イスラム過激派組織「イスラム国(IS)」が「首都」と位置づけるシリア・ラッカ東部のメシュレブ地区で、ライフルの準備をするヤジディー教徒の戦闘員ヘザさん。イラク北東部シンジャル出身者でつくる「シェンガル女性部隊(YPS)」に加わっている(2017年7月18日撮影)。(c)AFP=時事/AFPBB News

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【AFP=時事】イスラム過激派組織「イスラム国(IS)」が「首都」と位置づけるシリア北部ラッカ(Raqa)の奪還作戦に、かつてISの性奴隷として同地に拘束されていたイラクの少数派ヤジディー(Yazidi)教徒の女性が戦闘員として加わっている。自身と数千人の同胞の身に降りかかった恐怖に復讐(ふくしゅう)するため、やっとの思いで逃げ出した場所に戻って来たのだ。

 ラッカでISと戦うことが、トラウマ(心の傷)の解消につながっているとヘザさんは言う。「戦闘に身を投じたとき、心の中の不安がいくらか薄れた」

「でも、すべての女性たちを解放するまでは、あふれんばかりの復讐心が消えることはない」

 ヘザさんは2014年、ISがイラク北部シンジャル(Sinjar)地区を制圧した際、2人の姉妹と共に拉致された。このとき、クルド語を話すヤジディー教徒の女性や少女ら数千人が連れ去られ、ISが「カリフ制国家」と称するシリアとイラクの支配地域で売り買いされた。ヘザさんの姉妹1人を含む約3000人が、今も捕らわれたままとみられる。

 国連(UN)は、ISがシンジャル襲撃時に行ったヤジディー教徒の虐殺を「ジェノサイド(大量虐殺)」と認定している。ISはヤジディーの家族らを男女でえり分け、女性と少女たちだけをラッカに連れ去った。

 ラッカ東部メシュレブ(Al-Meshleb)地区でヤジディー女性部隊の戦友たちに囲まれながらAFPの取材に応じたヘザさんは、同地区の激しく損傷した家々を指さして言った。「奴ら(IS)は、私たちをヒツジのように扱った。まさにこの街で、私たちを追いまわして屈辱を与えた」

 メシュレブ地区は米軍の支援を受けたクルド人とアラブ人の合同部隊「シリア民主軍(SDF)」が、1か月にわたるラッカ奪還作戦で最初に制圧した地区だ。SDFによると6月のラッカ突入後、これまでに10歳の少女を含むヤジディー教徒の女性数人を救出したという。

■ラッカ再訪の「痛みと喜び」

 へザさんはラッカで拘束されていた10か月間に、5人のIS戦闘員に買われた。当時受けた虐待については詳しく話したくないと言う声は緊張していたが、茶色い目の鋭い輝きは変わらず、何度か自殺を試みたことを告白した。

 脱出に成功したのは、2015年5月。またもや市場に売られる直前、へザさんは捕らわれていた家から逃げ出し、そこで出会ったクルド系シリア人一家によってひそかにラッカから連れ出してもらった。それから、戦争で荒廃したシリア北東部を抜け、約400キロの旅をしてイラクに帰り着くと、シンジャルのクルド語名シェンガル(Shengal)を冠したSDF傘下の部隊「シェンガル女性部隊(YPS)」に加わった。

 集中的な訓練を受けたへザさんは、2016年にSDFがラッカ奪還作戦の開始を宣言したときには、仲間の女性たちと共に戦う準備ができていた。「作戦が始まったときに参加しようと思った。ここ(ラッカ)で売買されたヤジディーの女性や少女みんなのために」とへザさんは話した。「私の目的は彼女たちを解放し、奴ら(IS)に復讐すること」

 数か月かけてラッカ包囲網を狭めたSDFは、今年6月に市内に突入した。数週間後、YPSはメシュレブ地区でSDFの先陣を担うことになった。へザさんがラッカに戻ったのは、脱出以来これが初めてだった。

「ラッカ入りしたとき、言葉では言い表せない奇妙な気分になった。たくさんの痛みを抱えながら、喜びを感じていた」とへザさんは語った。

 YPSには、はるばるドイツから参加した女性戦闘員もいる。トルコ系ヤジディー教徒のメルカンさん(20)と姉のアリンさん(24)だ。2014年のISによるシンジャル襲撃のニュースに激怒したアリンさんは同年末に、メルカンさんは翌15年初頭にYPSに加わった。

 メルカンさんはメシュレブ地区でYPSが拠点としている民家の壁に、ISがシンジャルを襲撃した日付を添えてクルド語で次のように記していた。「力と奮闘により、われわれヤジディーの女性戦闘員たちはラッカに来た。8月3日の虐殺に復讐するために」
【翻訳編集】AFPBB News