【ミラノで買えなかった1台】



MOMO DESIGNのUSBモデム(販売価格:50ユーロ前後)

「MOMO DESIGN」といえばバイクのヘルメットなどのデザインで有名なブランド。こちらはイタリアでしか販売されていないノートPC用のモデム限定モデル。箱は見かけたが入手はできず。

 

ケータイ西遊記 -第10回- イタリア/ミラノ編

携帯電話研究家・山根康宏が、世界各地でお宝ケータイに出会うまでの七転八倒デジタル放浪記。

 

ファッションの街ミラノ

街ゆく人はみなオシャレ



毎年開催されるミラノサローネやミラノファッションウィークなど、ミラノはデザインやファッションのトレンドを生み出す都市である。古くからイタリアでは「ミラノが稼ぎ、ローマが使う」と言われるように、ミラノはイタリアの金融や工業の中心地でもあるのだ。そんなわけで、ミラノから生み出される製品は世界的な影響力を持つものが多い。しかし、それを生み出すイタリア人たちはマイペース--。自分たちの時間を大切に生きているようだ。


▲ミラノ中央駅に到着した高速列車のデザインも美しい。

たとえばプリペイドSIMを買おうとミラノ中央駅の通信キャリアの店に行けば、顔なじみの客と店員が長々と雑談に更けている姿を見かけることもある。さすがに人の出入りが多い駅の店舗だけに、来客があれば雑談を止めて対応してくれるものの、SIMの登録中にまた雑談を始めるなど彼らの話は延々と終わらない。それでも時折こちらを見て、「何日滞在するの?」「データは5GBで十分かな」などと話しかけてくるので、仕事をさぼっているわけではない。ミラノでは仕事時間中であろうとも、友人との関係も大切な時間なのだ。


▲街中の広告の色使いも大胆だ。

さて、ミラノというかイタリアと言えば料理がウマイ。しかも高級なイタリア料理店などに行かなくとも、適当なピザを食べれば十分だ。街中を歩けば所々にピザ屋がある状況は、日本の立ち食い蕎麦屋のようなものだろうか? 自分はミラノサローネの取材中、毎日ピザばかり食べて過ごしたこともあるが、それでも太らなかったのは地元の食事を食べていたからだろう。海外へ出たらその地の料理を食べるのが、実は身体に一番いいのだ。


▲ピザに飽きたらパスタ。日本人にはどちらも好物だろう。

背筋を伸ばして歩く

愛すべき街ミラノ




▲トラムに乗ればミラノ市内も自在に動ける。

ミラノの街中の移動はトラム(路面電車)を使えば簡単だ。1日乗車券を買えば乗り降りも自在である。トラムに乗って市内を移動し、気になるお店があったら途中下車する。あてのない小旅行も面白いもの。ミラノ市内は歴史ある古い建物も多いし、そんな建物を使ったインテリアショップの店頭には小洒落た雑貨が並んでいたりする。ミラノは街全体があたかもデザインとファッションのショールームのような場所なのだ。

もちろん観光地に行けばずる賢い連中も多数いるが、それはどこの国へ行っても同じことだ。ドゥオーモ広場に一歩足を踏み入れれば、ハトの餌やミサンガ売りなどがたちどころに寄ってくる。でも自分はそんな連中とも雑談を楽しみたいところなのだが、こちらが金にならないと思うとすぐに身を引かれてしまう。

彼らの中にはちょっと古めのスマートフォンを使っている連中も多い。もし中古のスマートフォン市場があれば教えてもらいたいのである。その手の情報はホテルのフロントやコンシェルジェが教えてくれることはほとんど無い。地元でお金に敏感な仕事をしている連中こそが、中古のお宝スマートフォンのありかを知っているのだ。

そんなミラノの街中を目的も無く歩いていると、自分の身体に肉体的変化が自然と生じてくる。ちょっとしたことなのだが、背筋を伸ばして歩くようになるのである。ミラノの人は男性も女性もお洒落。ファッション雑誌から出てきたような人が、いたるところを歩いている。しかも、みんな姿勢が良く、前屈みになって歩いている人はいない。立ち止まってスマートフォンの画面を覗く姿も様になるほどで、そんな集団の中に紛れ込むと、自分もそこに一体化しなくては、と思ってしまうのだ。

ちなみにスマートフォンは身体の正面ではなく、顔のやや左側に向けると姿勢を崩さず画面を見ることができる。ミラノへ行ったらぜひこのスタイルでスマートフォンを操作してほしい。

