吉元由美の『ひと・もの・こと』

作詞家でもあり、エッセイストでもある吉元由美さん。先生の日常に関わる『ひと・もの・こと』を徒然なるままに連載。

たまたま出会った人のちょっとした言動から親友のエピソード、取材などの途中で出会った気になる物から愛用品、そして日常話から気になる時事ニュースなど…様々な『ひと・もの・こと』に関するトピックを吉元流でお届けします。

歌のリアリティが時代を語る

時代のリアリティと普遍的な何か。作詞をするとき、このふたつのことが頭の片隅にあります。時代のリアリティは変わります。普遍的な何かとは、ある種の哲学や法則とでもいうのでしょうか。または、聴いた人に「ああ、なるほど」と広く共感を持たれるような考えかたのことです。

時代のリアリティの変化を感じられる言葉のひとつに、昭和の歌謡曲や演歌によく登場する『北』というモチーフがあります。人は悲しみや痛みを抱いたとき、北へ向かいます。あたたかく、光あふれる『南』ではないのです。

北は寒く、厳しく、孤独を深く感じる場所というイメージがあります。たとえば、石川さゆりの『津軽海峡冬景色』や森進一の『北の蛍』を聞くと、寒風吹きすさぶ情景が浮かびます。「北へ帰る人の群れは 誰も無口で 海鳴りだけを きいている(津軽海峡冬景色ーより引用)」というフレーズには、心と情景が重なり合うリアルさがあります。痛みを抱えた人は、東京駅からは旅立たない。上野駅から夜行列車に乗る。それが、昭和のリアリティを語っていたのです。ところが、東北地方も北海道も新幹線で行けるようになってしまった。それも東京駅から出発。上野駅が持っていたある種の哀愁感が薄れてしまいました。

かぐや姫の『神田川』も、今の若い人が聴いたらよくわからないかもしれません。銭湯はめずらしくなり、今ではスーパー銭湯、スパの方に馴染みがあるでしょう。インターネットの質問箱で、「『小さな石鹸かたかた鳴った』とはどういう意味ですか?」という質問が寄せられていました。セルロイドの石鹸箱の時代は終わったのです。「小さな石鹸かたかた鳴った」というひとつのフレーズだけで、主人公たちがいる状況が伝わってきます。その情感を、ポンプ式のボディシャンプーには語れないように思います。

時代は変わるのですからリアリティを感じるポイントも変わってきます。ただ、アナログを知る世代として、アナログ的だった情緒が薄れていくのは少し淋しいのです。私たちの世代と、若い世代の心が震えるポイントが違うのは当然なのですが、歌に関して言えば、心の機微であるとか、言葉にしなくても『情景』から感じとれる『言葉』『心情』『物語性』『普遍性』などが薄らいできているような気がしてならないのです。

変わらないものと、変わっていくもの。そのふたつをどう融合させていくか。ストレートな言葉で物語を創っていく時代に、どのように味わい深い作品を創っていくか。作品としての質を高めていくか。これは制作者の永遠のテーマなのです。

吉元由美

作詞家、作家。作詞家生活30年で1000曲の詞を書く。これまでに杏里、田原俊彦、松田聖子、中山美穂、山本達彦、石丸幹二、加山雄三など多くのアーティストの作品を手掛ける。平原綾香の『Jupiter』はミリオンヒットとなる。現在は「魂が喜ぶように生きよう」をテーマに、「吉元由美のLIFE ARTIST ACADEMY」プロジェクトを発信。
吉元由美オフィシャルサイト
⇒ 吉元由美Facebookページ
⇒ 単行本「大人の結婚」