[JBpressの今日の記事(トップページ)へ]

プロローグ/ロシアにとり2017年とは

 ロシアにとり2017年は、「帝政ロシアによるアラスカの対米売却」から150年目、「2月革命」と「10月革命」から100年目、「キューバ危機」から55年目の節目の年になります。

 帝政ロシアの皇帝アレクサンドル2世は1867年、アラスカを720万ドルで米国に売却。一方、ロシア連邦のV.プーチン大統領は「買う用意はいくらでもあるが、(領土を)売り渡すことは一切ない」と明言しました。

 クリミア戦争(1853〜1856年)の賠償金支払いで財政が困窮した帝政ロシアのアレクサンドル2世は1867年3月30日、アラスカを二束三文(720万ドル)で米国に売却。この日、露米間でアラスカ売買契約が調印され、同年10月18日に実際の所有権が移転しました。

 米国では現在、10月18日を「アラスカ・デイ」として祝っています。今年はアラスカ購入150周年ですから、現地ではさぞかし大々的に記念式典を開催することでしょう。

 売買交渉を推進した米スワード国務長官は国内では「氷山買いの銭失い」と揶揄されましたが、1899年にはアラスカ州ノームで金鉱が発見されゴールド・ラッシュとなり、その後、石油・ガスも発見され、氷の山が宝の山に華麗なる変身を遂げた次第です。

 歴史に“もしも”は禁句ですが、もしもクリミア戦争なかりせば、帝政ロシアによるアラスカの対米売却もなく、帝政ロシアの崩壊もなかったのかもしれません。

 2017年はロシアの「2月革命」と「10月革命」から100年目の節目の年になります。以前はよく、「11月7日にロシア革命を祝うのに、なぜ10月革命と呼ばれているのか?」という質問を受けたものですが、最近はこのような質問を受けることもなくなりました。

 質問が出ない理由は簡単です。2005年に「革命記念日」の祝日は廃止されたからです。旧ソ連邦時代、新暦の11月7日(旧暦では10月25日)の「革命記念日」には軍事パレードも行われていましたが、今では5月9日の対独戦勝記念日にその席を譲りました。

 1962年10月には「キューバ危機」が発生。キューバにミサイルを搬入しようとしたソ連輸送船を米海軍と空軍が補足し、攻撃準備。

 世界は第3次世界大戦の瀬戸際に立たされましたが、ソ連邦のN.フリシチョフ首相と米国の若きJ.F.ケネディー大統領の瀬戸際外交は結局、米国の勝利で終わり、ソ連輸送船は反転して本国に引き返しました。

“It is a riddle wrapped in a mystery inside an enigma”

 もし「ロシアとは何ぞや」という質問をされたら、皆様は何と答えますか? 

 答は1つ。「謎の国」です。筆者が言っても誰も信じないでしょうが、私が言ったのではありません。英W.チャーチルは文才があり、戦後第2次世界大戦回想録を書いてノーベル文学賞を受賞。同賞授賞式の記念講演で語った言葉です。

 ロシアは謎の国ですが、もし「ロシア経済とは何ぞや」と訊かれたら、これも答は1つです。筆者は昔からこの言葉を使っていますが、ロシア経済は「油上の楼閣」です。

 もちろん、「油上の楼閣」はロシアのみではなく、石油や天然ガスに依存した経済構造を持つ国に共通した象徴的表現です。旧ソ連邦諸国では、アゼルバイジャン、カザフスタン、トルクメニスタンなどの資源国はその典型と言えましょう。

 その「謎の中の謎に包まれた謎の国」との関係改善と緊張緩和(デタント)を明確に打ち出したのが、ドイツ社会民主党(SPD)党首のヴィリー・ブラント(1913〜1992年)でした。

 彼は西ベルリン市長も務め、かのベルリン封鎖も体験しています。1969年にはSPD党首として初めて第4代西ドイツ(ドイツ連邦共和国/BRD)首相(1969〜1974年)となり、直ちに旧ソ連邦との緊張緩和政策を打ち出し、“Ostpolitik”(東方政策)を推進しました。旧ソ連邦の西シベリアから西独向け天然ガス幹線パイプライン建設構想は当時、西独国内では賛成派と反対派が国内を二分する論争を繰り広げていました。

