ソングライターとして五木ひろし、香西かおり、角川博らのヒット曲を手掛ける超売れっ子のレーモンド松屋さん(65)。曲作りの原動力となっているのが取りも直さず酒だ。傍らには常にギターとグラスがある。

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 曲作りはライフワークになっています。基本的に夜、風呂に入り、食後に部屋にこもってハイボールやロック、季節によってはお湯割りを飲みながら、朝まで延々とやるのが基本パターン。酒は「曲作りの友」です。

 仕事場はいつでも飲めるようになっていて、ギターもズラッと並べていて、いつでも弾けるようになっています。寝ようかと思って横になった時にアイデアが浮かぶことがあって、そんな時もすぐに作業ができるように、ベッドの周りにもお酒とグラス、ギターは置いてあります。

 最大の利点は飲むとイメージが湧いてくることかな。モチーフの背景やキャラに膨らみが生まれて、ストーリーの流れも感動的になる。時々、自分の曲に感動して、泣きながら曲を書いている時があるのですが、そういう時はたいてい酔っぱらっている(笑い)。「お酒の力」とは言いたくないけど、降りてくるものがあるんです。どんどん自分が解放されて、本音のようなものがストレートに出せるようになる。もちろんできた曲に満足して寝たはずが、起きて見直したら「なんだこりゃ?」って時もあるんですけどね(笑い)。

 こういう飲み方になったのは、やはりメジャーデビューしてから。バンド時代は自分の作りたい曲を書いていたけど、依頼されて曲を作るようになって変わりました。依頼者の希望に合う曲を作るという“課題”を達成しなければならないのはかなりのプレッシャー。五木ひろしさんの「夜明けのブルース」を書いた時はそれこそものすごかった。お酒がなかったらあの曲は生まれてこなかったかもしれません。

 曲作りを始めたのは20歳で音楽学校に通っていた頃。年に一度の発表会で作った曲が作曲科の先生に褒められ、それがきっかけで曲を作り始めました。でも、音楽では食っていけず、地元に帰って旅行会社に就職したんです。この頃はビールの大瓶1本で歩けないくらい酔っぱらってしまう下戸だったんですが、就職後にお客さまのツアーに添乗するようになり、宴会で飲んでいるうちに鍛えられた。とにかくいろんな酒を飲んだし、リクエストがあれば歌も歌ってね。それでも酔ってはいけない。翌朝には正気を保って旅館代の精算をしないといけないから。

■酔っ払って旅館の障子を「マンガみたいに人形に……」

 ただ、その間アマチュアバンドもやっていて、あの時代はひどかった。ライブハウスのハウスバンドをやっていて、演奏前から前祝いだといってはカップ酒を飲みまくって休憩時間にも飲んで。ライブで地方に行くともっとすごい。泊まった旅館で飲んで朝起きたらまるでマンガみたいに障子が人形に破けてる。「誰がやったんや?」ってメンバーに聞いたら「おまえや」って(笑い)。酔って障子を走り抜けたらしい。もう謝りまくるしかないですよね。

 今もお酒で申し訳なく思うことはある。「曲作りの友」として飲む以外にも、家に帰るとすぐに缶のハイボールを飲む習慣があるんです。だから家が空き缶だらけになってしまって、ごみ捨てが大変だって家族は呆れてます。

 新曲の「真実・愛ホテル」はタイトルが浮かんだのがきっかけとなって曲ができたのですが、これも飲んでいる時でした。確かめ合う愛、確かめ合う場所、それが名古屋のホテルだというイメージが膨らんで完成。だから僕の曲には酒のイメージがよく入るんですが、この曲の歌詞の中にも「熱く酔わせて」というフレーズが入っている。一度聴いてみてください。