天才テリー伊藤対談「香西かおり」(2)一時は銀行と歌手二足のわらじを!?

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テリー 民謡は、いつから習い始めたんですか。

香西 11歳ぐらいの時からです。最初はご近所のおばあちゃんが「1人で(民謡教室へ)行くのが気恥ずかしい」って言うものですから、そのお供でついて行って、そのままお歌を習うことになってしまって。

テリー へぇ〜。じゃあ、そのおばあちゃんに連れて行かれなかったら、「歌手・香西かおり」は生まれなかった?

香西 かもしれないですね。あんまり人前で何かをやったりすることに積極的なタイプでもなかったので。

テリー しかし、いきなり引っ張られていったような出会いで、よく続きましたね。もともと、民謡はお好きだったんですか?

香西 いいえ。やっぱり当時好きだったのは、麻丘めぐみさんとか天地真理さんみたいな‥‥。

テリー まさに当時のトップアイドルだ。あと、南沙織さんとか。

香西 そうです、そうです。そのあとは、「花の中3トリオ」ですから。

テリー そうでしょう。当時の普通の女の子だったら「麻丘めぐみちゃんみたいにかわいくなりたい!」と思うんじゃないですか?

香西 フフフ、確かに髪型とかをマネしてみたり、普通にアイドルにも憧れていました。ただ、当時はまだ昭和の香りがいっぱい残っていて、私は母によく「大人とおまわりさん、学校の先生の言うことはちゃんと聞きなさい」と言われていたんです。

テリー おお、ちゃんとしたお母さんだ。

香西 だから、その言いつけをちゃんと守って、「おばあちゃんが『来週から一緒に行こうね』って言ってるから、そうする」と報告して、そのまま続けることになったんです。

テリー そんな経緯で始めて、実際のところ楽しかったんですか?

香西 子供ですから、歌の意味はまるでわからなかったですけどね(笑)。民謡って労働歌だったり、見たこともない情景を歌うことが多いものですから。ただ、一度やり始めると負けず嫌いなものですから(笑)、「じゃあこれ、次までにやってきて」とか宿題を出されると、できないのが悔しいので、きちんとやっていくんです。

テリー それで、そのまま民謡を習い続けたんだ。そりゃ、かなりの負けず嫌いだ(笑)。でも、その時には「ここまできたら、民謡歌手としてデビューしてやろう」っていう意識はあったの?

香西 いえ、まったく。だから、そのまま銀行に就職したんです。

テリー じゃあ、どうしてデビューすることになったんですか。

香西 就職して少したった頃に、いわゆる民謡ブームが来たんですよ。

テリー あったねェ! 金沢明子さんが「民謡界の百恵ちゃん」なんて呼ばれて、ジーパンはいて歌ったりしてね。

香西 そうです、原田直之さんなんかも大人気で。そうしたら、各局で民謡番組が始まるんですが、民謡界って若手が少ないものですから、私にまで声がかかるようになって。

テリー でもそれ、銀行の業務と掛け持ちってことですよね。そんなこと、大丈夫なんですか?

香西 ダメなんです。だから「歌をやめてくれ」と言われたんですが、その段階でレコード会社との契約がまだ4年残っていたんです。なので、本格的に歌手になることを選びました。