 しかし、ブラント政権誕生後、ブラント首相はパイプライン(以後、“P/L”)建設構想を推進。その結果、当時は西独と旧ソ連邦の間に平和条約が存在しないなかで双方は最大の貿易パートナーになりました。

 西独が旧ソ連邦と友好善隣条約を締結したのは、東西ドイツ統一後のことです。

ロシアのエネルギーを理解するカギ

 筆者は、ロシアのエネルギーを理解する鍵は次の3点と考えます。

(1)ロシアは信頼に足る資源供給源。
(2)ロシアにとり欧州は最重要市場。
(3)ロシアは輸出市場の拡大と輸送路の多様化を目指す。

 第1の点は意外に思われる方も多いかもしれません。しかし、ロシアは石油や天然ガスの信頼に足る供給源であり、欧州各国に原油、石油製品と天然ガスを安定的に輸出しています。

 日本を含め欧米マスコミはよく、ロシアは天然資源を政治の道具に使っていると批判することが多いのですが、これは事実と異なります。

 旧ソ連邦の時代、東欧諸国に安値で原油・ガスを供給していたことは事実ですが、これは当時の米ソ冷戦の文脈の中で理解する必要があります。

 旧ソ連邦は1991年12月25日に解体されました。旧ソ連邦は解体され、ソ連邦を構成していた15の冠民族共和国は独立。ロシア共和国は新生ロシア連邦として、旧ソ連邦の資産と負債を継承しました。

 新生ロシア連邦は政治的理由で天然ガス輸出を止めたことは、これまで一度もありません。否、政治的理由で自ら天然ガス供給を止めることはできないのです。

 なぜなら、天然ガス輸出は旧ソ連邦の時代でも現在のロシア連邦の時代でも主要な外貨獲得源であり、自分から供給を停止することは、自分で自分の首を絞めることになるからです。

 この点に関連して、「ウクライナに対してはガスを止めたのではないか」と指摘されるかもしれませんが、この理由はウクライナがガス代金を支払わなかったことや、契約が更新されなかったことなどに起因します。

 天然ガス供給停止は政治問題ではなく、あくまで経済問題です。代金を支払わない者や契約のない相手に商品を引き渡す人はいません。

 日系マスコミには往々にして、「ロシアは長期契約に基づき、天然ガスを高い値段で欧州に輸出している。けしからん」との論調が掲載されることもあります。

 なぜ安いスポット価格で売らないのかというわけですが、パイプライン輸送の場合、パイプライン建設費が高く、10〜20年という長期契約がないと天然ガス鉱区の探鉱・開発にも着手できません。

 しかも油価連動・長期契約というのは、西側の当時の天然ガス大手需要家が旧ソ連邦ガス工業省に持ちかけた契約形態です。

 なぜか?

 理由は簡単です。当時油価は安く、油価連動にすれば天然ガス価格も安くなるからです。長期契約は、競争相手を極力排除すべく、大手需要家側が提案しました。

 旧ソ連邦と新生ロシア連邦は過去40年間以上にわたり、ドイツやオーストリアに安定的に天然ガスを供給してきました。1991年末に旧ソ連邦が消滅した時でも、西シベリアから欧州向けに天然ガスは止まることなく、供給されてきました。

 「アラブの春」で北アフリカから南欧向け天然ガス供給が止まったことを想起すれば、ロシアがいかに安定した天然ガス供給源であるかお分かりいただけると思います。

 付言すれば、天然ガス供給が止まり困った南欧に対し、天然ガスを追加供給したのもロシアです。

 ドイツやオーストリアの大手需要家はガスプロムに対して、40年間休むことなく安定的に天然ガスを供給し続けてありがとうございますという感謝状を出しています。すなわち、欧州大手バイヤーにとり、ロシアほど安定した供給源は存在しないということです。

 第2に、ロシアにとり欧州市場は最重要市場にほかなりません。欧州市場はロシアにとり金城湯池であり、主要な外貨獲得源なのです。

 最近、ロシアの東方市場への方向転換が報じられることが多くなりました。東方市場への進出は事実です。しかし、これは欧州市場からアジア市場に軸足を移したのではありません。

