切り指、貫肉…客人を繋ぎ止める為なら痛くても我慢!?江戸吉原の過激な心中手段

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吉原で遊女と客が誓いを立てる風習である『心中』について紹介するのも、ついに3回目へと突入しました。

遊女の誠はどこに?神罰をも恐れない吉原遊女の客人を落とすテクニック

本項ではとっておきの心中である『切り指』と『貫肉』を紹介させていただきます。

指を切る?回避策も存在した切り指

切り指は、読んで字の如く指を切る心中です。昔の任侠映画に出て来そうな方法です、江戸期には遊里で行われていました。方法としては、手を木枕か台に乗せ、介錯役の女性に小指の第2関節より上を切り落として貰うのですが、剃刀と鉄瓶を用いた指の切り方や失血のショックを防ぐために薬を用意したなどと、想像するだけでも痛い話のオンパレードです。

もちろん、そうした激痛に耐えられる人などそうそういるものではありませんし、大事な遊女が怪我するのを妓楼の人々も黙認は出来ないので、例によって偽装工作が広く使われました。

実際、『この子指 さてはしんこか ええ無念』と詠まれた川柳がそうした事情を端的に表しており、切り指で切った指かと思いきや、しんこ細工つまり米粉で作られたお菓子のような細工物で誤魔化された男性を詠っています。『ええ無念』と悔しがりつつも、どこか明るさが感じられるのは、吉原の遊女との駆け引きが嘘を伴うと言うのを覚悟していたのかも知れませんね。

もとは戦国時代の衆道から来たイタ〜イ風習・貫肉

最後に紹介する貫肉は、二の腕や腿などに刀ないしは錐と言った鋭い物を突き刺して、『ここまでして貴方を想っています』と表現したものです。元々は戦国時代に流行した衆道、すなわち男色に起因しており、浮気していない証拠として自らの体に傷を付けた意図的な自傷行為が始まりでした。

そうした経緯から貫肉は男性に多く、女性には少ない行為ですが、男性客と遊女によって疑似恋愛、疑似夫婦を演じることが求められた遊里にも引き継がれました。しかし、錐ならばまだしも刀で傷つければ当然傷が出来やすくなりますし、歩行や動作に支障が出れば妓楼など遊里関係者は困りますね。

そこで開発されたのが、血痕が付いたニセの刀を用意することでした。杉浦日向子さんによれば、その時に使われたニセ刀は金貝張り(かながいばり)と呼ばれる芝居で使うような刀(つまり竹光の類)に血糊を付けて置くことが行われていたと言います。確かに、血の付いた刀など見せられたら、おおよその人は怖気付いて疑うことは困難になるでしょうから、効果的な作戦であったと思われます。

以上で吉原を始めとした遊里で遊女が行っていた“誠”を示す行為・心中の紹介を終わります。華やかな裏に虚々実々の駆け引きがあった遊郭ですが、かごの鳥であったはずの遊女達も様々な知恵を絞って、客人を繋ぎ止めていました。そのしたたかさを証明しているのが、何らかの不利益が自分達に降りかかるはずの心中を巧みに緩和、回避してしまう手練手管だったのです。