アナゴの天ぷら。大阪府泉南市内、岡田浦漁協が開催する「日曜青空朝市」にて。当地では古くからアナゴを天ぷらや蒲焼などで食べてきた。


 味も体型も特徴的な魚「アナゴ」に光を当てている。

 前篇では、日本人がこの食材をどう捉えてきたかを追った。「ウナギに比べると」といった文脈で語られがちなのは、昔も今もそう変わらない。江戸時代の文献には「ウナギより劣る」という主旨の評価も見られた。とはいえ、漁が盛んな地域ではアナゴも貴重な海産物。各地でアナゴの寿司や駅弁などが生まれ、地域ブランドとして発展してきた。

 アナゴを獲って食べてきた地域の1つが、大阪府泉南(せんなん)市だ。府内随一のアナゴ漁獲量を誇る時期もあった。だが、2000年代半ばから漁獲量が急減。乱獲や水温上昇などの原因が指摘される。

 再び「泉南のアナゴ」で活気を取り戻すべく、岡田浦の漁業者たちは、大学や自治体と連携してプロジェクトを立ち上げた。後篇では、このプロジェクトを紹介し、アナゴ食の未来を考えたい。

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近畿大学からアナゴ養殖法を学ぶ

 泉南市内の岡田浦漁協には、かつてアナゴ専門の漁業者もいた。アナゴは夜行性のため夕方に船を出す。漁場でイワシなどの餌を入れた篭を沈め、暗くなってから引き上げる。獲れたアナゴは、漁業者が開きなどにして、各市場に出荷した。地元でもアナゴの天ぷらや蒲焼などとして食べられた。こうして「泉南アナゴ」は名を馳せてきた。

 ところが、危機が訪れた。かつては年中、獲れていたアナゴが、近年では2〜4月のみに、しかも限られた海域でしか獲れなくなってしまった。2004年に140トンあった漁獲量は、10年後には10分の1まで落ち込んだ。

「地域に根づき、伝統のある『泉南アナゴ』を絶やしてはいけないと考えました」。こう話すのは、漁協青年部部長の東裕史(あずま・ひろし)氏だ。危機意識を漁協メンバーが共有した。では、どうやってこの危機を乗り越えるか。

「近畿大学が養殖の実験・研究を進めていました。我々もどうにかアナゴの養殖ができないかと考えました」

 近畿大学といえば、産試験研究所のクロマグロ完全養殖プロジェクトが知られている。だが、クロマグロだけではない。同研究所は2004年より天然資源に頼らないマアナゴの完全養殖実現を目指した養殖研究に着手し、2010年から富山実験場(富山県射水市)で養殖を行っている。

 東氏ら漁協のメンバーは、養殖技術を近大から学び、岡田浦でアナゴを養殖し、「泉南アナゴ」として付加価値を付け、地域ブランドの再興や漁業者の収入向上につなげようと考えた。泉南市が、漁協と近大を取り持つなど連携推進や調整を行い、「産学官連携」の体制が整った。

東裕史(あずま・ひろし)氏。岡田浦漁業協同組合青年部部長。漁協で実際に漁をする組合員62名を支援。漁協で開催している「地引き網」「体験漁業」「日曜青空朝市」などの企画・運営も行う。


手探りの「第1期」養殖、地域ブランドの第一歩に

 プロジェクト開始は2015年12月。「アナゴの稚魚を獲ってきて、水槽で養殖し、出荷用によい頃合いになるまで育てるというのが、目指すべきプロセスです」。

 だが、アナゴがどう育つのか、知識をもっているわけではない。そもそもアナゴの生態には謎が多い。マアナゴの産卵場所が沖ノ鳥島南方の海底山脈上と発見されたのも2012年になってからだ。

 その点、養殖技術に長けた近大は、獲ってきた稚魚を水槽で出荷サイズまで育てることにすでに成功している。そこで岡田浦漁協の複数人がプロジェクト開始直後の2016年1月、富山実験場に出向いて4日間の住み込みで、大学スタッフから養殖方法を実習した。

「何時にエサやりをして、何時に掃除をしてといった日々のサイクルを一から学びました」。餌は、市販の養殖魚用の粒エサのほか、魚粉、魚油。それにビタミン剤などの栄養を混ぜ込んだ練りエサ、また、イワシを生餌として与える。

