年10万人 なぜ介護離職に追い込まれるか

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「自分を育ててくれた親が倒れた」。急に始まった介護生活だが、何から始めればいいかわからない。仕事との両立も困難だ。と、離職する人が絶えない。そうなると収入は途絶える。そんな負のスパイラルに陥らないための「介護離職経験者」からのアドバイスとは?

■1年間に介護離職する人は10万人!

総務省の最新の「就業構造基本調査(平成24(2012)年)」によれば、過去1年以内(2011年10月〜2012年9月)に介護・看護のため前職を離職した人は約10万人に上ります。

今後も少子高齢化に伴い、働き手1人当たりの介護負担はますます増えることが予想され、働き盛りのビジネスパーソンにとっても、介護離職はひとごとではありません。

本稿では、一般社団法人「介護離職防止対策促進機構」代表理事の和氣美枝さんに協力を頂き、介護離職の防止に向けて今から知っておくべきことをまとめます。

【介護離職の防止策その1:介護の相談窓口を知っておく】

三菱UFJリサーチ&コンサルティング(厚生労働省委託調査)の「平成24(2012)年企業における介護と仕事の両立支援に関する研究事業報告書」によれば、40代〜50代の就労者の4割が5年以内に介護に直面する可能性があることが明らかになっています。

介護は、ある日突然に始まることが多く、急に寝たりきりになるなどの親の対処を何から始めればいいのかわからないがほとんどではないでしょうか。

▼まず各市区町村の「地域包括支援センター」の存在を知る

和氣さんは、各市区町村に設置されている「地域包括支援センター」(地域住民の介護予防や日々の暮らしのサポートなどをする)をはじめ、介護者支援団体や社内の介護経験者などの相談できる窓口(あるいは人)を知っておくことの重要性を指摘します。

「私は、32歳のときに母親が突然病気になり、38歳のときに介護離職をすることになりました。介護問題に直面をしたとき、業界の専門用語も含め、わからないことがたくさんありました。39歳のときに本でNPOの介護者支援団体のことを知り、介護者支援団体が開催するランチ会に参加したことが、介護に関する知識を得るきっかけになりました。介護に関する知識をもっと昔から持っていれば、母のために行った自宅のリフォームも介護保険を使うことができましたし、会社をあと1年でも長く勤められたかもしれない、と思うことがあります。まずは、両親が住んでいる地区の地域包括支援センターを把握しておくこと(自治体に確認)、介護に直面して相談窓口にいったときは、自分に分からないことがあるなら率直に、わからないと伝えることが大事です」(和氣さん)

■半数以上が「公的介護保険制度の仕組みがわからない」

厚生労働省の「平成23(2011)年度 社会保障制度に関するアンケート調査結果」によれば、この地域包括支援センターを知っている人の割合は、40歳代で24.8%、50歳代で30.8%と約3割以下であるのが現状です。介護の相談が行える相談窓口を把握しておくことが重要だといえます。

【介護離職の防止策その2:介護保険・介護サービスの概要を理解しておく】

株式会社wiwiw(厚生労働省委託事業)の「平成26(2014)年度 仕事と介護の両立支援事業 社内アンケート(事前)」によれば、介護に関する具体的な負担として、次のような項目が上位に入りました。

「公的介護保険制度の仕組みがわからないこと」(53.3%)
「介護がいつまで続くかわからず、将来の見通しを立てにくいこと」(52.2%)
「仕事を辞めずに介護と仕事を両立するための仕組みがわからないこと」(44.7%)

これらのことから介護について知識が不足していることが負担を増やす原因になっていると想像できます。では、知識不足を解消するにはどうしたらいいでしょうか。和氣さんはこのように語ります。

▼介護の仕組みの基本をどのように知ればいいか?

「介護についてよくわからないことが、情報収集を困難にさせています。自治体のホームページから、『介護保険』をキーワードに探していくと、パンフレットがダウンロードできる地域もありますし、自治体の「介護保険取扱窓口」で無料配布をしている場合もあります。まずは、自治体発行の介護保険制度の冊子を手元に置いておき、介護保険・介護サービスの概要を知っておくこと、そのうえでインターネットや書籍(参考情報)活用して情報収集すると、相談窓口に行く前に相談内容を整理することに役立ちます」(和氣さん)

<参考情報>
▼web「ケアラーズ・コンシェル」(働く介護者のための便利シート無料ダウンロード可)
http://carers-concier.com/
▼web「認知症スタジアム」(介護者の会やイベント、書籍紹介サイト)
http://dementia.or.jp/
▼書籍『介護離職しない、させない』(和氣美枝著・毎日新聞出版)
▼書籍『ある日、突然始まる 後悔しないための介護ハンドブック』(阿久津美栄子著・ディスカヴァー・トゥエンティワン)
(出所:一般社団法人介護離職防止対策促進機構 和氣美枝氏 講演資料より抜粋)

■「仕事と介護の両立」実現に向けた働き方とは?

