菊地唯夫・ロイヤルホールディングス会長兼CEO

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7月29日(土)から公開予定の映画『ファウンダー ハンバーガー帝国のヒミツ』。主人公は世界最大のハンバーガーチェーン「マクドナルド」を築き上げたレイ・クロック。50代にして革新的なシステムで大成功を収めた姿を、彼の自伝『成功はゴミ箱の中に』(プレジデント社)をもとに描いている。「世界一のファウンダー(創業者)」を目指す彼のビジネス手法を、現代の識者はどう観るのか。映画公開記念の連続インタビュー、第1回は「ロイヤルホスト」を運営するロイヤルホールディングスの菊地唯夫会長兼CEOです。

■ステークホルダーも納得する「高度成長」

今年、私は52歳になります。映画の主人公であるレイ・クロックが「マクドナルド」と出合った年齢です。この歳から巨大「ハンバーガー帝国」を築き上げたのは驚きで、すごい経営者だなと思いました。彼がビジネスをした時代、特に1950年代から80年代の米国社会は、資本主義が健全に機能した時代でした。資本主義の解釈はいろいろありますが、経済が成長してこそ機能します。

実は、現代の日本で企業経営をするむずかしさは、「ステークホルダー(利害関係者)の利害対立とその調整」だと思っています。たとえば最近の「宅配便の配達問題」であれば、利用客の使い勝手を最優先して、朝から夜遅くまで再配達も含めて届けるのか。それとも荷物を仕分けして配達するドライバーの業務環境に配慮して、配達時間の短縮や一部の再配達を見直すか。「お客様の利便性⇔従業員の働き方」というステークホルダーの利害対立が生じます。低成長時代には、さまざまな局面でこうした対立が起きてしまう。

一方、日本も米国も高度経済成長期には、こうした対立は起きにくかった。会社は大量生産・大量販売で売り上げが毎年右肩上がりとなります。従業員も働けば働くほど給料は上がり、持ち家や家電製品も手に入り、暮らしがよくなります。“モーレツサラリーマン”と呼ばれた長時間労働はありましたがあまり問題視されず、「成長がすべてを癒し」たのです。

レイ・クロックが築き上げた「マクドナルドのチェーンストア理論」は、日本の外食産業に大きな影響を与えました。あの時代に均等な品質・大量生産・効率性を追求したことには敬意を表します。現在、国内の外食産業の市場規模は25兆1816億円(前年比2.2%増)となっています(日本フードサービス協会の調査による推計。2016年7月発表)。パートやアルバイトを含めると従業員は約480万人という巨大市場に成長しました。

一見、順調そうに見えますが、現在はチェーンストア理論の限界もきていると感じます。

■「成長時代」の手法の行き詰まり

この映画で描かれているのは「成長時代」ですが、現在の日本は少子高齢化で人口も減り続ける「成熟時代」です。成長時代は、たとえば若年人口が増えていれば働き手も多く、従業員の獲得もむずかしくありません。「量」を追い求めても一定の「質」は担保できたのです。でも成熟時代は「質」と「量」は両立することが難しくなってきたと感じています。

少し前、「ロイヤルホストが24時間営業をやめる」というニュースが大きな話題を呼びました。実は以前から当社が取り組んできた計画で、6年前には24時間営業の店は約40店ありました。そこから徐々に対応店舗を減らし、今年1月で最後の1店をとりやめたのです。

今でこそ業績は順調ですが、私がロイヤルホールディングス(以下、ロイヤルHD)の社長に就任した2010年当時、業績は低迷していました。社業の中身を精査しながら「今後の10年でどんな会社をつくるか」を従業員と社内対話を続けた結果、「成熟時代に合った『質の経営』で行く」ことを掲げ、事業活動を見直したのです。

現在、「ロイヤルホスト」では国産食材のメニューを強化していますし、各店舗に料理人がいてキッチンでひと手間加える調理が特徴です。営業時間を短縮すれば、従業員に余裕が生まれ、食材の品質を高めれば、こだわりを持って調理も接客もできます。社長就任当時から、長時間労働や高い離職率があたり前ではない会社をめざしてきました。

