中国の資産購入ラッシュが続くマレーシア。中国政府の狙いは2つ。まずは、1MDBが手がけるマレーシア最大級の再開発事業「バンダー・マレーシア」の整備地区に開通するマレーシアとシンガポール間の高速鉄道受注への布石を打つこと。もう1つは、米中間の緊張が走る南シナ海紛争でのマレーシアからの支持獲得。1MDBで130億ドル(約1兆5000億円)の巨額の負債を抱え、リンギットの貨幣価値が下がる中、ナジブ政権に貸しを作り、中国支援の拡大を企む(中国中鉄=CREC=が参画のクアラルンプール市内の再開発地、筆者撮影)


 スーパーモデル、ミランダ・カーさん(34歳)は、前夫の俳優、オーランド・ブルームさんが熱心な創価学会インターナショナル(SGI)の会員だったことで、当初、自身も創価学会に入信。そんな日本との縁もあり、日本の各企業とCM契約を結ぶなど、日本でも特に人気がある世界のセレブとして知られる。

 その彼女が世界のメディアを賑わしている。

 5月に、携帯アプリ「スナップチャット」のCEO(最高経営責任者)で総資産50億ドル(約5600億円)、“世界で最年少の億万長者”といわれるエヴァン・スピーゲルさん(26歳)と再婚し話題をさらっただけでなく、6月末には、米司法省に810万ドル(約9億円)相当の宝石を返還したことが明らかになったからだ。

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ジョー・ロー氏から贈られた億単位のジュエリー

 同宝石は、マレーシアの政府系投資会社「1MDB」の不正流用資金絡みで現在、米国をはじめ、英国、スイス、イタリア、ルクセンブルク、アラブ首長国連邦、オーストラリア、シンガポール、香港、タイなど世界10カ国で、不正疑惑の中心人物として捜査対象となり、刑事訴追がささやかれるマレーシア人の若き大富豪、ジョー・ロー氏(34歳)から贈られたもの。

 2014年から1年間ほどミランダさんの恋人だった同氏が彼女にプレゼントした宝石は、ピンクダイヤモンドのペンダント(480万ドル=約5億3800万円)やハート型のダイヤモンドのネックレス(180万ドル=約2億100万円)などで、億単位の超豪華なジュエリーばかり。

 いずれも1MDBの公金から不正に購入された疑いが強く、ミランダさんが米当局に引き渡したというわけだ。

 1MDB不正流用・横領事件は、日本のメディアで初めて、約2年半前の2015年3月と4月、JBPressの本コラムで報道した「消えた23億ドル〜マレーシア政府系投資会社の巨額不正疑惑(1)http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/43250(2)http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/43277(3)http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/43331」(日本貿易振興機構=ジェトロ=の経済産業省所管、国のシンクタンク「アジア経済研究所」が調査論文で参考文献として引用=http://www.ide.go.jp/Japanese/Research/Region/Asia/Radar/201507_nakamura_2.html)に関連するもので、スイスでは同事件に関わった取引銀行(BSI)がすでに刑事訴追を受けている。

 日本のメディアは当時、報道していなかったが、ここ2年間で米司法省の捜査が進み、今回、世界のセレブ、ミランダさんが巻き込まれたこともあり、米国のメディアが一斉に報道。「週刊新潮」(7月13日号。筆者の解説記事掲載=https://www.dailyshincho.jp/article/2017/07170559/?all=1)など日本のメディアも詳細を暴露するなど、ここにきて日本でも関心が高まっている。

 そもそも今回のミランダさんの宝石返還は、6月15日に米司法省が起こした民事訴訟で明らかになったもの(参考=https://www.justice.gov/opa/pr/us-seeks-recover-approximately-540-million-obtained-corruption-involving-malaysian-sovereign)。

 米司法省は、「1MDB」に関する不正流用疑惑で、米ロサンゼルスの連邦地裁に、約5億4000万ドル(約600億円)の資産差し押さえを申し立てた。

 本コラムでも報道した昨年7月の提訴(参照=http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/47506 )と合わせ(136ページに及ぶ訴状=参照1=https://www.justice.gov/archives/opa/page/file/877166/download、参照2=https://www.youtube.com/watch?v=_gBNuJCGezY&app=desktop)、1MDB関連の資産の差し押さえ請求額はこれで、合計約17億ドル(約1900億円)にも上った。

