「うちが昇格して柴崎を獲得すれば何も問題はないだろ。だからお前もヘタフェを応援するよね」

 リーガエスパニョーラ・プリメーラ(1部)昇格プレーオフ決勝第2戦、ヘタフェ対テネリフェの試合前日、友人のチケットを買いにスタジアムを訪れた際に、ヘタフェの広報担当者に言われた言葉だ。その時はお互いに現実になるとは考えもしていなかった。だが、7月18日、日本人MF柴崎岳の入団がマドリードのクラブから公式発表された。


スペイン1部に昇格したヘタフェへの移籍が決まった柴崎岳

 契約期間は2021年6月までの4年。テネリフェと柴崎の契約は6月末日で終了しており、移籍に関しての違約金はかからない。ベティス、マラガ、アラベス、セルタ、エスパニョール、レバンテと、その移籍先として様々なチームの名前が挙がったが、柴崎がスペインでの新たなシーズンの戦いの舞台として選んだのはテネリフェのプリメーラ昇格の夢を打ち砕いたヘタフェだった。

 急転直下で決まった日本人MFの移籍だが、ヘタフェは数年前、柴崎側からの売り込みに対して断りを入れたチームだった。その評価が大きく変わったのは、この半年で見せた柴崎のパフォーマンスにあったことは間違いない。だが同時に、ヘタフェのスポーツディレクターが交代したこともひとつの要因だろう。

 現在のヘタフェのスポーツディレクターの名はラモン・プラナス。リーガに詳しい人であれば一度くらいその名を聞いたことがあるかもしれない。エスパニョール時代、「君がこのチームの華となる選手だ」と言って中村俊輔を口説き落としたといわれている人物で、柴崎の代理人とは旧知の仲だった。

「裏切られた」「サポーターの気持ちは関係ないのか」「いなくなるのはわかっていたが、ヘタフェだけはないよ」……。

 今回の柴崎の移籍に関して、古巣のテネリフェからはすでに失意や悲しみの声がSNSで上がっている。その気持ちは痛いほどわかる。7年ぶりのプリメーラ昇格の夢を砕いたのがヘタフェだ。今ではテネリフェサポーターにとって、永遠のライバルである隣の島のラス・パルマス以上に許せぬ相手である。そんなチームに、半年という短い期間とはいえ、愛していた選手が移籍したのだから無理もない。

 では、テネリフェの宿敵となったヘタフェとはどんなチームなのだろうか。簡単にいえば、レアル・マドリードとアトレティコ・マドリードという2大クラブの影にすっぽりと隠れた、スポットライトの当たらないマドリード近郊の小さなクラブだ。

 メディアからの注目度は決して高くはない。番記者の数は2大チームの半分以下。新聞紙面に関しても特別に用意されたページはなく、今回の移籍や試合などについても少し触れる程度だ。サポーターもマドリードの2強のどちらかと掛け持ちをしている者が多く、アンヘル・トーレス会長自身もレアル・マドリードのソシオ(クラブ会員)であり、虎視眈々と世界一のクラブの会長の座を狙っているとも言われているぐらいだ。

 だからこそ、選手や監督には余計なプレッシャーがかかることはなく、これまでヘタフェでステップアップしてビッグクラブへ飛躍した選手や監督がたくさん生まれてきた。現役ではアトレティコ・マドリードのガビ、ビジャレアルのソルダードやバルセロナのパコ・アルカセルらがその代表格となる選手であり、監督もキケ・サンチェス・フローレス、ベルント・シュスター、ミカエル・ラウドルップ、ミチェルなどが、このマドリードの小さなクラブで経験を積んできた。

 断られた過去、古巣の宿敵となったチーム……今回の柴崎のヘタフェへの移籍からは、”めぐり合わせ”という言葉が頭に浮かぶ。ともかく、ヘタフェという列車に日本人は乗り込み、リーガを旅することを決めた。その行き先に何が待ち受けているのかは、まだ出発していない今は占うことはできない。だが、柴崎がまだ見たことのない風景や体験がヘタフェにあるのは間違いない。

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