 軸足はあくまで欧州市場に置きながら、新規市場として東アジア市場の開拓を目指していると理解すべきです。

 欧州市場におけるロシアの天然資源供給者と欧州の大手需要家は相互依存・互恵関係にあり、関係強化は双方の利益に貢献します。

 特に、ドイツはロシアにとり重要な国です。ドイツとロシアは複数の天然ガスP/L網で接続されており、ドイツが原子力発電を取りやめたことで、エネルギー分野における露独関係の重要性は今後さらに高まるでしょう。

 このことは数字を見れば明白です。2016年のロシアから非CIS(独立国家共同体)諸国向け天然ガス輸出量は1790億m3(前年比+12.5%)、2017年第1四半期(1〜3月度)の天然ガス輸出量は510億m3(前年同期比+15%)になりました。

 2016年は油価下落により、天然ガスの油価連動型長期契約価格が欧州LNG(液化天然ガス)スポット価格より安くなり、ガスプロムの欧州向け天然ガス輸出量は史上最高となりました。

 プーチン・ロシアは今後も、欧州市場を死守するでしょう。

 第3に、ロシアは輸出市場の拡大と石油・ガス輸送路の多様化を目指します。

 ロシアは石油・ガスの輸出市場の拡大を目指しています。原油は中国向け輸出が拡大しており、2016年の中国の原油輸入先は、1位ロシア、2位サウジアラビア、3位アンゴラになりました。

 ご参考までに、ロシアの中国向け原油輸出量と中国の原油国内生産量と輸入量推移は以下の通りです。

(出所:英BPエネルギー統計2017年版)


(出所:英BPエネルギー統計2017年版)


 露ガスプロムと中国CNPCは2017年7月4日、“東ルート”P/L(”シベリアの力”)によるロシアから中国向け天然ガス供給開始日程を2019年12月20日と発表しました。

 幹線P/L“シベリアの力”用天然ガス供給源は極東サハ共和国チャヤンダ・ガス田で、このガス田から対中国境までのP/L総延長(ロシア領域)は2156劼砲覆蠅泙后2017年末までには約1100劼建設され、ピーク時年間輸送量は380億m3の予定です。

 将来はイルクーツク州のコビクタ・ガス田も開発され、新たに約800劼離スP/Lが延伸される予定です。

 一方、西シベリア産天然ガスを中国に輸出する構想、ロシア領域約2600劼痢叛哨襦璽函鼻頁間輸送能力300億m3/別名“アルタイP/L”)建設構想は現状、進展していません。

 露ガスプロムは2017年5月7日、黒海横断海底P/L“トルコ・ストリーム”の建設に着手しました。2019年末までに2本の海底P/Lを建設し、年間輸送能力315億m3を目指します。ガスプロムはP/L2本分の鋼管を既に受領済みです。

 さらに6月28日には、ロシアからバルト海経由ドイツ向け天然ガス海底P/L“ノルト・ストリーム-2”の建設日程を発表しました。

 既存2本の天然ガス海底P/Lに並行する形で、2本の新規海底P/Lを露側と独側で同時着工する構想です。鋼管は製造済みで、現在は独とフィンランドでコンクリート・コーティング作業中にて、2018年中葉に海底P/L建設開始、2019年夏完工、2019年末に全面稼働を目指します。

 1本のP/Lの総延長は1223劼任△蝓1日4辧2本では8辧坊設する予定です。追加2本と既存の2本の“ノルト・ストリーム”と合わせると4本のP/Lで年間輸送能力は計1100億m3になります。

 これに“トルコ・ストリーム”が完工すると、ロシアからウクライナ経由欧州向けP/L年間輸送能力(約1200億m3)以上になり、欧州向け天然ガス供給にウクライナ経由が不要になってしまいます。

 ウクライナにとり年間約20億ドルの天然ガス輸送トランジット料金は同国の貴重な外貨獲得源ゆえ、ウクライナにとり大きな経済的打撃になるでしょう。

 既存の“ノルト・ストリーム”に追加2本のP/Lを建設すること、および黒海横断P/Lを建設開始したこと。これらはすべて、ウクライナ経由の阻害要因を極力排除し、安定的に天然ガスを欧州に供給せんとするプーチン・ロシアの意思であり、プーチン・ロシアが欧州市場を重要視していることの証左と言えましょう。

プーチン・ロシアにとり中国とは?

