ラジオ収録のスタジオで笑顔を見せる寺田理恵子

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 好きな女子アナ、嫌いな女子アナ?何かと女性アナウンサーが話題になる時代。そういえば、あの人は?と浮かんだ顔が、元フジテレビの寺田理恵子(56)。かつて「オレたちひょうきん族」で大活躍した元祖アイドル・アナ。あのキュートな笑顔にもう一度会えるかな!?

 土曜の夜が待ち遠しかったあの頃。ビートたけし、明石家さんま、島田紳助らのハチャメチャギャグのオンパレード。それがフジテレビ「オレたちひょうきん族」。寺田が出演したのは、番組の人気コーナーの一つ「ひょうきんベストテン」。TBSの「ザ・ベストテン」のパロディーだった。

 初めて登場したのは84年7月。新婚旅行に出掛ける先輩の山村美智子アナのピンチヒッター。入社わずか3カ月、いきなりエンディングで西川のりおから歓迎祝いの先制パンチを浴びた。

 「ハイ、ポーズ!で出演者全員で写真を撮って終わることになっていたんですけど、その時、のりおさんがいきなり横から入ってきて、後ろから“カンチョー”とか叫びながらお尻に触れたんです。もうびっくりして、その場にしゃがみこんでしまいました」。放送ではその直後、「見るに堪えない場面ですのでカットさせていただきます」のテロップ。再びオンエアされた時は、彼女がしゃがみ込んで泣いていた。

 今風に言うなら「お笑いファースト」の番組。しかし、さすがに視聴者から「かわいそうだ」との意見も寄せられたよう。その一方で「カワイイ」「次はいつ出るの」など初々しい笑顔が一気に評判となった。同期入社は川端健嗣、吉崎典子アナら4人。いずれも入社して間もなく、ニュースや情報番組のレギュラーを担当する実力派ぞろい。

 本人は当時の自分をこう振り返る。「私以外の人たちは最初から報道志望だったり、スポーツを希望したり目標がはっきりしてましたね。私だけが歌番組の司会をやりたいとか言ってました。みんなは月金で忙しく仕事をしてるのに、私は電話番とお茶くみでしたから」

 そんな彼女に目を付けたのが、アナウンス部にふらっと顔を出した横沢彪プロデューサー。初出演が決まった時には「上手にやろうなんて思わなくていいよ。ここに書いてある通り、しゃべってくれればいいんだから」と台本を渡された。アドバイスに従って「新人の寺田理恵子です」と一言一句正確に覚えたが、本番は司会の紳助の鋭いツッコミで自己紹介からかみまくり。自身が望んだ歌番組?の曲目紹介もほとんど飛ばしてしまったという。

 翌年3月から晴れてレギュラー。片岡鶴太郎、山田邦子らの個性豊かな面々に囲まれ、泣いたり笑ったり、時には絶句したりの連続。ディレクターからは「(西川)のりおなんてあまりしつこかったら蹴飛ばしちゃえよ」と言われたが、性格上それもできなかったと笑う。自然なリアクションと愛らしいルックスがお茶の間に好感されて、すぐに幅広い世代から支持されるようになった。

 「人気は力」がこの世界。思わぬ仕事も舞い込んだ。男性週刊誌のグラビア。それもアナウンス部長からの業務命令。一瞬、「ん?」と思ったが、「ハイ、分かりました」と素直に受けた。ところが、社内で予想外の反響を巻き起こしてしまう。

 「週刊誌を見た男性の先輩アナから、“おまえ、こんな写真を撮ったのか”と物凄く怒られました。当時、アナウンサーは局の看板といつも言われてましたからね。でも、ちゃんと洋服は着てたんですよ」

 歌には自信はなかったが、86年には「ときめきLonely Night」でレコードデビューも果たした。

 あらゆる意味で女子アナブームの火付け役!?今活躍する各局の女性アナたちについては「みなさん、しゃべりも上手ですね。慣れてるなあと感心してます。まるでタレントさんのようですからね」。そう話す彼女の懐かしい笑顔も当時のまま輝いて見えた。