風の歌を聴き、葉っぱの歌声に耳を澄ませたあの頃…
清田彩


ハリウッド女優のようにパンと張った肩幅、伸びやかな手足、造作のはっきりした華やかな顔立ち――――。まさに大輪の花だ。

これだけ高度なスペックを与えられた美女だけに、ひまわりのように太陽の光を目一杯浴びる人生を送ってきたのだろうと想像する。けれども清田彩さんは、遠くを見るような目で「遠回りばかりの人生でした」と切り出した。

では、彼女はどんな遠回りをしてきたのか、熊本で過ごした幼少時代に遡って振り返っていただこう。




「実家は熊本の山奥で、小学校の行き帰りには森の中を通ったのを覚えています。森の中では風の歌を聴いたり、鼻歌を歌うと葉っぱが返事をしてくれたり(笑)。小学校の時は剣道に夢中で、防具を着たまま走り回って、山に向かって素振りをしていました」

一瞬、“不思議ちゃん”かと思ったけれど、そうではなかった。彼女は熊本の豊かな自然を心から愛している。

「夜空を見上げると満天の星がキラキラ輝いていて、本当にきれいでした」




中学、高校へと進むにつれて、雑誌やテレビから熊本の夜空とは違うキラキラした世界があることを知る。

「渋谷に109というのがあるんだって、とか、裏原宿よかねぇとか。実家は比較的博多に近い場所だったのでたまに東京へ行きました。でも、お小遣いは交通費だけで精一杯。何も買えなくて……。高校を卒業したら絶対に東京に出ようと心に決めました」




鏡に映った醜い自分の姿に愕然としたあの日


東京に出て、まずは美容の学校に入学した。けれども、アメリカの大学に行きたいという気持ちが抑えがたく、20歳でシアトルに留学した。

「シアトルの大学で学ぶうちに、生物学に興味を持ちました。でも、自分にできるかどうか悩んで、ホストマザーに相談したんです。すると、若いんだから絶対にできるわよ、と励まされて、よしやってみよう!と思えたんです」




約1年間の留学を終えて帰国した彩さんは、22歳で神戸女学院大学に入学する。

「生物学を学んで26歳で卒業した時に、今度は医学に興味が湧いたんです。そうだ、医学部を受験しようと思って、1年浪人することに決めました」

自宅に引きこもって勉強をする毎日で、彩さんは集中力を高めるための方法を思い付いた。


このあと、彼女の集中力を高めるための驚きの方法を教えます!




「眠くなるといけないのであまり重たいモノは食べられない、けれども脳にはエネルギーが必要、ということで、生クリームを食べながら勉強しました。でも、常に生クリームのスプレーを片手に勉強していたので、いまより10kgも太ってしまい……。受験前のある日、醜く太っている自分に耐えられなくなったんです。それで近所のジムでトレーニングすると、劇的に身体も心も変わったんです。あ、運動を継続すれば幸せになれるかも、と」

残念ながら希望する医学部に合格することはできなかったけれど、彩さんは身体を動かすことと真剣に向き合うようになった。

「90歳になる熊本のじっちゃんにも教えたいと思って、それでヨガに打ち込むようになりました。ヨガインストラクターの資格も取り、朝は1時間のヨガ、午後は1時間の筋トレを日課にしています。たまに泳ぐのも頭がすっきりしますね」




「熊本の女がやったばい!」と喜んでほしい


ヨガを始めて前向きになった時に、ミス・グランド・インターナショナルの存在をインスタで知った。外見の美しさだけでなく、健やかな身体や自分の意見を求められることなどが、彩さんのハートに刺さった。

シアトルへの留学経験、大学で学んだ生物学、医学部を志した受験勉強、ヨガとの出会いなど、すべてを活かせるのがミスコンテストなのだ。

彩さんはここで、5冊のノートをトートバッグから取り出した。

「スピーチについて、立ち姿について、メイクについて、英語について――。ミスグランドに挑むために、いつもこのノートを持ち歩いて、感じたことや気付いたことを書き記しています」

ノートを見せてもらうと、「PEACEについて」というタイトルで、何ページにもわたって自身の考えが日本語と英語のきっちりとした文字で綴られていた。

「私はいま、本気でミスグランドの世界一を目指しています。世界一になって、地元のみなさんに『熊本の女がやったばい!』と思ってもらいたい。地震や大雨で大変ですけど、少しでも熊本の力になりたいんです。世界一になった暁には、大好物の馬刺しでお祝いしたいです」




彩さんは、ミス・グランド・ジャパンのファイナリスト14名に残った。9月のファイナルを勝ち抜けば、次は世界だ。いまは日々、ハードに心と体、そして知性を磨いている。たまの息抜きは、築地での食べ歩き。

「ウニ丼とか海鮮丼がおいしいんです! たまにお店のおばちゃんが外国人と勘違いして、『ミソスープ、サービス』って声をかけてくれます。日本人だと言うのも悪いので、サンキューって言ってますけど(笑)」

自分でも、27歳でのミスコン挑戦は遅いかもしれないと不安だ。一方で、遠回りをした人生が悪くないとも感じている。

「身体を動かすことの素晴らしさを知り、それを人に伝えるビューティトレーナーになるという大きな目標ができました。そういう形で女性を応援できるということを知ることができたので、遠回りは結果的によかったと思っています」

彼女の話を聞いていると、何かを始めるのに遅すぎるということはないのだと、インタビューしているこちらが勇気づけられた。