さらに基本情報を知るとともに、自分の「状況」をしっかり理解して伝えることも大事だと和氣さんは次のように説明します。

「相談をされる際には、自分は何が不安なのか、何に困っているのかを明確にすることも大切です。そうすることによって、選択肢を整理できるのです。例えば、私のケースを紹介すると、午前中、母親が一人でいることに不安を感じていたので、(1)出社時間を遅らせる、(2)ヘルパーにお願いをする、(3)見守りカメラを設置する、と選択肢を3つに整理しました。ケアスタッフや介護者仲間からお伺いしたお話なども参考にした上で、見守りカメラを利用することを決めて、現在は、不安が解消されています。不安なこと、困っていることを明確にした上で介護者支援団体、経験者(玄人)、ケアマネジャーなどに相談できると、企業の製品・サービスの活用も含め、選択肢に対応した具体的な解決策が見つけやすくなるのではないでしょうか」

仕事と介護の両立を実現するためには、介護保険・介護サービスの概要を理解しておき、介護問題に直面したときに、選択肢の整理ができることが重要だと感じます。

▼6割が「仕事と介護の両立が困難」でやむなく自主退職

【介護離職の防止策その3:職場内で仕事と介護の両立実現に向けた働き方を模索する】

三菱UFJリサーチ&コンサルティング(厚生労働省委託調査)の「平成24(2012)年度仕事と介護の両立に関する実態把握のための調査研究事業報告書」によれば、「仕事と“手助け・介護”の両立が難しい職場だった」ことが仕事を辞めた理由と回答した割合は、男性(62.1%)、女性(62.7%)と約6割を占めています。

さらに、手助け・介護を機に仕事を辞めた時の就業継続の意向をみると、「続けたかった」を選択した人が、男性(56.0%)、女性(55.7%)がもっとも多く、離職した人の半数は、仕事と介護の両立を希望していた状況がうかがえます。

■親の介護 上司に相談できたのはわずか1割

一方、介護について、勤務先に相談をした人の割合は、離職者のわずか約1割にとどまっており、勤務先とのコミュニケーションが十分取れていなかった可能性もあると考えます。

和氣さんからは介護離職の経験者としてこう語ります。

「自身の経験から言えることですが、『とりあえず、会社を辞めて落ち着いて考えよう』を選択肢から外すことを考えていただきたいと思います。特に40歳を超えてからの再就職は非常に厳しいですし、今の仕事を続けながら、介護をする方法を考えてみてください。そして、介護に直面をしたときに、職場では、まず上司等職場の責任者に報告することが重要です」

親の介護に直面した際、上司に報告したほうがいい理由は2つあります。

▼思い切って上司に相談するメリットは2つ

1つ目は、隠しながら仕事と介護の両立をしていると、その負担の重さからいずれ心身ともに壊れていく可能性があるからです。

2つ目は、特に介護の初動時において勤務時間中に要介護者やケアスタッフから電話がかかってくることがあり、その対応をしていると、勤務態度が悪いという評価になりかねないからです。上司の協力や理解を得られれば、仕事と介護の両立はしやすくなります。

前述したとおり、仕事と介護の両立が難しい職場も存在しているのは事実です。

しかし、介護離職後の再就職の負担を考慮すれば、まずは、上司にきちんと報告し、現状、勤務先で利用が可能な支援制度を活用して、働くことに集中できる介護環境を整えるなど、仕事と介護の両立に向けた働き方を模索していくことが重要だと考えます。

【介護離職の防止策:最後に】

和氣さんは最後にこのようなアドバイスをしてくれました。

「介護に直面すると、いろいろな問題が発生します。私自身の経験のなかでも、当初、仕事を続けながら、介護をしていることを非難されたことも決して少なくありません。しかし、介護者(自分)は誰からも守ってもらえないのです。介護に直面したときは、要介護者を中心に考えてしまいますが、自分の心と体が健康でなければ、守りたいものも守れません。自分の人生を最優先に考えて、そのうえで介護とどの様に向き合うか、という考え方の選択肢もあるということを知っておいてほしいです」

(日本総合研究所 創発戦略センター ESGアナリスト 小島 明子)