12人の女性たちの生き方を、12星座になぞらえて紹介していくショートクロスストーリー『12星座 女たちの人生』。 キャリア、恋愛、不倫、育児……。男性とはまた異なる、色とりどりの生活の中で彼女たちは自己実現を果たしていく。 この物語を読み進めていく中で、自身の星座に与えられた“宿命”のようなものを感じられるのではないでしょうか。

文・脇田尚揮

【12星座 女たちの人生】第122話 〜水瓶座-11〜

『チクショウ……!』

声にならない声が喉から漏れる。狭いトイレの中で反響し、虚しくこだまする。

しばらくトイレの中から動くことができなかった。悲しいからじゃない、悔しいからだ。

私の作品がつまらないっていうんなら、仕方ない。私の才能がないんだろう。でも、社長の好み……しかも女の好みってんのは、許せない。

なにが「キュート・キッチュ」だよ……。こんな会社こっちから願い下げだ!

呼吸を整えて、トイレから出る。

エレベーターに乗り、一度自分のデスクへ向かう。そこには、“無断退社の件について”と書かれた紙が乗っかっていた。

……本当に“素敵な会社”だよ、ここは! 無意味な紙っきれをグシャグシャに丸めて、その勢いで退職届を殴り書く。

書きながら思う。

短いようで長く、長いようで短かった。“愛社精神”なんてものは、これっぽっちもないけど、私は私なりにできることをやってきた。別に会社から守ってもらおうなんて思ってないけど、こんな仕打ちはあんまりなんじゃない……!?

いろんな思い出が頭の中をめぐる。社内では、“一匹狼”で通ってた私だけど、チームプロジェクトが成功したときは本当に嬉しかったし、友達は少ないけど、飲み会には顔を出していた。もうこのデスクからの景色が見られなくなるかと思うと、少し……寂しい。

なんてね、感傷にひたるなんて、私には似合わない、か……。書き終えた退職届を封筒に入れ、そのまま階下へ。

そこで思い出した。営業の三橋のことだ。

『あいつ……大丈夫かな』

今回の件で、一番苦しい状況に立たされているのは三橋だ。届けを出す前に、営業課へ寄って顔見とかなくちゃな。

違う部署に行くのは、どうも慣れないもんだけどね……。営業課入口の内線にコールする。

「はい、受付です」

『あ、どうも。コンテンツ部の中野です。三橋さんに用事があるんですが……』

「了解いたしました。少々お待ち下さい」

何だってこう、おカタいのかねぇ、受付ってのは……。

数分後、ドアが開いて三橋が顔を覗かせる。

……かなり憔悴している。

『おい、三橋……大丈夫か?』

「せ、先輩……」

それから三橋は、この二日、各所への謝罪メールや電話対応に追われていることを語った。幸いにも、テレビ局の竹内さんは、CM製作に着手してはおらず、お金の動きはなかったとのこと。ただ、ウチとの信頼関係は地に落ちただろう。

三橋にコーヒーを一杯奢ってから、退職する旨を伝えた。

「そうですか……悔しかったでしょうね。先輩、すごく入れ込んでたから……ただ、私としては先輩がいなくなると寂しくなります……」

『で……お前はどうするのよ?』

「私、ですか……?そうですね……私は残ります。どういう結果であれ、私が任された仕事ですから……。続けていれば、また良いこともあると思いますし……」

『そうか、頑張れよ!』

「退職後、先輩はどうされるんですか?」

『あ、あぁ、親しい奴とネットビジネスでもしようかなって』

「そうですか、上手くいくことを願ってます。退職後も、仲良くして下さいね」

『もちろんだよ!』

三橋の肩をポンと叩き、振り返らずにバイバイと手を振る。その足で、退職届を提出しに行くためエレベーターに乗る。

会社を辞める者、会社に残り続ける者。思惑は様々だな。

だけど私は、辞めることを選んだ。これからは自分の責任で働いていかなくちゃならない。

事務課の窓口に、無言で退職届を出す。

―――待つ事、ものの数分。

あっけないほど簡単に受理された。

こんなもんか……。

19歳の時、そんなに好きでもない年上の男と“初体験”したのを覚えている。その時も「こんなもんか……」って印象だった。

『ははっ、笑える……』

廊下を歩きながら、乾いた笑いが漏れる。

でも、これで良い。これからは自分の責任で、好美と新たに仕事を初めていくんだ―――。

それから私は無味乾燥な書類や、引継ぎのためのデータ作成に取り掛かった。いつもより時間が長く感じられた。

ここの会社は、出社時間は決まっているが、退社は17時以降なら自由だ。こんなに帰りが待ち遠しいのは初めてのことだよ、まったく。

時計の短針が5時を指すと同時に、会社を出る。タクシーに乗ろうかと一瞬思い、止めた。これからは出費も抑えていかなきゃな……今日は電車に乗って帰ろう。

5時上がりの電車は満員だ。皆、本当はこうして大変な思いをしながら通勤していたんだな……。

―――しばし意識を飛ばす。

自宅近くの駅に到着する頃には、空の色がオレンジに変わっていた。

『きれい……』

心からそう思った。この数年間、空を眺めるような余裕はなかった。

会社という組織の鎖から解放された今、見るもの全てが新鮮に感じるのはなぜだろう……? 私自身は何も変わってないってのにね……。

私の足は、自宅のマンションへと向かう。ビジネスパートナーの好美がいるあの部屋へ。

そうだ、ワインを買って帰ろう。きっと好美も喜んでくれるはず。

別に悲しくないはずなのに、涙が頬を伝っていた―――。

【今回の主役】中野怜奈 水瓶座26歳 IT開発事業部個性的で変わり者、我が道を行くタイプ。協調性に欠けているが、時代の先を読む“先見の明”があるため、社内での評価は高い。女子向けアプリ会社『キュートキッチュ』の新作指揮を任される。アイディアウーマンであるが、縛られることを嫌う一匹狼。後輩の三橋奈美は良い相談役。実はバイセクシュアルの性向があり、出会い系アフィリエイトで知り合った池谷好美と同棲している。

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