マイケル・キートンが演じるレイ・クロックが、初めてマクドナルド兄弟が経営するハンバーガーショップに行った時、店のスタッフが手際よく調理し、注文した品があっという間に提供されることに驚きます。お客様も店の前でおいしそうにハンバーガーを食べている。まさに「消費者の喜ぶ商品を画一的に効率よく販売する」システムです。

日本の外食店もこれを取り入れて成長したのですが、現在は低価格訴求が行き過ぎた面もあります。コストの高い日本では、何かを犠牲にしなければ、サービス産業における低価格は実現できません。外食産業で起きた食品に関する様々な事件も、安さのために材料費を犠牲にした結果です。そうではなく、食材の品質を高めれば低価格競争には巻き込まれず、「安心・安全」を求めるお客さまが来てくださる。営業時間の短縮と同時に行えば、来店客数は減りますが、客単価は上がり、正当な利益も確保できるようになると考えています。

■「てんや」も取り入れた“マック流”

マクドナルドとロイヤルHDには関係性もあります。当社グループの「天丼 てんや」は、岩下善夫さんが創業しました。実は岩下さんは、日本マクドナルド創業当時の設計・建築・立地の責任者です。1971年に銀座に開業したマクドナルド国内1号店から関わり、「これと同じモデルを日本の食の分野でできるのではないか」と構想を温めて、89年に「天丼 てんや」の開業につなげたのです。

てんや(運営するのはテン コーポレーション)の経営理念は「外食業は人間業」というもので、映画のシーンにあった「マクドナルドはファミリーだ」を彷彿させます。そういえば、スターバックスコーヒーの実質的な創業者であるハワード・シュルツ氏も「コーヒービジネスではなく、ピープルビジネスだ」という言葉を使っています。

また、てんやの「オートフライヤー」と呼ぶ天ぷらの揚げ機器は、マクドナルドのフライドポテトの揚げ機器から発想を得ています。てんやには、随所にマクドナルドの流儀が反映されているのです。

外食産業はいろんな視点で見られることも多く、「飲食業」だと言う人もいれば、チェーン展開するための物件開発が欠かせない「不動産業」だと言う人もいます。映画でも、クロックが新店舗の出店候補地を熱心に探すシーンが描かれています。そしてもう1つの視点が「人間業」なのです。労働集約型の側面があるからだけでなく、従業員も大事なステークホルダーの1人としてリスペクトする視点が重要だと考えます。

■「創業家の重し」が、質と量を両立

この映画を観た人は、いろんな感想を持つと思います。ハンバーガー事業の基本型をつくりながら、クロックに“果実”の大部分を持っていかれたマクドナルド兄弟に思い入れをする人もいるでしょう。日本的な表現でいえば「ひさしを貸して母屋を取られる」――。映画でもディック・マクドナルド(弟)が、「ニワトリ小屋にオオカミを入れた」と嘆くシーンが出てきます。

でも私は、マクドナルド兄弟がいたから、クロックも質と量を両立した巨大ハンバーガーチェーンを築き上げることができたと思うのです。それまで「マルチミキサー」という機械のセールスマンだったクロックは、当初はハンバーガーという「商品」よりも、事業の「システム」に興味を持ちました。チェーン店は100店や200店までは信頼を重ねながら展開していきます。ブルドーザーのように突き進むクロックに対して、マクドナルド兄弟という「創業家」が重しとなった。そうでなければ金儲けの手段として使われ、ブランドも崩壊したでしょう。

余談ですが、ロイヤルHDを築き上げた江頭匡一さん(故人。元社長、会長)も、経営の第一線を退いてからは「ファウンダー」(創業者)という肩書にこだわりました。手塩にかけた事業の行く末を見守る創業者の思い……。私も、そうした“重し”を意識しつつ、来店客に満足いただける外食店を追求していきたいと思います。

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菊地 唯夫 (きくち・ただお)
日本フードサービス協会会長・ロイヤルホールディングス会長兼CEO
1965年神奈川県横浜市生まれ。88年早稲田大学卒業後、日本債券信用銀行(現あおぞら銀行)入行。2000年ドイツ証券。04年ロイヤルホールディングスに入社し、10年3月に同社社長。16年3月から会長兼CEO(最高経営責任者)。同年5月から外食産業の業界団体、日本フードサービス協会会長に就任した。

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(日本フードサービス協会会長・ロイヤルホールディングス会長兼CEO 菊地 唯夫 構成=経済ジャーナリスト 高井尚之)