 筆者は、プーチン・ロシアにとり最大の敵性国家は中国だと考えております。この点には異論もあろうかと思いますが、筆者はそう理解しています。

 日本にとり最大の敵性国家が米国であると同様、ロシアにとり最大の敵性国家は中国、とプーチン大統領は認識しているものと推測します。

 ロシアと中国が長い国境線を挟んで隣国同士であり、そこから多くの問題が生じてきたことを考えれば、ロシアが中国に対して(そして中国がロシアに対して)警戒感を抱くのは当然と言えましょう。

 このような状況認識のもとで、ロシアは中国との間で戦略的パートナーシップを構築しています。敵性国家たる隣国との友好関係維持こそ、自国の国益に適うと正しく理解しているからです。敵性国家を研究し、理解し、友好関係を築くことこそ国益に適います。

日露関係

 ロシア経済は上述の通り、油上の楼閣経済です。ロシアは資源輸出先としての中国への依存度が増大していますが、筆者は逆に、今こそ日本の活躍する余地があると考えます。

 日露関係を考えるうえで、いつも障害として登場するのが領土問題です。今回は領土問題には言及しませんが、領土問題あるいは領海問題というのは国益と国益がぶつかる最前線ですから、あって当たり前です。

 よくロシアは、あとは日本との北方領土問題しか残っていない、他国とは全部解決したと言われますが、それは事実と異なります。ロシアとアゼルバイジャン間でも一部、領土未画定の地があります。カスピ海でも、沿岸5か国の領海線は一部未画定です。

 領土問題・領海問題があるというのは不思議ではなく、筆者はむしろそれが自然の姿だと思います。大事なことは、紛争解決を武力に訴えないことです。

 民間企業にとり最重要指標はあくまでも経済合理性です。上述の通り、石油・ガスの欧州への供給を(政治的理由で)止めたことがないことを考慮すれば、今後の日露関係においてもロシアは信頼できるエネルギー供給者であると言えましょう。

 日露は経済補完関係にあるので、経済合理性に基づきロシアとの経済関係を強化・深化することこそ、両国の国益に適います。

 ロシアは、露米・露中関係を勘案しながら日露関係構築を模索しています。日本にとりエネルギー安全保障戦略が重要な国家戦略の1つであり、またロシアは日本から各種協力を求めている点を踏まえると、日露は互恵協力関係を構築できるものと筆者は考えます。

エピローグ/歴史は繰り返す

 繰り返します。戦後、英W.チャーチルはノーベル文学賞受賞作品『第二次世界大戦』の受賞記念講演にて、ロシアを“It is a riddle wrapped in a mystery inside an enigma” と描写しました。第2次大戦を共に戦ったチャーチル首相にしても、ロシアとは「謎の中の謎に包まれた謎の国」でした。

 D.トランプ氏は2017年1月20日に米大統領に就任しましたが、最近の米各紙のトランプ報道を読むにつけ、筆者はカール・マルクス(K.Marx)の有名な「ルイ・ボナパルトのブリュメール18日」の冒頭の一句を想起します。

カール・マルクス曰く:

 「ヘーゲルはどこかで言った、すべての世界史上の大事件と巨人は2度現れると。しかしヘーゲルは次の言葉をつけ加えることを忘れていた。最初は“悲劇”として、次は“茶番劇”として、と」 

 米露両国では2000年に大統領選挙が実施されましたが、米大統領選挙では選挙後も当選者が決まらず、裁判沙汰になりました。

 当時、モスクワで流行ったアネクドート(露小噺)を1つご披露したいと思います。

 「ロシアでは、大統領選挙の結果は2か月前から分かっている。米国では、大統領選選挙後2か月経っても結果が分からない」

 米国ではトランプ政権のロシアゲート事件が表沙汰となり、国内政治が流動化しています。米露関係の今後の行方も気になるところです。

 では、後世の歴史家は現在のトランプ大統領の米国をどのように評価するのでしょうか?

 筆者の推測では、以下の通りです。

 「歴史は繰り返す。最初は“茶番劇”として、次は“悲劇”として」

 どうやら「謎の中の謎に包まれた謎の国」とは畢竟、プーチン・ロシアではなく、現代のトランプ・アメリカ合衆国を指すのかもしれません。

筆者:杉浦 敏広