「私たちは何者なんでしょう。ハリウッドとはそもそも何なんでしょう。いろんなところから来た人たちの集まりでしかありません」

 2017年の第74回ゴールデン・グローブ賞において、セシル・B・デミル賞を受賞したメリル・ストリープは、受賞スピーチでそう語った。

「ハリウッドにはよそ者と外国人がそこらじゅうにいるんです。その人たちを追い出したら、あとは、アメフトと総合格闘技(マーシャルアーツ)くらいしか見るものはないですが、それは芸術(アーツ)ではありません」

 そう言って彼女は、芸術の力――映画の力によって、現実にふるわれている暴力に対抗することの重要さを訴えた。

 映画の力とはなんだろう、夢見る力とはなんだろう。『ラ・ラ・ランド』に、私はその答えを見つけた。


© 2017 Summit Entertainment, LLC. All Rights Reserved. Photo credit: EW0001: Sebastian (Ryan Gosling) and Mia (Emma Stone) in LA LA LAND.Photo courtesy of Lionsgate.

過去にも現在にも存在しない、夢の国「LA LA LAND」

 見慣れたはずの、色あせた現実のLAのハイウェイでの、圧巻としか言いようのないミュージカルシーンで、映画は始まる。巨大なスクリーンは、多幸感に満ちた音楽(しかしどこか陰を感じさせる歌詞)と、様々な色彩の奔流に満たされて、一瞬にして現実を忘れ、夢の世界に連れ去られる。すでに私はこの映画の魔法にかかっていた。

 現代のハリウッド映画では、めったに見ることのできなくなったシーンだ。

『巴里のアメリカ人』『雨に唄えば』『バンド・ワゴン』など、第2次世界大戦後に黄金期を迎えたハリウッドのミュージカル映画を思わせるカラフルで壮大なシーンが、21世紀の「新作映画」として、「古き良き」ハリウッド映画への懐古ではなく、現在の映画として私たちの眼の前で繰り広げられる。

 まさに曲のタイトルが示すように「Another Day of Sun」として、この映画は始まるのだ。

 だからこの映画の舞台は、現代の現実のLAではなく、古き良きLAでもなく、もうひとつのLA――映画の夢とアメリカの夢が生きている「夢の国」なのだ。私たちは、動き出した車とともに、現実のLAから、夢のLA LA LANDに降りていく。

鮮やかな色彩の“消滅”が意味する“代償”

 夢の国で若い男女が出会い、恋に落ちる。ジャズ・ピアニストを目指す男、セブ(ライアン・ゴズリング)と、女優志望のウェイトレス、ミア(エマ・ストーン)は、夢の国でそれぞれの夢を追いかける。

 私たちの誰もが一度は経験したことがあるだろう、恋と夢を追いかけるあの切なくて甘い感情が胸に蘇ってくる。


© 2017 Summit Entertainment, LLC. All Rights Reserved. Photo credit: EW0001: Sebastian (Ryan Gosling) and Mia (Emma Stone) in LA LA LAND.Photo courtesy of Lionsgate.

 恋は始まった時が最も甘美で、夢は夢見ている時が最も幸せだ。しかし、恋も夢も前に進めなければ成就しない。そのためにも、二人には時間が流れる。夢でまどろんでいるのではなく、二人は夢を実現するために前に進む。

 ここは夢の国のLAだが、劇中では、はっきりと四季が示される。

 夢の国にも時間は流れる。LAにもAnother Dayが訪れるのだ。

 二人の仲は深まり、もつれていく。一方で、それぞれの夢に近づいていく。しかしそれにつれて、冒頭から映画を飾っていた鮮やかな色彩は消えていく。

 夢が実現すると、夢の国は現実のLAに近づいていくのだ。

 夢を実現するためには、何かを捨てなければならない。スクリーンから消えた鮮やかな色彩は、そのことを意味しているのだろう。では、そのあとに残されたのは、無味乾燥な、ただの現実なのだろうか? 私はそうは思わない。この映画にも、そうではないというメッセージが込められている。


© 2017 Summit Entertainment, LLC. All Rights Reserved. Photo credit: EW0001: Sebastian (Ryan Gosling) and Mia (Emma Stone) in LA LA LAND.Photo courtesy of Lionsgate.