 今回、米司法省はさらに膨大な251ページの訴状(参照=https://www.justice.gov/opa/press-release/file/973671/download)の中で、45億ドル(約5000億円)以上の資金が、1MDBの幹部などによって横領され、巨額な宝飾品や不動産、さらには世界的に著名なピカソの絵画などが“爆買い”されたと告発。

泥棒政治による米国史上最大の横領事件

 「不正流用された資金をマネーロンダリングするため企てられた国際的な陰謀」と厳しく糾弾。この一連の事件が「泥棒政冶(盗賊政冶)による米国史上最大の横領摘発事件」と名指しで、マレーシアのナジブ・ラザク政権を批判。

 さらに、同首相が不正資金を流用、“影の最高権力者”でマレーシアのイメルダ夫人と揶揄される大浪費家、ロスマ夫人(参照=http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/44463)が、ミランダさんの9億円をはるかに超える約30億円のピンクダイヤモンドのネックレスを受理していたと指摘。

 今回、国際的な刑事訴追が噂れる1MDBの投資ブローカー(1MDBの資金運用責任者)のジョー・ロー氏が贈答品を贈っていたのは、ロスマ夫人やミランダだけではない。

 ハリウッド映画「タイタニック」の主演で国際的俳優のレオナルド・ディカプリオさんも、前回の訴状では「ハリウッド映画俳優1」と記されていたが、今回の訴状では実名で告発された。

 米司法省での記者会見でも言及された上述のピカソの絵画は、ミランダさんより事前に、ディカプリオ氏が司法省に返還したもの(330万ドル相当)。

 訴状によると、ジョー・ロー氏は偽名、「エリック・タン」という名前で、ディカプリオ氏にプレゼントしていた。さらに、司法省が同氏に返還を命じた中には、マーロン・ブランドのオスカー像(60万ドル相当)のお宝をはじめ、バスキアのコラージュ(900万ドル相当)やアーバスの写真(80万ドル相当)が含まれるというから、驚きだ。

 1MDBの不正資金で設立、運用されていた映画会社「レッド・グラナイト・ピクチャーズ」製作の米アカデミー賞候補、ディカプリオ主演作「ウルフ・オブ・ウォールストリート」の権利差し押さえも敢行されたが、ディカプリオ氏の“容疑”は、完全に晴れたわけではない。

 それは同映画会社の創設者でマレーシアのナジブ首相の義理の息子、アジズ氏(ロスマ夫人の連れ子)やジョー・ロー氏との密接な関係だ。

 訴状では、2012年に3人がラスベガスで1週間のカジノ豪遊をするために1100万ドル(約13億円)が1MDBからロー氏の個人口座に振り込まれ、1日に115万ドル(約1億3000万円)が浪費されたことがあったという。

数百万円の高級シャンパンを贈呈

 さらに、環境保護団体のディカプリオ財団への寄付の名目で数百万円もの高額なシャンパンが贈呈されたり、南アフリカのワールドカップサッカーに招待されたりと、ディカプリオ氏を巡る疑惑は枚挙に暇がない。

 最も特筆すべきは、いまだディカプリオ氏の広報担当も明確にしていない米司法省に差し押さえられたアカデミー賞候補作「ウルフ・オブ・ウォールストリート」の出演料2500万ドル(約28億円)の返還についてだ。

 映画会社の設立、運営資金だけでなく、同会社の100%出資で製作された同映画への出演料。自ら返還し、潔白を晴らした方が今後の俳優人生にも“汚名”を着されずにすむだろうに・・・。

 しかし、すでに、暗雲は立ち込めている。

 トヨタ自動車の「プリウス」や「レクサスLS」などのエコカーを早くから保有し、アカデミー賞授賞式にはベントレーやベンツで来場するハリウッドスターと一線を画し、プリウスで登場。環境活動家としても知られていたディカプリオ氏の“影”の部分が、1MDBの事件がきっかけで暴露され始めた。

 自ら代表を務める環境保護団体「レオナルド・ディカプリオ財団」(https://www.leonardodicaprio.org/)の不透明な資金の運用が明らかになってきた。

 同団体は、非営利組織(NPO)でなく、寄付顧問基金(DAF)で、米国では、法的には支出と収入の公開義務はない。しかし、環境活動の慈善事業を実施する組織としている手前、チャリティの運営資金、経費、収益の実態を明らかにする“社会的責任”があると、批判する環境関連団体が出てきた。

