今回は「カネ」の視点から中国のベンチャー市場を見て行く(写真はイメージ)


 前回(「中国で起業するのはどんな人?成功者の4つのタイプ」)は、中国ベンチャー市場を読み解く上での第3のキーワードとして、「万人の創業+絶え間ない人材の流入」を取り上げた。「新卒起業家」「海外留学組」「ネット大手の卒業組」といった、多様かつ巨大な”創業人材プール”から、1日1.2万社が誕生。政府も「負の遺産」(重厚長大型産業からの失業者)の受け皿として、積極的に新規産業領域での創業を促していることを述べた。また、「ヒト」の視点から、4タイプのパターンがあり、「草根(国内叩き上げ)+海亀(海外留学組)」のハイブリッド型が最も投資家に好まれることもご紹介した。

 今回は、第4のキーワードとして「豊富な資金調達環境」、つまり「カネ」の視点から見ていきたい。

中国ベンチャー市場を読み解く6つのキーワード
(出所: Legend Capitalとの討議よりDI作成)


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中国ベンチャー市場を読み解く6つのキーワード
(4)豊富な資金調達環境

□ベンチャー向け資金調達の全景
:総額で北米(10兆円レベル)に迫る勢いに

 中国における、ベンチャー企業向けの資金調達の主要チャネルは、大別すると3パターンが存在する。「(A)エンジェル投資家」「(B)ベンチャーキャピタル」「(C)スタートアップ出身の上場企業」である。これ自体は、世界的に見ても一般的であろう。

 そこで、各パターンによる資金調達額を、中国・米国・日本で比較しつつ、非常にざっくりと俯瞰してみたものが下図である(世の中に(A)(B)と(C)を分解したピンポイントのデータが存在せず、複数データソースを用いた推定となっている点をご容赦いただきたい)。

中・米・日の投資家別のベンチャー投資金額のラフな俯瞰(2016年)(単位: 円)
(出所: 投資中国、清科研究中心、NVCA Yearbook 2017、Crunchbase、CBInsights、JVR、ユーザベースよりDI分析・作成)


 まず一目で分かるのは、中国におけるベンチャー投資額は合計10兆円に迫る勢いであり、ついに北米と肩を並べようという水準に達し始めたことだ。一方、日本は2000億円レベルであり、実に30〜50倍の差が開いている。見方を変えると、中国のエンジェル・シード投資(エンジェル投資家を中心とするシードステージへの投資額)だけで、日本全体のベンチャー投資がほとんどカバーされてしまうと言っても過言ではない。

 また第2に、本連載でも頻繁に触れている通り、中国においては「スーパースター企業」、つまりバイドゥ(百度)、アリババ、テンセント(BAT)に代表される「スタートアップ出身の上場企業」のプレゼンスが一層大きい。年間3兆円レベルでのベンチャー市場への資金流入は、間違いなく特筆すべき点の1つだ。一方の日本は、(マザーズ市場へのIPOという別の受け皿が機能しているとはいえ)大手ネット系企業によるベンチャー投資・買収が、極端に少ない。

 それでは次に、3つのパターン別に、どのようなプレイヤーが、どのような思惑で動いているかを掘り下げていこう。

中国における3パターンの代表的な投資家
(出所: Legend Capital提供資料を基にDIリバイズ)


【A】エンジェル投資家
──「マクロ」と「ヒト」を軸に「選択的バラマキ」投資

 まずはエンジェル投資家である。彼らの置かれている環境はどういうものだろうか? 1つの手がかりとして、簡単に新設企業数とエンジェル・シード資金調達額のバランスを見てみよう。

 前回記事の通り、中国での年間新設企業数は440万社で、北米70万社の6倍にのぼるという。一方で、シードステージの資金調達額は1200億〜1900億円で、北米7300億円の5分の1程度に満たない。単純計算すると、「1新設企業あたりのエンジェル資金獲得額」は北米の30分の1ということだ。(便宜的に、新設企業のうち、資金調達を志向するベンチャー企業の割合が中国・米国で大差ないと仮定している)

 中国における起業ブームの勢いもさることながら、投資ブームの勢いも加味すると、カネが全く行き渡っていないとは考えにくい。投資ブームの中にあってもなお、投資家に見向きもされない有象無象の案件が大量に存在し、多産多死が起こっていると考えられる。