ミュージカル映画の“衰退”とハリウッドが見る“新しい夢”

 ここは永遠の夢の国ではない。夢を叶えた二人を見て、私たちはそのことに気づかされる。だから映画の終盤で、エマ・ストーンを乗せた車は、ハイウェイを降りて、再びLAの街に入っていく。このシーンでは、冒頭のきらめく太陽はない。LAは夜だ。

 そこで見るのは、夢の国(LA LA LAND)の物語なのか、それとも物語(LA LA LAND)の見せる夢なのか。しかし夜はいつか明ける。Another Day of Sunがまた昇る。

 ハリウッドの夢の代名詞でもあったミュージカル映画は、1960年代の後半になると色褪せてくる。アメリカがベトナム戦争の泥沼に沈んでいくのと並行して、映画もアメリカン・ニューシネマ(New Hollywood)が台頭し始める。しかし、それは映画そのものの終わりを意味しない。

 古き良きハリウッド映画を復興させ、夢に溢れた時代のアメリカに思いをはせるだけの映画ならば、私はこれほどにこの映画に引き込まれたりはしないだろう。ミュージカル映画が衰退しても、映画は新しい夢を見せてくれる。


© 2017 Summit Entertainment, LLC. All Rights Reserved. Photo credit: EW0001: Sebastian (Ryan Gosling) and Mia (Emma Stone) in LA LA LAND.Photo courtesy of Lionsgate.

 夢のハイウェイから始まり、現実のLAを通過して、また新しい夢に着地する。

 今この時代に映画を作ること、映画を見ること。夢を見て実現すること。それらの甘さと苦さを映画で見せてくれたからこそ、私たちは何度でもこの映画を見たくなるのだ。これは、映画にしか表現できない、まぎれもない現代の夢についての物語である。これこそが夢見る力だろう。

ライアン・ゴズリングが前代未聞の“珍事”で微笑んだ理由

 第74回ゴールデン・グローブ賞で『LA LA LAND』は、史上最多の7部門受賞を果たした。

 さらに第89回アカデミー賞でも、本作は監督賞をはじめとする6部門を受賞、作品賞も手にするのではと思われたその発表の瞬間、あの前代未聞の“珍事”が起きた。

 作品賞が『ムーンライト』だとわかった時の、ライアン・ゴズリングの微笑みが忘れられない。のちのインタビューで「誰かが発作でも起こして倒れたんじゃないかと心配した。でも、そうじゃなかったことがわかって安心した」と本人が答えているのだが、私はあの微笑みを目にした時、別のことを想像していた。


© 2017 Summit Entertainment, LLC. All Rights Reserved. Photo credit: EW0001: Sebastian (Ryan Gosling) and Mia (Emma Stone) in LA LA LAND.Photo courtesy of Lionsgate.

『ムーンライト』は社会的かつ性的マイノリティーを描いた作品である。メリル・ストリープがスピーチしたように「よそ者と外国人がそこらじゅうにいる」夢の国ハリウッドが選ぶのにふさわしい作品が作品賞をとった。「SUN」ではなく「MOON」が受賞した。ライアン・ゴズリングはそのことを祝福したのではないか、と思ったのだ。

 メリル・ストリープのスピーチは、他の多くのハリウッドにやってきたものたちと同様に、ライアン・ゴズリングもカナダ出身だということにも触れている。「いろんなところから来た人たち」の一人であるライアンが『ムーンライト』の受賞を寿ぐ。あの微笑は、授賞式に集まった人々、ハリウッドで夢を実現しようともがく全ての人々に向けられたものではないだろうか。

映画が夢を見せてくれる装置であるという意味

 映画は夢を見せてくれる装置だが、同時に20世紀最大の娯楽の装置でもある。最新のテクノロジー(それは映像をつくる技術だけでなく、観客の欲望を吸い上げるマーケティングや宣伝の技術も含む)で成立している工場でもある。そうであるがゆえに、そこにはビジネスと政治が介入する。メリル・ストリープのスピーチは、そのことへの抵抗を宣言したものだった。

 しかし、もともと何もない砂漠地帯だったLAに夢の装置を築けたのも、ビジネスと政治の力のおかげだった。監督も役者も、夢の装置の維持のために生贄にされる。エマ・ストーン演じるミアも何度もオーディションに落とされ、危うく生贄にされかかる(あるいは、成功したものですら生贄に捧げられる)。それでもハリウッドに集う人たちは、夢を見ようとし、夢を見せようとする。

 そして、夢が叶おうとも、破れようとも、LAの空にはきらめく太陽が――Another Day of Sunが昇る。

 朝の渋滞のハイウェイ。進まない車。鳴り始める音楽。踊り出す人たち。

 音楽がやむと、車は動き出し、人々はまた、それぞれの夢の国、ハリウッドという夢の装置、LA LA LANDへと降りて行くだろう。夢を見るために。

INFORMATION


 

『ラ・ラ・ランド』
Blu-ray &DVD  2017年8月2日(水)発売
発売元:ギャガ
販売元:ポニーキャニオン
 

(小島 秀夫)