漫画家 浦沢直樹(うらさわ・なおき) 1960年、東京都生まれ。83年『BETA!』でデビュー。代表作に『YAWARA!』『MONSTER』『20世紀少年』『PLUTO』(原作:手塚治虫/監修:手塚眞/長崎尚志プロデュース)『BILLY BAT』(ストーリー共同制作:長崎尚志)など。多数の漫画賞を受賞。

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物心ついた頃から漫画を描き続けて、約50年。柔道をテーマにした『YAWARA!』で一躍人気漫画家になり、『MONSTER』でシリアスな物語を紡いだかと思えば、人類滅亡の危機を『20世紀少年』で描くなど、異なるジャンルの話題作を次々と世に送り出す──。キャリアを重ねながらも、絶え間なく成長し続けるためにはどうすればいいか。その秘訣を浦沢直樹さんに聞いた。

■Q.さらにもう一段、自分をレベルアップさせるには?

4、5歳から漫画を描いてきて、約50年以上ずっと「もっと上手くなりたい」と思ってやってきました。

中学生の頃、『火の鳥』を読んで漫画の力、それを描く手塚治虫という漫画家の壮大な創造力に心打たれ、僕の人生観のすべてが決まりました。

成長するためには、新しいことを吸収しなくてはいけません。自分のストライクゾーンなんて言っていては、何も変わらない。あえて悪球を取りにいき、それをつかんだとき自分のストライクゾーンが広くなる。初めはわからないものほど興味を持つべきです。

僕は中学生のときに、ボブ・ディランを聴いてそのよさがまったくわかりませんでした。ところが毎日修業のように聴いていたら、あるときに「わかった!」と稲妻がドーンと落ちたような衝撃が起きた。「知覚の扉」が開き、既成概念に縛られていた自分が解き放たれた瞬間です。すごく違和感のあるものでも、それを浴び続けていると、懐かしいものに変わります。

人間関係も仲良し同士で楽しくやるのもいいですが、あえて意見の違う人と仕事をしてみるとかね。

ですから、ネット通販のように「あなたはこれが好きでしょう」とレコメンドしてくる世界に危機感を覚えます。新たな世界と出合う可能性をどんどん狭めている気がするからです。

一流の人と自分を比較し、焦りを感じる人も多いでしょう。そんなときは、彼らの新人時代を追体験してみることをおすすめします。たとえば、僕がやったのは黒澤明監督の全作品を1作目からたどること。デビュー作の『姿三四郎』は荒けずりだけど面白い若手監督が出てきたなと思い、2作目の『一番美しく』は戦争中で戦意高揚色が強い中、しっかりメッセージを入れているなとか、5作目の『わが青春に悔なし』は若くして彼の代表作になるかもとか……。彼らも試行錯誤しながら成長していったことを知れば、一流の人にも臆する気持ちがなくなります。

■Q.ファンをつかんで離さないために必要なことは?

人間の表情には、その人の本心が少なからず表れます。僕の漫画の特徴のひとつに、「表情の描き方」があるかもしれません。

振り返ると、子どもの頃から周りの人の表情を観察していました。小学生のとき、担任の女性教師が朝、ガラガラと教室のドアを開けて入ってくると、「今日は機嫌が悪いぞ」とか。この子はどうしてこういう笑い方をするのか、とか。

絵文字のようにシンプルにニコッと笑っている人などいません。40歳の人であれば、40年間の人生を引きずった笑い方になるのです。

喜怒哀楽の間には何百種類の感情が存在しています。そういう微妙な表情が人間の感情であるし、僕は漫画でそれを表現したい。だから、喜んでいるのか、怒っているのかがわからないような、複雑な表情を描いていきたい。読者はその何ともいえない表情から、登場人物の複雑な感情を感じとってくれていると思います。

■Q.次から次へとアイデアを生み出す方法は?

「この積み木の上には、これが載る」と積み上げ式で考えると、決まりきった形になるからつまらない。

僕が漫画を描くときは、映画の予告編のような、いくつかの脈絡のないシーンから始めます。

『20世紀少年』の連載を始めるときは、「女の子が夜、アパートの戸を開けたら、外に巨大なロボットが立っているというシーンがこの漫画には出てくるだろうな」と思い、物語の冒頭にその光景を描きました。次のシーンでは店長が赤ちゃんを背負っている。その女の子と赤ちゃんが同一人物だとわかるのはその後、作品を描き進めた後なんです。

アイデアを熟成させるときはよく掃除をします。一見、まったく仕事をしているようには見えませんが、その間に漠然としたものが形になることがあります。

物語を面白くするためにはどんな努力でもします。面白いと納得するまで妥協はしません。もともと仕事ではなく、遊びで始めた漫画です。遊びに妥協なんてありませんよ。

■▼医学博士 石川善樹さんが分析

浦沢さんの漫画の原点に手塚治虫さんの『火の鳥』があります。北極星のような目指すべき一点があるからこそ、成長欲求が消えません。最後に目指すところが決まっているから、今は自由にチャレンジもできる。

週刊誌に連載していたのもよかったのでしょう。ご本人は「毎週、締め切りがある仕事は人間の仕事ではない」と言っていましたが、自分の振り返りができています。

もちろん締め切りに間に合わせるだけでは意味がありません。浦沢さんは先週の自分を今週は超えていくというチャレンジを常に課しています。人は怠け者だから締め切りがあるほうがクリエイティビティは高まります。日々の目標設定が上手い人はずっと伸び続け、気がつけばすごく成長しているケースがあるのです。

高みに達するための3つの習慣

▼永遠に届かない「北極星」を持つ
空を見上げたときに絶対動かない北極星のように、確かな理想像がある人は強い。手が届かないから成長欲求が消えず、理想があるから目の前の善し悪しにとらわれず、気付けば成長している。

▼自分の現在地を振り返る
明確な理想像を持っていれば、それと照らし合わせることで、自分がどこにいるかを把握することができる。1週間に1回など、定期的に自身を確認することで、軌道修正しながら成長できる。

▼「今より少し上」を日々の目標にする
北極星を持ちながら、長い間活躍し続ける人は、日々の目標設定が上手い。普段自分がどうしているかは中々わかりづらいものだけれど、自分がわかっていれば今より少し上の目標を置くことができる。

(漫画家 浦沢 直樹、予防医学研究者・医学博士 石川 善樹 構成=Top communication 撮影=永峰拓也、高橋健太郎(石川善樹氏))