北京大学のキャンパス。中国政府は北京大学に英語のテキストをなるべく使わないよう指導し始めたという(出所:)


 中国はこれまでもインターネットに対する規制を行ってきたが、それを一層強化し始めた。この6月から、ネット検閲を合法化する法律「ネット安全法」を施行した。この法律ではネット管理者に対して個人情報の提供を義務づけるとともに、当局が恣意的にネット情報を削除することができる。

 まあ、中国の当局はこれまでも似たようなことを行っていたのだが、これからはそのような行為を堂々と合法的に行えるというわけだ。

 それだけではない。6月初旬に中国に滞在したが、明らかに海外のネットにつながりにくくなっている。日本の新聞の画面に行くと、ホームページは閲覧できても、個々の記事を読むことができない。これまではクリックして1分〜2分待つと、敏感詞(「天安門事件」や「大躍進政策」など)がない限り閲覧できたのだが、今回の滞在では全くと言ってよいほど閲覧できなかった。

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海外情報の入手制限が大学にまで

 もはや中国のネットはインターネットではない。中国国内だけにしかつながらない“イントラネット“になってしまった。中国人からも、そんな嘆きの声が聞こえてくる。

 その実態は明らかになっていないが、中国ではネットの監視に50万人もの人々が従事していると言われる。ビッグデータの活用も盛んなようで、ネットで購買する品目やインターネットの通信状況から、危険人物を探り出しているそうだ。

 このような状況の中で、露骨な敏感詞である「天安門事件」などをネットに書き込む人などいない。そこで、当局は新たな言葉狩りを始めた。新しい敏感詞は「集まれ」である。それは集会を呼びかける単語として危険視されている。こうなると、よほど注意してネットを使用していないと、当局から危険人物としてマークされてしまう。

 海外情報の入手制限は大学にまで及ぼうとしている。北京大学は中国の最高学府であり、1919年に起きた反帝国主義を掲げた「5.4運動」において同校の学生が中心的な役割を果たしたことから、中国において特別視されてきた大学である。その北京大学に対して当局は英語のテキストを“なるべく”使用しないように指導し始めた。また、外国人研究者を“なるべく”招聘しないように、とも指示したという。

 ある中国人に言わせると、この“なるべく”という言葉が曲者だそうだ。「あいまいな指示であって、完全な禁止ではない」と思って英語のテキストを使っていると、危険人物に認定されてしまうと言う。つまり、“なるべく”という単語を使って、当局の意に添わない人物をあぶりだしているのだ。これは共産党の常套手段とされる。

 特に危険なのは社会科学系のテキストである。当局は政治学、経済学、社会学などの分野で外国語のテキストを使うことに対して、神経をとがらせている。

 外国語のテキストを使わないようにとの指令は、共産党が中国の科学技術や経済に対する自信を示すとともに、慢心を表すものとも言えよう。現在、中国当局はコンピュータやロボット技術、また最先端医療の分野を除けば、もはや世界から学ぶものはないと思っている。

現状に不満を感じ始めた若者たち

 なぜ中国共産党はこれほどまでに国民を海外の情報から遠ざけようと思い立ったのであろうか。それは共産党と習近平の焦りにあると考える。

 中国経済は減速傾向が著しい。今年は6%台の成長率を維持しているが、それは公共投資や政府の意を受けた住宅投資によってかさ上げされたものであり、持続可能性には赤信号が灯っている。この先、さらなる減速が予想される。

 天安門事件後、中国共産党の正統性は経済成長によって担保されてきた。多くの国民が共産党を支持してきたのは、政治的な自由はないものの、経済が勢いよく成長してきたからである。

 しかし、ここにきて経済成長の息切れが明らかになり、共産党は統治の正統性を失いつつある。今でも庶民の給料は上昇しているが、その伸びに一時の勢いはない。そう遠くない将来に、給料が上がらなくなる時代が来るだろう。

 現在、景気減速の影響を最も強く受けているのは、新たに就職する若者である。過去30年間、中国は大量に大学を作ってきた。その結果、現在、若者の約半数が大学に進むようになった。大都市では、ほぼ全ての若者が大学に進学すると言ってよい。

 しかし、大学を出てもエリートとして職業に就くことは難しい。現在の中国の就職事情は、バブル崩壊後の日本に似ている。なかなか、よい就職先を見つけることができないのである。

 大学を出ても、初任給が5000元(約8万円)ほどの職場を見つけられれば良い方である。ブルーカラーの求人はあるものの、学歴信仰が激しい中国では、大卒がブルーカラーとして働くことはない。就職のミスマッチが生じている。

 若者に閉塞感が漂い始めた。多くの若者が現状に不満を感じ始めたのだ。当局はこのような状況の中で、ネットや大学を介して若者に危険思想が入り込むことを警戒している。

 しかし、翻って考えれば、このような海外情報の遮断は愚民政策であり、愚行と言えよう。このようなことを続けていれば、社会や経済の停滞を招くことは必至である。

 気宇の小さな指導者である習近平の登場によって、中国は鎖国への道を歩み始めたように思える。

筆者:川島 博之