多くの中小企業が人材難で困っている

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大企業から中小企業に再就職すると、物の考え方や行動の仕方が大きく違って戸惑う。そうした際にトラブルにならないための方法を伝授する。

■多くの中小企業が人材難で困っている

再雇用の道を選ぶ人が多い一方で、人材の流動化が進み、大企業のシニア社員が中小企業に転職するケースも珍しくない。上田研二最高顧問が2000年に創業した高齢社は、そうしたシニア専門の人材派遣会社だ。登録社員は全員60歳以上で、定年はない。中堅・中小企業などに約360人を派遣している(2016年当時)。ワークライフバランスを重視して、フルタイムの現役社員の1人分の仕事を、シニア社員が2人でこなす週3回勤務が標準だ。上田さん自身、東京ガスの出身で自身の経験から「中小企業でうまくやっていけない人には共通点があります」と明かす。

「中小企業でまず求められるのは協調性。中小企業にもそれぞれ組織のカルチャーがあって、それに馴染めない人は長続きしません。また、大企業出身者は、知識は豊富ですが、再就職先では人徳がないと勤まらない。思いやりがなく、他人を見下すような態度を取ったり、周囲に威張り散らしたりすると、確実に嫌われます。大組織にどっぷり漬かっていたせいか、自分の哲学がなかったり、指示がないと動かなかったりする人もよく見かけます。そういうタイプもNGですね」

図の円グラフにあるように、人材難で困っている中小企業が多い。それも、いい人材に恵まれずに頭を痛めている。1000人以上のシニアの再就職を長年サポートしてきたキャリアコンサルタントの古川晶子さんも、「大企業シニアは現在の自分が中小企業にとってどんな存在かが、わかっていない人が少なくないのです」と言う。

古川さんいわく、実はシニアの場合、大企業出身者にとっても中小企業への転職は狭き門。それなのにエリート意識が抜けず、「自分なら大丈夫だろう」と、高をくくってしまう大企業シニアがいるそうだ。

「『大企業のノウハウを教えてあげる』といった“上から目線”の勘違いが見受けられます。かつて、中小企業の採用試験に落とされ、『採用システムがなっていない。これだから中小企業はダメなんだ』と、逆ギレした人もいました。さすがに最近はそういう暴言を吐く人は影を潜めてきましたが、本音のところではどうなのでしょうか」

そして、自分を客観視できない大企業シニアに、古川さんは苦言を呈する。

「大企業シニアと面談していると、在職中の成功体験を滔々と語り、自分の優秀さをアピールする人がよくいます。でも、大企業は資金も人材も豊富。高い社会的信用もあります。そうした恵まれた条件だからこそ成功できたことを、思い返してください。それに、大きな組織のなかで仕事をしていたわけで、自分1人の力だけでなく、チーム全体の力があったからうまくいったはず。そのときの企業の戦略、企業を取り巻く経営環境もよかったのかもしれません。大企業シニアには諸々の外的要因を排除して、いまの自分にできるスキルを抽出してほしいのです」

人材開発コンサルタントの門脇竜一さんも、「中小企業へ移ると、新しい環境に適応できない大企業シニアが多いですね」と、シビアな見方だ。

「大企業から中小企業に転職したら、年収は半減するのを覚悟しないといけません。6割キープなら御の字ですよ。それが現実だと受け止めてください。それから、大企業と違って、中小企業では何でも1人で仕事をこなさなければなりません。周囲の人に『コピーを取ってきて』などと頼んでしまう悪いクセは、早く直しましょう」

■人脈マップで世代の偏りを確認

大企業シニアにとっては、ネガティブな話ばかりが出てきてしまったが、肩を落とすことはない。ほんの少し自己改革をすれば、大企業を勤め上げた能力とスキルを生かして、中小企業でも活躍できる。上田さんは、中小企業に再就職しても「やっていける人になるための6つのポイント」を指摘する。

「1つ目は『過去の肩書だけで威張らない』です。中小企業の人たちも、大企業出身者というだけでは見向きもしません。その企業で何をしてくれるかなんです。空威張りをしても無意味。職場では新米なんですから、何事も謙虚に学ぶ姿勢を忘れないでください」と言う。再就職先でうまくやっていく大前提は、良好な人間関係を築くこと。若い人にも分け隔てなく接し、自分から進んで挨拶したり、話しかけることが重要だ。「相手の名前を覚え、『さん』付けで呼ぶと、一気に打ち解けられますよ」と上田さんは助言する。

2つ目が「無私とロマンと使命感を身につける」で、3つ目は「気に食わぬことがあっても、そのことを気づかせない」だ。中小企業の経営者は我を捨て、社会的な使命感を果たそうと志を高く掲げている人が少なくない。それに対する共感を持つことは確かに大切だ。常に平静な態度を保ち、感情をあらわにしないことも重要だろう。

そして、残る3つが「頼まれたことには必ず返事をする」「約束したことは必ず実行する」「(相手に)二度と同じことを言わせない」である。これらは上田さんがビジネスマンとして守ってきた「三原則」なのだという。いずれも相手の要求に対して、はっきりとリアクションをするということ。そうした行動の積み重ねが、相手との信頼関係につながっていくわけだ。

また、再就職の大きな武器になるのが長年築き上げてきた人脈。いざというとき、頼れる相談相手があちこちにいる人なら、中小企業にも重宝がられるし、彼らもそれを大いに期待している。ところが、古川さんによれば元大企業勤務のシニアの場合、人脈が社内や同世代に偏っていることが意外に多いそうなのだ。そこで古川さんは、現役時代から自分の「人脈マップ」をつくってみることを勧めている。

「縦軸を年代、横軸を経営者・同僚・取引先・趣味の仲間といったカテゴリーに分けて、それぞれに思い浮かぶ友人・知人の名前を列記してみましょう。もし大きな空白部分があるようなら、その部分の人脈を再構築できるか検討してみてはいかがでしょうか。たとえば、年下の人脈が少ないなら、部下との関係性を見直してみたり、学生時代のクラブのOB会などで若い世代と交流したりするのも手かもしれません」

中小企業への再就職活動では、公的機関を活用するのもお勧め。図は古川さんが一部講師を務める東京都の東京しごとセンターの「シニア中小企業サポート人材プログラム」で、自己意識改革やキャリアの棚卸しに役立つセミナーが目白押し。しかも無料で受講できるので、そうした貴重な学習の場を活用しない手はないだろう。

「一連の学習のなかで中小企業の経営者の『志』に関心を持てるようになると、再就職がうまくいく可能性が高まります」と古川さんは助言する。他の道府県でも同趣旨の支援が行われているので、関心のある人は地元の自治体に問い合わせてみよう

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高齢社最高顧問 上田研二
1998年、東京ガスの理事で定年退職。2000年に高齢社を設立。高齢者に職場と生きがいを提供。
 
キャリアコンサルタント 古川晶子
さいたまキャリア教育センター代表理事。2006年に独立。シニアの再就職を支援。
 
人材開発コンサルタント 門脇竜一
クリアマイン代表取締役。2001年独立。講演で活躍。著書に『先輩が部下になったら』。
 

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(ジャーナリスト 野澤 正毅 撮影=渋谷高晴、加々美義人、宇佐見利明)