では、1大学の獣医学部を巡って政権が右往左往し、1枚の日報を巡って安全保障体制が揺らいでいる。

この日本の平和ボケ状態にはただ呆れるしかないが、やがてそのツケを払わされるのは、われわれ日本国民である。

本文でも書きましたが、2017年以降の世界の潮流は「大国の暴走」です。トランプ、習近平、プーチンの「3巨頭」は世界をどう変えようとしているのか。3人で徹底的に論じた新著です。どうぞご高覧ください。


【今週の東アジア関連推薦新刊図書】

『日米開戦へのスパイ』
著者=孫崎享
(祥伝社、税込み1,836円)

元外務省国際情報局長の孫崎享氏が展開する「孫崎史観」には、いつも目を見開かされるが、今度はあのゾルゲ事件について、「孫崎史観」を炸裂させた。「ゾルゲがモスクワに送った『日本はソ連を攻撃しない』という情報によってソ連は極東軍を西部戦線に移したという定説はウソである」「ゾルゲ事件は関係者を死刑にできるような大袈裟な事件ではなかった」……。
毎度のことだが、孫崎氏は膨大な資料を渉猟して論じるので、説得力に厚みがある。私もこれまで、かなりのゾルゲ関連本を読んできたが、「歴史は勝者が拵える」「死人に口なし」といった言葉を再認識した。