中国と米国のエンジェル・シード投資のイメージ(筆者作成)


 こうしたエンジェル・シード投資において、代表的な2社をご紹介しておこう。

 1社目は「創新工場(SINOVATION VENTURES)」である。創業者の李開復氏は、マイクロソフトのグローバル副総裁(2000年〜)、グーグルのグローバル副総裁・中華圏代表(2005年〜)を務めた中国IT業界の大家だ。同氏が2009年に北京中関村に設立した創新工場は、中国に「投資+インキュベーションセンター」のコンセプトを最初に導入した投資家として知られる。2016年末には270社以上の企業に40億元(約640億円)の投資を実行済み。注目すべきは、「マクロテーマ」軸へのバラマキ投資であり、特に最近のポートフォリオはコンテンツ・エンターテイメント領域への投資が全体の32%に至る。例えばアイドルグループを擁するSNH48もその1社である。

 2社目は「真格基金(Zhen Fund)」である。創業者である徐小平氏は、2006年にニューヨーク上場し、時価総額7700億円(2016年12月末)を誇る、中国最大教育グループ「新東方」の3人の共同創業者の1人である。新東方を通じて留学した“海亀”( 前回記事で触れた海外留学経験のある創業者)をその後の起業ステージまで支援したいという、「ヒト」軸を中核理念に、2011年に北京にて同ファンドを設立。代表的案件として、中国最大の化粧品ECモール「聚美」(JUMEI、ニューヨーク上場)や、中国大手BtoC越境ECモール「蘭亭集勢」(Light in the box、NASDAQ上場)、越境ECアプリ「小紅書」(RED)が存在。確かにいずれも海亀による創業案件となっている。2016年3月の投資先は330社にのぼる(今は海亀以外の創業者にも投資を広げている)。

創新工場(SINOVATION VENTURES)の李開復氏(左)と、真格基金(Zhen Fund)の徐小平氏(右)
(出所: Legend Capital提供資料)


【C】スタートアップ出身の上場企業
──中核事業のマーケ/HRコストとしての巨大投資

 次に、(B)の前に「(C)スタートアップ出身の上場企業」を見ていこう。

 冒頭部分でも述べたように、BAT(バイドゥ、アリババ、テンセント)の平均投資額(出資・M&A)は年間3兆円レベルに達し、中国ベンチャー業界における存在感は極めて大きい。

BAT(バイドゥ、アリババ、テンセント)の直近3年間の投資実績(M&A含む)
(出所: Legend Capital提供資料)


 さらには巨大なプラットフォーマーとして君臨しており、
・データが取れることによる、投資対象の「早期発見」
・巨大ユーザー基盤を活かしたシナジーによる、「大胆な価格提示」
・逆に、取引停止などの措置をちらつかせることによる、「シビアな価格交渉」
といったことができてしまう点で、非常に強い影響力を持っていると言える。

 と、ここまでは良く言われることであるが、本記事では、もう2つの側面を追加してみよう。

 1つは、彼らはベンチャー投資を、潤沢な収益を生む中核事業(決済、ゲーム、EC、広告、等)のための「マーケティングコスト」と捉えることができる点である。

 特にアリババとテンセントは、「集客の入口」(粘着性の高いトラフィック)となるアプリへの大型投資を、「決済事業のマーケティングコスト」として行える。そして、ある程度の役目を終えたら、単体で儲りにくい「出涸らし」状態となった投資先同士を合併させる。

 中国では、次から次へと領域を変えて、このようなサイクルが続いている。グルーポン(美団と大衆点評)、配車アプリ(快的と滴滴)は既にそうなったし、今後は今話題のコネクテッドバイク(OfoとMobike)についても、同様の流れが展開される可能性があると筆者は見ている。

 2つめは、「HRコスト」(人材維持コスト)とでも言うのが良いだろうか。前回記事で最後にご紹介した「人材流出(創業)を前提とした制度設計」と関連する投資である。

 バイドゥは、新会社の株式を30%以上保有可能であればスピンオフを推奨する、通称「空母プロジェクト」を2015年に導入。スピンオフプロジェクトに投資することで、社員のリテインを図りつつ、収益機会を最大化。「作業帮」(中高生対象の大手モバイル教育プラットフォーム)や、「太合音楽集団」(中国最大級の総合音楽エンターテイメント企業)といった成功例を輩出している(Legend Capitalも両社の株主である)。

