11年10月、星野哲郎さんの一周忌法要に参列した平尾さん(左)と五木ひろし

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 ◇作曲家・平尾昌晃さん死去

 五木ひろし(69)が22日、大阪・新歌舞伎座で上演中の座長公演終演後にスポニチ本紙の取材に応じた。平尾さんに最後に会ったのは昨年末のNHK紅白歌合戦。以前、鼻に付けていた酸素チューブを外しており「元気になられたと安心していた」と、ショックを隠しきれなかった。

 三谷謙の芸名で活動していたが鳴かず飛ばずだった1970年、読売テレビのオーディション番組「全日本歌謡選手権」に出場。1週目のゲスト審査員が平尾さん、2週目が作詞家の故山口洋子さんだった。五木は10週勝ち抜いた。平尾さんは「地味な名前。これじゃ売れない」と、レコード会社社長だった故徳間康快氏に相談。「名前変えていい。三谷なんて知らなかったから」と言われた。

 山口さんが、自身が開業した銀座の高級クラブ「姫」の常連客だった五木寛之氏に「五木」の名前をもらっていいか尋ね、快諾を得た。

 五木ひろしとしての再デビュー曲「よこはま・たそがれ」は、もともと山口さんの詩として存在していた。よこはま たそがれ ホテルの小部屋――最後の部分が「あの人は 行ってしまった」だったところ、平尾さんが「行って行ってしまった」と変更。山口さんも「凄くいい」とゴーサインを出した。

 五木は同曲で日本レコード大賞の歌唱賞を受賞。NHK紅白歌合戦にも初出場し、スターの仲間入りをした。

 「僕の運命は歌謡選手権の最初の2週で決まったようなもの」と回想。「お二人に出会わなければ売れないまま終わってたかもしれないし、歌手を辞めていたかもしれない。僕を世に出してくれた大恩人です」と感謝した。

 今公演でも「よこはま・たそがれ」を歌い、23日の千秋楽では平尾さんの別の曲も歌う予定。「華々しい舞台で観客に訃報を伝えないといけないのはつらい。平尾先生への感謝の気持ちをステージから歌に込めておくることになる」と語った。