北朝鮮が導入したICカード「ナレカード」

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北朝鮮当局は、主要都市の市民を対象にキャッシュカードの発行を始めた。しかし、市民の反応は非常に鈍い。

米政府系のラジオ・フリー・アジア(RFA)が慈江道(チャガンド)の情報筋の話として伝えたところによると、8月から道内の機関、工場、企業所は、従業員の給料を口座振替に切り替えた。必要な現金は、キャッシュカードを使ってATM(現金自動預払機)で引き出して使えというものだ。

現地では、朝鮮中央銀行の支店や逓信管理局(郵便局)にATMがあり、ガソリンスタンド、ミネラルウォーターやガスの販売所でも使用可能だ。また、8月からは鉄道駅でも使えるようになり、図書館、映画館、薬局などに広まることになっている。

両江道(リャンガンド)の情報筋によると、朝鮮中央銀行のキャッシュカードは、金持ちだけが持つ富の象徴と思われてきた。

それが般庶民でも持てるようになったわけだが、積極的に使おうとする人はいないという。

カード作成手数料の2000北朝鮮ウォン(約26円)がもったいないのではない。北朝鮮の人々は、北朝鮮ウォンも、銀行も、国も信用していないからだ。

北朝鮮当局は金正日総書記時代の2009年、貨幣改革として、通貨単位を100分の1に切り下げるデノミネーションを行った。市場に奪われた経済の主導権を、国の手に取り戻すのが目的だった。

旧紙幣から新紙幣への交換が行われたが、上限額は一世帯あたりわずか10万北朝鮮ウォン(当時のレートで約30米ドル)。残りは銀行に預けさせられたが、事実上の没収だった。

多額の北朝鮮ウォンのタンス預金を抱えた人々は、財産を失うまいと、米ドルや中国人民元を求めて市場に殺到した。「どうせ国に奪われるのだから」と、大量の旧紙幣を泣きながら燃やす人々の姿も見られたという。

ハイパーインフレが起こり、市場からは物資が消え、餓死者が続出するなど、国は大混乱に陥った。金正日総書記は、責任者の朴南基(パク・ナムギ)前朝鮮労働党計画財政部長を銃殺するなどして事態の収拾を図ったが、北朝鮮ウォン、銀行、国の信用は完全に失われてしまい、未だに取り戻せていない。

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これ以降、北朝鮮の通貨は、中国人民元などの外貨に事実上取って代わられた。

北朝鮮ウォンは、少額取引に使われているに過ぎない。また、人々はおカネを預けると国に奪われかねないとの恐怖心から銀行を利用しないため、国全体の通貨流通量は最高指導者ですら把握できない状況だ。

今回のキャッシュカード導入は、利便性を高めるとの名目で、通貨流通量を把握し、民間人の手中にある富を国庫に吸い上げる狙いがあるものと思われる。当局は「給料や生活費などを入金しておけば、必要な時に引き出して使える」などとカードの利便性をアピールしている。

ちなみに、当局が平壌市内で2014年頃に運用を始めた非接触式ICカード「ナレカード」も、富裕層のタンス預金を国庫に吸い上げることが目的のひとつと言われている。

成否は定かではないが、キャッシュレス化を全国に拡大すれば、国庫に戻るカネが増えるだろうと当局は考えたようだ。

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しかし、党や行政の機関、工場、企業所からもらえる月給は小遣い銭程度に過ぎず、多くの人々は市場での商売で得られる収入で生計を立てている。また、ナレカードの口座とは異なり、朝鮮中央銀行のキャッシュカード口座に外貨は入金できない。

国や地方政府が、人民班(町内会)を通じて様々な名目で徴収するカネ、つまり事実上の税金も、すべて中国人民元で支払うことになっていると慈江道の情報筋は語る。

国のシステムそのものに対する信頼が回復しない限りは、当局の目論見どおりになることはないだろう。