 またテンセントは2014年に、前HR統括責任者が主導となって、「南極圏」と呼ばれる、OB向けファンド・交流プラットフォームを立ち上げている。

【B】ベンチャーキャピタル(VC)
──世界大手がしのぎを削る最激戦区

 最後に、「(B)ベンチャーキャピタル(VC)」である。同業間の競争はもちろんのこと、「両サイド」からのプレッシャーにもさらされている。

3方面から様々なプレッシャーを受ける中国ベンチャーキャピタル業界(イメージ)


 まず、中国ベンチャーキャピタル業界は海外・中国内資の多様なベンチャーキャピタルが入り乱れる大混戦となっている。シリコンバレーの企業だけに投資をしていた米国系の代表VCであるSequoia、KPCB等も2005年には中国市場に参入。それぞれ2015年末までに47億ドル/464件、5.2億ドル/98件を投資してきた。代表的案件にはアリババ、百度、京東、滴的出行といったメガディールも多数含まれている。

 現在、米国で活動中のベンチャーキャピタルはおよそ800社と言われるが、中国では2015年9月時点で既に2000社以上が存在し、さらに増加中と見られている。「中国ではベンチャー企業より、ベンチャーキャピタルの方が多いのではないか」と冗談交じりに語られる所以である。

 次に「(A)エンジェル投資家」からの脅威であるが、これは「スピード」に尽きる。特に個人のエンジェル投資家は、通常のベンチャーキャピタルが行うような精緻なデューディリジェンス(DD)を経ず、即決で投資判断を行うことが多い。「小金持ちのエンジェルが、従来はVCの領域だったシリーズAまで侵食しつつある」という声も聞かれる。

「(C)スタートアップ出身の上場企業」(ネットジャイアント)からの脅威は、言わずもがな、「規模」である。特に前述の通り、「別の財布」(マーケ費用・HR費用)を持つネットジャイアントに対し、単体損益を見なければならない通常のベンチャー投資家は、難しい戦いを強いられている。

 こうした中、中国での展開ポテンシャルを持つ「中国国外のベンチャー」(米・欧・日・韓 等)に目を向けるベンチャーキャピタルも出てきている。「中国のマーケット・カネ」と、「海外のブランド・IP」の融合モデルである。第1回記事でご紹介した「本間ゴルフ」(中国資本下で香港上場)や「バロック」(中国資本下で東証上場)も、厳密にはVC(ベンチャーキャピタル)よりプライベートエクイティ(PE)に近いモデルではあるものの、類似した取り組みと言えるだろう。

□中国資本市場の成長
:深セン創業板による人民元建てファンドの加速

 最後に、中国VC/PE市場における、人民元建てファンドと、外資ファンド(米ドル建て)の経年推移を見ておこう。およそ10年前は、ほとんどが米ドル建てファンドであったが、2009年に深セン取引所の創業板が開設されてからは、一気に人民元建てファンドも加速している。

 なお一般的に、人民元建てファンドは中国の他投資対象(不動産等)との比較感で、米ドル建てファンドはグローバルの投資対象との比較感で人気が決まると言われる。これを見る限りでは、世界のマネーも、まだ中国でのベンチャー投資に一定の収益性を見出しているのだろうか。

中国VC/PE市場のRMB Fundと外資fundの募集規模の比較
(出所: 投資中国、清科研究中心)


 今回は「カネ」を中心に、「豊富な資金調達環境」を見てきた。次回は、第5のキーワードとして「ハイリスク・ハイリターンが可能な投資環境」を見ていこう。

最後に

◎ドリームインキュベータ・板谷より

 今回のテーマを扱う上で、最後にこの問いに向き合わずして筆を置くことは、きっと許されないのでしょう。つまり、「中国のベンチャー市場はバブルなのか?」ということです。確かに、資金流入量は急激に増えていて、投資家同士の競争も激化。Yesと言わざるを得ない部分もある。

 一方で、1つだけ私なりの視点をお伝えしたい。それはやはり、中国ベンチャー市場は、確固たるマネタイズエンジンを持つネット大手の投資に強く支えられていること。彼らが立脚するゲームやECは、まさにリーマンショック時も、世界的に打撃が最も少なかったセクターの1つでした。中国ネット系大手の足元のPERは、北米ネット系企業よりまだ低い。一般の金融投資家にとって割高に見える投資案件に、別の意味(≒本業のマーケティング費用 等)を見出すことも可能。そう考えていくと、少し見方が変わる部分もあるのではないでしょうか?

