待ちに待った夏休み。去年は長男が、今年は次男も小学校に上がり、両手いっぱいの夏休みの宿題を抱えて一学期最終登校から帰ってきた兄弟は、三男も加わって目を輝かせながらアクティビティ・プランを語るわけであります。

ヲタ街道まっしぐら 父としてとても心配です

 連れて行ってほしいところリストは三兄弟バラバラ。宇宙好きの長男は筑波や相模原、野辺山やら種子島やら肝付やらの宇宙センター等に。博物館好きの次男はお台場の日本科学未来館や上野の科学博物館に。モーターやピストンなど動力が好きな三男は動いているモーターを見たくて鉄道博物館や地下鉄博物館に。何というか、三兄弟揃ってガッチリ理系。他に興味はないのか。一分の隙もないようなヲタ街道を幼少期からびっしりと舗装している感じで、いまから父としてとても心配です。


夏休みの出かけ先を巡って審議が続く三兄弟

 しかしながら、パンフレットや図鑑片手に夏休みにどこに連れて行ってもらうか鼎談を続ける兄弟を見るのは親として興味深い一方、重大な問題がそこには横たわっているのであります。

 誰がお前らをその場所へと連れて行くのか――。

夏休みという、子育ての多難

 家内もしばらく体調が芳しくなく、私自身も親の介護その他に奔走している状態ですが、なるだけ子供たちが多感な時期にいろんなところに連れて歩こうとすると、仕事の時間、睡眠の時間、趣味の時間といった私の人生の実りに直結している時間帯をすべて削ってお前らに捧げなければならない。それが子育てだとするならば、あるいは、子育てと人生の両立を目指すとするならば、これは多難でありますよ。本格的に。ええ。


科学博物館で「はやぶさ」を熟視する三兄弟

 んで、人生の先輩に教えを請おうと身近な子持ちに話を聞くと、サマーキャンプに数日間、何回かに分けて放り込んで楽をするとか、実家に預かってもらうなどなど、あんまり役に立たなさそうなアドバイスだけが返ってくるわけであります。もちろん、共働きで子供の夏休みを迎えると自宅にぽつんと置いておくわけにもいかないので、この手のサマーキャンプに子供を送り込めば楽しく数日家を離れていてくれる、学童保育に行ったり来たりするよりは良いというのは分かります。でもまあ何というか、私自身も「鍵っ子」であった人間として、親となり子供を持ったからにはなるだけ放置プレイにはしたくないな、親と一緒にいてくれるそう長くない年月は、悔いのない親子関係を築きたいなと思ってしまう派なのであります。

「連れていけ」「明日も来たい」


激混みにも関わらず連日の「深海展」に繰り出す三兄弟

 そんなわけで、夏休み前哨戦となる海の日を含む連休は子供の言う通りの日々を送ってみたわけですが……。これがまたすごいパワーでへとへとになるわけですよ。科学博物館の特別展に「深海」が来たというので三兄弟の意見が一致し「連れていけ」となるわけです。あっ、はい。無理のできない家内とも手分けをしつつ、うだる暑さと激混みの中を見物に向かうんですけど、入場するなり子供たち大興奮。宇宙好きの長男も博物館好きの次男も電車・蒸気機関車好きの三男も一致団結してあっちこっちずっと見てる。めちゃ混んでるところで、探査船「ちきゅう」とか、謎の深海魚デメニギスとか、ダイオウイカとか各種サメとか、東日本大震災の地震の状況解明までの動画とか、心ゆくまで観覧した挙句に「明日も来たい」。深い青色のお土産袋に戦利品を詰めて、勇躍帰路を急ぐ子供たちの背中を見て、おい、これ明日も来るのかと、げんなりすることぐらいは許されるのでしょうか。

 思い返せば、自分の人生でも自宅を空けがちな親のことを思いながら、買ってもらったポケコン相手に背中を丸めてプログラムを打ち込んだり、原始的なゲーム一個だけ遊べるゲームウォッチでピコピコ遊ぶしかなかった小学校時代の記憶が蘇ります。

親である私が子供に「連れて行かれる」んですよ、未知なる興味分野に

 寂しいと思ったことはなかったけど、確かに私の人生において欠かせない経験をし、生きていくための関心領域と志向が固まった時代であったことは間違いありません。あのときもっといろんなモノを見ていたら、あるいは、何かを広く経験する機会があったならば、自分の人生はもっと違った、彩の深いものになっていたのでしょうか。私の両親も両親なりに時間を使ってくれていたんだろうけど、やっぱり物心がつく中学生になるころには興味分野がはっきり固まってしまっていたのは自覚があるのです。


まだ不気味さの残るロボットの実演を見て若干引き気味

 そんな私の幼少期には一グラムの関心も持たなかった、青く暗い深海の世界が広がる図鑑や動画を興味深げに凝視する三兄弟を見ていると、この子たちの興味の赴くままにどこかに連れて行っているというよりは、振り回され上等ながらも自分自身が子供たちのお陰でいままで興味も持てなかった世界に連れて行ってもらっているような気分になります。ほんと、親である私が子供に「連れて行かれる」んですよ、未知なる興味分野に。

自分の精神的な骨格には無かった何かがペタペタ貼り付けられている

 たぶん、子供がいなければマリアナ海溝や南極の海に潜る潜水艇の映像に感動することもなかったであろうし、科学博物館の常設展に行って地球史・生物史・人類史の奥深さに感じ入ることもあり得なかったでしょう。相模原の海は実に豊かな生態系をもっていて、150年も前から探査していたのだと言われると「あっ、そうだったんですか。本当に申し訳ございません」と立ち入ったことのない分野に広がる膨大な知識の前に打ち震えるわけであります。


毎回上野に来るたび「地獄の門」を見物したがる三兄弟

 そして、夕方まで科学博物館で深海展と常設展を楽しんだあとは、今度は東京ドームシティにある宇宙ミュージアム「TeNQ(テンキュー)」に行けと言われ、夜まで電波望遠鏡の動画とか木星探査機ジュノーの偉業解説パネルに付き合わされます。

 なんだろう、この自分の人生が子供たちの夏休みに削り取られている感じは。その代わり、自分の精神的な骨格には無かった何かがペタペタ貼り付けられている、この感覚。自宅のリビングには土星の模型やら三葉虫の化石やら鉱物資源のサンプルやら深海展の図録の類やらが散乱していて片付けるのが面倒くさい。

 子供たちは楽しい夏休みの序盤を思い切り遊んで疲れて早々に寝るんですけど、私なんかは23時を過ぎたいま、初めてパソコン開いて文春オンラインの原稿を書き始めたりしているんですよね。「学校に通っている」って、親にとっても偉大なことなんですね。育児に奔走している読者の皆さまにも、よりよい親子関係と長く思い出に残る夏休みを送っていただければと願っております。

写真提供=山本一郎

(山本 一郎)