イタリア限定モデムを探せど

どこにも見つからず



イタリアにはモータースポーツ関連の製品デザインを手掛ける「MOMO DESIGN」という会社がある。時計やスポーツウェアなどのデザインを手掛けるほかにIT関連製品としてパソコンに接続して使うUSBタイプの3Gモデムを販売していたこともある。今ではあまり使われなくなった製品だが、ちょっと前まではノートPCユーザーの必須アイテムだった。



自分が最初にミラノを訪れたのは、今から10年近く前だろうか。たまたま立ち寄ったミラノの通信キャリアの店頭で「MOMO DESIGN」のモデムを見かけ、スタイリッシュなデザインに惚れ込んでしまった。しかもイタリアでしか売っていない限定商品とあれば、ぜひとも入手したいもの。

ところが人気商品なのか、残念ながら売切れていたのだ。仕方なくミラノの街中のパソコンショップなどを探し回ってみたものの、どの店に行っても在庫切れ。お店の人に聞いても、他で売っているお店の情報を得ることはできなかった。やはりこの手の製品は携帯電話の中古屋などに行かなくては見つからないのだろうか。人の集まるところならそんなお店があるかもしれない、などと勝手に「当たり」を付けてトラムで移動してみるものの、探し出すことはできなかった。

時間は夕方を過ぎ、そろそろ日も落ちて来そうという雰囲気の中、戦利品をゲットできなかった自分はトボトボと石畳の道を歩いていた。トラムに乗ればホテルまでは座っていける。しかし自分の足でまだ歩けば、もしかしたらモデムを売っている店を見つけることができるかもしれない。そんな最後の望みを捨てきれなかったのだ。


▲通信キャリアの店も古い建物と同化している。

観光客もいないような、ミラノの街はずれの夕方は道行く人の数も少なかった。東洋人が歩いている姿が珍しいのか、子供がこちらを指さしては走って逃げて行った。たかがUSBモデムを買うために自分は何をやっているんだろうと思いつつも、美しいデザインのモデムを自分のノートPCに差し込んでいる姿を想像すると、入手せずに帰国しようとは思えなかった。恐らくインターネットで探せば、オークションや通販で買うことも出来るだろう。だがせっかくミラノに来たのだから、この地で自分の手で買いたいと思ったのである。

すでにお腹は空腹の限界を超えていた。ちょうどピザ屋の前を通りかかったものの、食い気よりも物欲が勝るのは当然のこと。かまどから流れてきているであろう、チーズの焦げたいい匂いを後にして交差点に差し掛かったところ、その店がそこにあったのだ。

 

不思議な空間に集まる

ちょい悪系オヤジたち



パッと見はコーヒーショップに見えるその店は、店名の看板の横に小さくイタリアの3つの通信キャリアのロゴを掲げていた。ショーケースには携帯電話がいくつか置かれており、紛れもなくここは携帯電話の販売店だ。しかもショーケースを見ると「MOMO DESIGN」のモデムのパッケージが置いてある! もしかするとこれは神様がくれた最後のチャンスなのかもしれない。

しかしドア越しに店内を見ると、椅子は先客で埋まっており、自分が立ち入る場所は無いように見えた。とはいえ、このまま手ぶらでは帰れない。勇気を振り絞ってドアを開け「ボンジョルノ!」と声をかけてみた。するとにこやかな笑顔で隣人と話していた50代と思しき客の男性が「ジャッポネーゼ?」と話しかけてきた。どうやらこちらが日本人であることはすぐにわかったようだ。そして自分が座っていたソファーの席を詰めて、ここに座れとジェスチャーで案内してくれた。

この店にはモデムを探しに来ただけで長居をする予定は無い。だがせっかくの申し出を断るのも申し訳ない。ソファーに座って他の客を見てみると、新聞を読む人、雑談を交わす3人組、父親と息子の親子など7〜8名ほど。それぞれがカウンターの向こうにいる店主と何やら話を交わしながら、契約書にサインなどをしている。ここで新規契約を行っているのだろう。

しかしよく見ると、どの成人男性も年齢は同様に50代で、しっかり整った髪型、綺麗にそり上げられた口髭、そして洋服の着こなしなど見た目がカッコイイ。いわゆる「ちょい悪系」オヤジとでも言うのだろうか、このまま街中に出れば女性からの注目を浴びそうな風貌なのだ。1人の男性は工事の作業着姿で腰からは工具をぶら下げていたのだが、その工具はファッションアイテム、彼の服装の一部に見えてしまうほど。同年代であろう店主も同様で、リーゼントの髪型が似合うオヤジだった。