 3月には漁協でキックオフセレモニーが開催された。まずは近大のアナゴ100匹を譲り受け、漁協の建屋内に置かれた真新しい水槽に放流した。「楽しみ半分、でも魚の養殖自体やったことがなかったので、自分たちにできるかなという不安も半分でした」。

 4月になると、今度は大阪湾で獲った30グラムほどのアナゴの稚魚2000匹以上を水槽に入れて育て始めた。

 その後、話題になったのは、養殖中のアナゴの一部を、近大富山実験場に「引越し」させたことだ。「近大に預けて、実験場で飼育したアナゴと、我々が漁協の水槽で育てたアナゴで、どんな差が出るかを見ようとしました」。

 違いは水槽と海水だ。岡田浦漁協の水槽は四角くて、1基につき海水の容量は20トン。近大の水槽は円形で30トンと大きい。また、漁協は当然、大阪湾の海水を使い、近大は富山湾の海水を使う。近大では深層海水が使われ、夏場でも適温の摂氏23度を保てる。ただし、岡田浦漁協にも冷却装置があるので、水温の差はさほどない。

(上)漁協内に設置されたアナゴ養殖用の水槽。(下)水槽内のアナゴ。昼間はパイプ内で過ごしているが、人が手を叩くと一斉に飛び出してくる。


 12月、近大に預けていたアナゴたちが帰ってきた。岡田浦で育てたアナゴも多くが成長を遂げた。東氏らは「差」に注目したが、「期間が短かったこともあり、さほどありませんでした」と言う。

 無事に育った“養殖第1期生”は、新生「泉南アナゴ」としてブランド化した。2017年2月、泉南市はふるさと納税返礼品として、養殖アナゴのタレ焼きと白焼き2種4尾を限定70セット用意。すぐに「完売」した。また、漁協開催の「日曜青空朝市」でもアナゴの天ぷらやアナゴの天丼として振る舞われた。

 稚魚の獲得から製品の出荷までの1サイクルを完遂したことになる。「ふるさと納税の返礼品まで実現できたので、その点では成功かなという気はします。一方で、今後に生かすべき課題も見つかりました」。

ふるさと納税の返礼品となった「泉南あなご」。 (撮影:東氏、写真提供:泉南市)


海水井戸を利用、エサには地元のウメ・ミカンも

 2017年、岡田浦漁協は、2期目となるアナゴの養殖を始めた。養殖アナゴの数を3000〜4000匹と増やした。そして、1年目に得られた課題についても改善に向け、取り組む。

 1期目の岡田浦でのアナゴの死亡率は約3割ほどだった。「普通なら、もう少し死亡率を下げられると聞きます」。死亡率の抑制を重要課題と認識する。

 また、漁協の水槽では海水冷却装置を長期間、稼働したためコストがかさんだ。そこで、2期目では実験的に「海水井戸」を利用することにした。地下浸透している地底深くの海水をポンプで汲み上げ、これを水槽にかけ流すのだ。水温をチェックして、この方法が有効かを見定める。

 近大の水槽への移送も、昨年より早く6月に実施した。獲れたばかりのアナゴを預けることで、より明確に岡田浦育ちと近大育ちを比較する。アナゴの数も増やした。

 味の工夫を図っていく。「アナゴの味はエサに反映されると聞きます。泉南市はウメやミカンの産地。そうしたエサを混ぜて成長させ、ブランド化を図ろうとしています」。これらのエサが味の成分に反映されるか、分析にも出す。

「『泉南アナゴ』の伝統を保ちたい」

 泉南アナゴの養殖プロジェクトは軌道に乗りつつあるようにも見える。ただし、このプロジェクトが採用された泉南市の「産官学連携まち・海・里山活性化推進事業」は、2020年度で区切りを迎える。

「それまでには、課題をクリアしていき、ある程度はアナゴの供給量と味の向上を実現させていきたい」と、東氏は抱負を話す。

 泉南沖の天然アナゴ減少の一因には海水温上昇があるとされる。魚の育つ環境の変化そのものを改善するのは難しい。状況を見守るだけでは、やがてアナゴ食の伝統は廃れてしまう。

 そうした中で、養殖技術が進歩してきた。その力を生かすことで、地元のアナゴ食文化を復活させようとしている。このプロジェクトは、現代における現実的な選択肢と見える。

「アナゴ漁はずっと続いてきました。養殖という形でも『泉南アナゴ』の伝統とブランド力を保っていければと思っています」

 地域に根づいた「食」を絶やさず、蘇らせる。多くの人の期待がかかっている。

筆者:漆原 次郎