「夏血栓」に要注意(写真はイメージ)

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 今年も夏休みまであと少し。バカンスまでの日数を指折り数える時期になってきた。だが、予報によると、観測史上最も暑かった昨年に続き、今年も猛烈な暑さが予想されているという。この夏一番の暑さとなった7月8日には525人が熱中症で搬送されていることから分かるように、サウナのような「酷暑」が容赦なく日本列島を包もうとしている。

 酷暑の季節といえば、真っ先に思い浮かぶのは熱中症だろう。高齢者の場合、温度の感覚が鈍くなっているため、外で倒れる例だけでなくクーラーをつけないまま部屋で亡くなるケースも問題になっている。

 ところが、熱中症と比べて見過ごされがちな病気が身近にあることをご存じだろうか。それが、夏に特有の脳梗塞や肺血栓塞栓症(そくせんしょう)、そして心筋梗塞だ。最近では、これらは総称して「夏血栓」と呼ばれているが、従来の病気とどう違うのだろうか。まずは夏に発症する脳梗塞の特徴から説明してゆこう。

「夏血栓」に要注意(写真はイメージ)
脳梗塞は夏に多い

 国立循環器病研究センターの統計によると、脳梗塞は夏(6、7、8月)に罹る患者が最も多い。血管が破れる脳出血が冬場に多発するのとは対照的だ。

「脳梗塞が夏に増えるのは理由があるのです」

 とは秋津医院の秋津壽男院長である。

猛暑が続くと身体は熱を放出するために血管を広げるのです。すると、血圧が落ちて血流が鈍くなってくる。さらに大量の汗をかくことで水分が体外に逃げ、血液が濃くなってしまうのです。ドロドロになった血液の中では血の塊(血栓)が作られやすくなり、それが脳血管で詰まってしまう。これが夏の脳梗塞の原因です」

イラスト・シオダワナミ

 それならビヤホールで大ジョッキをぐっとあおれば水分補給になる、と思ったら大間違い。ビールには利尿作用があって逆に水分を外に連れ出してしまうのだ。

 気を付けなくてはならないのは、夏の脳梗塞が一見、健康な人でも罹りやすいという点だ。

 たとえば60キロの体重の人なら体内の血液の量は4〜5リットル。外気が暑くなってくると、汗などで500ミリリットルほどの水分ならすぐに体から出てしまう。そのため、血液は1割以上濃くなってしまうのだ。

「血栓はコレステロールが多い人や血液が濃い真性多血症の人に出来やすいのですが、そうでない人も血栓が作られやすくなってしまうのです」(秋津院長)

熱中症か脳梗塞か

 歌手の西城秀樹は2度脳梗塞に罹っているが、1度目はまだ48歳の時だった。2003年6月、ディナーショーに出演するため韓国を訪れた際、サウナで体に負担をかけた後に発症したという。1カ月ほど前から体調を崩していたというが、真夏の暑い日に汗をダラダラかいているのと同じだ。

イラスト・シオダワナミ

 さらに、夏の脳梗塞がやっかいなのは、熱中症と間違えられやすいことである。暑いなか、急にしゃがみ込んだり、倒れる人がいたら、日陰で休ませたり、水分補給など、熱中症の応急処置を取るものだ。ところが、脳梗塞でそれをやってしまうと手遅れになってしまう。

 長年、脳梗塞患者を診てきた米山医院の米山公啓医師によると、

「熱中症か脳梗塞か分からない場合、一番簡単な見分け方として『ドロップハンド法』があります。脳梗塞は身体の左右どちらかに症状が出ますから、動きが違ってくる。やり方は寝ている状態で両方の腕を持ち上げ、ぱっと放す。どちらかの腕が先にパタンと速く落ちると、脳梗塞の可能性が高い。そうなったら一刻も早く救急車に乗せるべきです」

 血管内に出来た血栓が肺や心臓の冠動脈に運ばれると、今度は肺血栓や心筋梗塞を引き起こす。「夏血栓」が怖いのは、専門家でもそれが分かりにくいことだ。

急に心肺停止

 一般に血栓が肺の血管に詰まると肺血栓塞栓症を引き起こす。いわゆるエコノミークラス症候群だ。

 サッカー元日本代表の高原直泰選手がエコノミークラス症候群でリハビリを余儀なくされたことでも知られているが、最近では熊本地震の避難者が、マイカーの中での生活を強いられたため、重症患者が出たことは記憶に新しい。

 自覚症状としては、胸痛や呼吸困難、さらには血痰などの症状があり、最悪の場合は心肺停止に陥る。

 ところが、「夏血栓」から来る肺血栓塞栓症は、エコノミークラス症候群より見つけるのが難しい。車や飛行機に乗っていたわけではないため、本人も医師も気が付かないのだ。治療が遅れてしまえば、当然、死亡率が跳ね上がる。

 たとえば肺血栓塞栓症は早めに治療すれば2〜8%の死亡率だが、放置しておくと死亡率が30%にまで上がってしまう。

 日本呼吸器学会に所属する専門医の大谷義夫医師(池袋大谷クリニック院長)は、猛暑の日、「夏血栓」に見舞われた患者を診たことがある。

「その患者さんは50歳の銀行マンで軽いぜんそく以外に持病がない人でした。胸が苦しくなって病院に来たのですが、レントゲンを撮ってみると一見何もないように見える。ところが、待合室で突然、心肺停止になったのです」

 急いで蘇生措置を施し、様々な検査をしてみると肺動脈など2カ所の血管で大きな血栓が見つかった。

「原因も調べてみたのですが、生活習慣病などの基礎疾患がなく、唯一のリスクとして考えられたのが、暑い日に水分を摂らずに、ずっと座りっぱなしだったことです。それで、夏血栓だと分かった。これは、恐ろしい病気だと思いましたね」(同)

32歳の男性のケースも

 また、大谷医師は、「夏血栓」によって心筋梗塞を引き起こしたケースも目の当たりにしている。

「32歳の男性が東京ドームでジャイアンツ戦を観戦していた時でした。急に胸が痛くなって病院に救急搬送されてきたのですが、最初は気胸や胸膜炎を疑ったのです。しかし、調べてみると違う。もちろん、基礎疾患もありませんでした」

 気になったのは、ビールをガンガン飲みながら応援していたこと。そして汗をびっしょりかいていたことだった。

「もしや、と思って心電図を取ると心筋梗塞を起こしていたのです。ビールの利尿作用で身体の水分が失われ、応援で体温が上がったため、脱水状態になったのでしょう。血液はドロドロになっていたはずです」(同)

 かように、「夏血栓」は、医者でさえ判断を迷ってしまうことがある。発見と治療が遅れたら、自覚のないまま最悪の事態になることを覚悟しなくてはいけない。

「週刊新潮」2017年7月20日文月増大号 掲載