 その1つが、今回の事件の震源地、マレーシアの熱帯雨林の保護・保全活動を行う環境慈善団体、「ブルーノ・マンサー基金」だ。ディカプリオ氏に、下記の公開状を送った。

 同団体は、ディカプリオ氏とアジズ氏およびローとの親密な関係が、熱帯雨林の破壊につながっていると指摘。政治腐敗が深刻なマレーシアでは、賄賂と引き換えに、政府が森を伐採しているからだ。

米大統領選にも影響を及ぼす

 「ディカプリオは、世界の環境保全を訴えてきたのに、賄賂と引き換えに森の伐採に“加担”している。不正流用資金で受理した映画のギャラは、我々の税金。我々と使命を同じにするなら、腐敗したお金を受理するのは、恥ずべきことで返還するべき!」と痛烈に批判している。

 さらに、ディカプリオ氏の“腐敗疑惑”は、外交や米大統領選にも影響を及ぼしている。

 ドナルド・トランプ政権が離脱し、国際問題となっているパリ協定の署名式に熱心な環境問題活動家として招かれ出席したディカプリオ氏。彼のプレゼンスは、各国の政治的な格好の“広告塔”としての役割を担っただけに、国際社会にも大きな影を落とそうとしている。

 また、昨年の米大統領選では、ヒラリー・クリントン氏の資金集めのパーティがディカプリオ氏の自宅で開かれるはずだったが、直前になって、著名な歌手のジャスティン・ティンバーレイク氏の自宅に変更されるというハプニングが起きた。

 通常は考えられないことだが、「1MDBの事件が、ディカプリオ財団と関与していれば、クリントン氏にとって不利な材料となる可能性があったから」(米政冶アナリスト)という見方が有力だ。

 ハリウッドでは、ディカプリオ氏に次ぎ、ミランダさん、「次は自分の番かと」、びくびくしているスターもいるだろう。

 ヒルトンホテル創業者の孫、パリス・ヒルトンさんをはじめ、女優のリンジー・ローハンさん、さらには、歌手のアリーシャ・キーさん・・・。驚愕の公金不正流用事件が揺さぶる、米映画界や芸能界を巻き込んだ“余震”は計り知れない。

 また、余震は米国だけではない。2年半前の本コラムでも解説(参照=http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/43250)したが、1MDBの事件は、日本が受注を目指す2026年開業予定のマレーシアのクアラルンプールとシンガポールを結ぶ高速鉄道の建設計画にも大きな影を落とす。

 クアラルンプールの高速鉄道駅は、1MDBが手がける再開発プロジェクト「バンダー・マレーシア」で整備予定の地区に建設されるからだ。同計画は高級住宅街やオフィス街が立ち並ぶマレーシア最大級の再開発事業。

日本が受注目指す高速鉄道事業にも影響

 1MDBがもともと同建設予定の土地を所有していたが、2015年末時点で、1兆5000億円以上(マレーシアの国家予算の約20%、GDPの約5%に相当)の負債を抱えていたところ、中国の国有鉄道建設「中国中鉄」などの企業グループが、2015年12月、約74億リンギ(約2000億円)で1MDBの負債と不動産の60%を、肩代わりすることで一旦合意。

 中国は、再開発事業に投資することで高速鉄道受注を有利に展開させようと狙っていたと見られたが、今年5月になって突然、交渉は不調に終わり、ナジブ首相は再びスポンサーを募ることを発表。

 マレーシア政府は計画が白紙となった原因は、中国中鉄側が支払い義務を履行しなかったこととしているが、「中国政府が中国中鉄に投資の許可を出さなかったため。中国政府は昨今、資本規制を厳重にしており、特に地政学的に利益が得られないと見る事業には慎重になっている」(中国の投資アナリスト)という。

 2国間にまたがる高速鉄道は、日中の企業が激しい受注競争を展開しているが、開発全体が遅れることは必至で、日本が受注を目指す高速鉄道計画のスケジュールにも影響する。

 高速鉄道の入札を、マレーシアとシンガポールは今年の10月から12月、運行も2026年としているが、遅延になる可能性が高い。

 中国が狙っていたのは、そもそも、「事業費約2兆円」ともいわれる高速鉄道事業だったが、1MDBの負債処理の行方が不透明になったことで、「これまで中国が優勢だった高速鉄道受注戦も、日本が勝ちに行く希望が出てきた」(マレーシアの企業投資家)とする見方もある。

 マレーシアを震源地とする「米国史上最大の泥棒政冶(盗賊政冶)による横領摘発事件」の“余震”は、まだまだ世界を揺るがすだけでなく、日本が切望する高速鉄道の行方をも左右する事態となっている――。

筆者:末永 恵