加速力抜群のドリブルで敵DF陣に風穴を開け、急所を抉るラストパスでゴールを演出する。チャナティップはピッチに娯楽を運ぶフットボーラーだ。写真:山崎賢人(サッカーダイジェスト写真部)

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 小野伸二が「巧い」と言うのだから、間違いないだろう。
 
「本当に足下は巧いですよ。たしかに小柄なんだけど、あの速さがあれば、そう簡単に(敵DFも)当たれないと思う。チームに溶け込むのも早かったし、楽しみですよ」
 
 レジェンドがそう太鼓判を押すのが、6月21日からコンサドーレ札幌の練習に合流しているタイ代表MF、チャナティップ・ソングラシンだ。身長158センチ・体重56キロの23歳。華奢な体格と幼い顔立ちもあいまって、間近で見ると、十代半ばの青年かと錯覚してしまうほどあどけない。
 
 だが、ひとたびピッチに立つとなかなかスケールが大きい。フォーメーション練習では随所で自慢の技巧を披露。重心の低いドリブルから裏へのスルーパスを送れば、鋭いカットインから左足で豪快弾をお見舞いするなど、惚れ惚れするような切れを見せた。負傷明けのため、この日が13か月ぶりの全体練習合流となった稲本潤一も、初めてセッションしたチャナティップを「見ての通りの巧さ。J1でもぜんぜんやれると思う」と評する。
 
 これまでも幾人かの東南アジア出身選手が、Jリーグの壁に挑んだ。だがいずれも確かな爪痕は残せず、ある者は言葉や文化の違いに苦しみ、ある者はサッカースタイルに適応できず、母国への帰還を余儀なくされた。だが、このチャナティップにそんな心配はいらない。 “タイのメッシ”の異名は伊達ではなく、娯楽性に富んだプレーで観る者を楽しませ、イメージを一変させるはずだ。
 
 まず、日本のファンにどんなプレーを観てもらいたいか。手を合わせて挨拶してくれた“小さな巨人”に訊いてみた。
 
「自分がタイでやってきたプレーそのままです。僕は攻撃の選手。スピードに乗った積極的なドリブルであったり、ゴールに繋がるラストパスであったり、得点に関わるすべてのプレーに注目してください」
 
 入団が発表されたのは今年の1月だ。コンサドーレとしてはすぐに引き込みたかっただろうが、正式入団は夏に持ち越された。タイ代表でのワールドカップ最終予選と前所属・ムアントンでのアジアチャンピオンズ・リーグ出場を優先したためだ。日本代表や鹿島アントラーズ、川崎フロンターレと対戦することとなり、奇しくも日本のファンにはすっかり馴染みのアタッカーとなった(それらの試合でも十分に存在を示していた)。
 
 今回の来日に合わせて、タイから取材グループが同行している。国内屈指の強豪ムアントンを傘下に持つ『サイアム・スポーツ・グループ』のTVクルーだ。ディレクターのタナパット・ククタパンさんが、普段のチャナティップの様子を教えてくれた。
 
「もともと彼は日本が大好きで、Jリーグでプレーするのを心の底から楽しみにしていた。でも1か月前に来日した直後は、正直言ってあまり元気がなくて、少し先行きが不安だった。ストレスを感じていたのかもしれない。でも、すぐに克服できたようだ。コンサドーレの選手たちやファンが温かく迎えてくれたからで、『本当にいいチームに来れた』と喜んでいるよ。チャナティップは国民的英雄であって、僕たちの誇り。タイのすべてのサッカーファンが信じている。かならずJリーグに名を残す選手になるとね」
 
 仕掛け人である野々村芳和社長も、特大の期待を寄せているひとりだ。
 
「むっちゃ巧いんでね。あんな感じのセンスある選手は、最近の日本人にもいないんじゃないかな。とにかく速くて、ドリブルで仕掛けるんだけど、シンプルにも行ける。パスもセンスがあるしね。コンタクトプレーになったらさすがに厳しいのかもしれないけど、あれでボールを奪うのがすごく巧かったりする。けっこうやれるんじゃないかな」