◎Legend Capital・朴より

 中国でベンチャー投資を始めて既に10年以上になりますが、2009年の創新工場(SINOVATION VENTURES)設立、2011年の真格基金(Zhen Fund)設立を機に、ベンチャーキャピタル(VC)の地位が弱まってきたと肌で感じています。VCが投資する段階では、起業家だけでなく、そうしたエンジェル投資家との交渉も必要になってくるのです。
 一方で、資金調達環境に恵まれていることは、起業家にとっては良いことでしょう。韓国では1回・2回マネタイズに失敗すると、リカバリーのチャンスはありません。しかし、中国では体力戦に持ち込み、幾度にもわたるビジネスモデルのチューニングの末、大成功したケースをいくつも見てきました。
 中国展開を考えている海外のベンチャー企業にとっても、戦略オプションが広がるということでもあります。このあたりは、連載記事の後半でも深掘りしていきたいと思います。


この記事のまとめ: 中国ベンチャー市場を読み解く6つのキーワード
(4)豊富な資金調達環境
 ・ベンチャー向け資金調達の全景: 総額で北米(10兆円レベル)に迫る勢いに
 ・(A)エンジェル投資家: 「マクロ」と「ヒト」を軸に「選択的バラマキ」投資
 ・(B)ベンチャーキャピタル: 世界大手がしのぎを削る最激戦区
 ・(C)スタートアップ出身の上場企業: 中核事業のマーケ/HRコストとしての巨大投資
 ・中国資本市場の成長: 深セン創業板による人民元建てファンドの加速

(筆者プロフィール)

板谷 俊輔
ドリームインキュベータ上海 董事兼総経理
東京大学工学部卒業、同大学院新領域創成科学研究科修了後、DIに参画。
北京大学外資企業EMBA。
エンタメ・デジタルメディア・消費財分野を中心に、大企業に対する全社改革(営業・マーケ改革、商品ポートフォリオ再構築、生産・購買コスト削減、組織改革、海外戦略見直し等)から、ベンチャー企業に対するIPO支援(事業計画策定、経営インフラ整備、常駐での営業部門立ち上げ、等)まで従事。現在は、DI上海に董事総経理として駐在し、現地政府・パートナーと連携しながら、日系大企業へのコンサルティングと中国・アジア企業への投資・事業育成を行う。

小川 貴史
ドリームインキュベータ上海 高級創業経理
東京大学工学部卒業後、ドリームインキュベータに参加。
主に、新規事業の戦略策定およびその実行支援に従事。 製造業(自動車/重工/素材)を中心に、IT、商社、エネルギー、医療、エンターテイメント等のクライアントに対し、構想策定(価値創造と提供における新 たな仕組みのデザイン)から、事業モデル/製品/サービスの具体化、組織/運営の仕組みづくり(実現性を担保したヒト・モノ・カネのプロデュース)、試験 /実証的な導入まで、一気通貫の支援を行っている。複数企業による分野横断的な連携や、官民の連携を伴うプロジェクトへの参画多数。

朴焌成 (Joon Sung Park)
Legend Capitalパートナー、エグゼクティブディレクター
韓国延世大学校卒業、慶應義塾大学MBA及び中国长江商学院MBA修了。延世大学在学中には、University of Pennsylvania, Wharton Schoolへの留学経験も持つ。
アクセンチュア東京オフィスを経て、Legend Capitalに参加。Legend CapitalではExecutive DirectorとしてEコマース、インターネットサービス、モバイルアプリケーション、コンシューマーサービス分野での投資を積極的に行う。韓国語、日本語、中国語、英語に堪能。
Legend Capitalは、レノボを含むLegendグループ傘下の中国大手投資ファンドで、ファンド総額は50億米ドルを超える。特にインターネット・モバイル・コンテンツ分野および消費財分野に強みを持ち、350社以上への投資実績がある。日系大手企業のLPも多数。

筆者:ドリームインキュベータ