▲街ゆくミラノの男性はみなカッコイイ。

まるで某雑誌のモデルの控室のように見える店内だが、彼らは普通のミラノ市民であり、それぞれ自分の仕事を持っているようだ。雑誌を読みふけっているオヤジは時折携帯電話を使って何かの売買の指示を出しており、輸出入の仕事をやっているようだった。電話を終えると足を組み、再び雑誌に目をやる姿はどう見てもモデルそのもの。自分がここにいるのが場違いと思えるような状況だった。

しばらくすると親子連れの父親の契約作業が終わったのか、絵本を読んでいる子供に「さあ帰ろう」と声をかけていた。だが子供がドアをあけて外に出ようとすると、若干強い口調で何かを注意した。すると子供は慌ててしゃがみ、自分の靴の靴ひもを締めなおしたのだ。よく見るとまだ小学生くらいだが、高級そうな革靴を履いている。ミラノでは子供のころからいいものにふれ、しかも身なりを整える教育を受けているのだろう。そしてその積み重ねが、数十年後にカッコイイオヤジを生み出すのだろう。

モデムより大事な宝物

ミラノのオヤジはカッコイイ



さて、自分は頃合いを図って店主に「表にあるモデムはありますか?」と聞いてみた。店主は「モデムは箱だけ。中身はないけどコーヒーならあるよ。ゆっくりしていってくれ」と言うや、レジの横にある、携帯電話ショップには不似合いなエスプレッソマシンでコーヒーを入れてくれた。

「次にミラノに来たら、うちの店でSIMを買ってくれよ」という店主に、他の客たちも「そうだそうだ、この店のコーヒーはミラノで一番うまいぞ」と声を合わせる。もちろん彼らのイタリア語は完全には理解できないが、異国から来た自分をこの店の訪問客として歓迎してくれたことは雰囲気でわかった。ミラノを1日歩き回って疲れ果てた最後に、居心地のいい場所でコーヒーをごちそうになれるだなんて、モデム以上の宝物を手に入れることができたのだ。

それから数年後。ミラノを再訪したものの時間がなく、あの店には行けず、街中のキャリア店舗でプリペイドSIMを買うことにした。店に入るとなにやら割引プランのキャンペーンをやっているようで、そこには年配者向けの通話プランの広告が掲示されていた。3名のダンディーな男性がスマートフォン片手に通話をしている写真は日本では滅多に見かけないもの。イタリアはなかなか面白いことをやるなあと思ってその店を後にしたのだが、トラムに乗って座席に座った瞬間、数年前の記憶がよみがえってきた。そう、広告に写っていたあの3人は、コーヒーの美味しい携帯ショップにいた客の顔そっくりだったのだ。

そもそも美味いコーヒーの飲める携帯ショップなんて世界広しと言えども一度も聞いたことは無い。もしかしたらあの店はちょい悪系オヤジのモデルたちが集まる事務所だったのだろうか? しかし彼らの仕草からはそんな様子は微塵もみられなかった。ミラノのオヤジは誰もがカッコイイ、ということなのだろうか。


▲ミラノと言えばドゥオモ広場。観光客を狙ったもの売りが多い

残念なことに、あの店を後にしたあと、自分がどうやってホテルに戻ったのか覚えていないのだ。居心地の良い空間とコーヒーに満足し、浮かれた気持ちで帰路についたからだろう。再訪しようにも自分がその時どのあたりを歩いていたかも記憶に無い。

トラムを降りてホテルにチェックインしようとすると、夕方なのにまだ部屋に入れないという。フロントにいたスタッフは「コーヒーでも飲んで待ってほしい」というので、差し出されたエスプレッソを口にした。たしかあの店を訪れたのもこんな時間だっただろうか。今頃あの店ではイケメン系のオヤジたちが集まり、四方山話に話に花を咲かせているのだろう。再び彼らに出会うことは難しいだろうが、またいつかどこかの広告で元気な姿を見ることができるかもしれない。それ以来、ミラノを訪れるたびに街中に溢れる広告が気になってしまうのである。

文/山根康宏

※『デジモノステーション』2017年2月号より抜粋

やまねやすひろ/香港在住の携帯電話研究家・ジャーナリスト。世界の携帯電話事情を追い求め、1年の約半分を海外で過ごす。携帯電話1400台、SIMカード500枚以上を所有するコレクターでもある。

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